STORY #8

商品の見えない品質を
伝える広告。

早川 貴

政策科学部 教授

機能性表示食品の広告は
消費者に「刺さる」か?

コンビニエンスストアの陳列棚に新発売の缶コーヒーが並んでいる。おいしいかどうかは買って飲んでみないとわからない。さて、どうすればいいだろうか?
「このように買い手が購入前にその製品・サービスの品質を正しく認識することはできないが、購入すればたちどころに評価できる製品・サービスは『経験財』と呼ばれます。また購入しなくても見た目などで評価できるものは『探索財』、購入後も相当期間品質を正しく認識できないものは『信用財』といわれます。『信用財』の典型は生命保険です」。こう説明する早川貴は、製品やサービスの価値を消費者に伝えるマーケティング・コミュニケーションについて研究している。

売り手次第で「経験財」や「信用財」の品質を偽ることは簡単だ。それを抑止する仕組みがなければ、信用できない製品やサービスがあふれ、いずれ市場メカニズムは機能不全に陥ってしまうだろう。それを防ぐ手立ての一つが免許や認証といった「ライセンス」だ。

「ライセンスのように買い手が容易に見抜けないような製品の機能性や品質を判りやすく伝え、保証する仕組みを理論的には『品質シグナリング』と呼びます」と早川。「シグナリング」は、直接には伝えようのない情報を別の「判りやすい手がかり」、すなわち「シグナル」を通して伝えることによって取引の成立を援けようとする行為を指す。広告もその一つだ。広告は練り上げられたメッセージで消費者の心を捉え、広告主の売上を伸ばす。その一方で、広告に集まった関心や注目は、巡り巡って広告をシグナルとして機能させる。もしもメッセージが品質を偽っていれば、その広告に集まった関心や注目の大きさは、そのまま広告主を罰する力と化すからだ。

食品の多くは経験財だ。私たちが知っている多くの食品メーカーは、広告などをシグナルとして正しく品質を伝えているからこそよく知られている。食品の広告の中でも、早川が「『品質シグナル』としての広告の役割が特に重要になる」と論じるのが「機能性表示食品」だ。機能性表示食品制度は食品の機能性表示規制の新しい枠組みとして2015年4月に施行された。国による厳しい審査や臨床試験を要するトクホ(特定機能性食品)と違って登録制で、臨床試験も必要とされず、成分の作用機序を科学的に立証した研究レビューを国に届け出るだけでその機能を表示することができる。効果や効能を理解しやすく表示できる健康食品を増やすための規制緩和として導入された。

「機能性表示食品のように容易に取得できる場合、ライセンス自体の品質シグナルとしての効果が弱いので、他のシグナルで補う必要がある。それが例えば広告です」と早川。

機能性表示食品の広告は、その機能の明瞭な表示によってメッセージとしての効果を高めることが期待され、売上増を見込んで積極的に展開されると思われた。ところが実際に機能性表示食品に登録された商品は、登録前よりも売上を落とす例が少なくないという。その理由を早川は「機能性表示食品に認められた効果・効能に関わる表現が、広告としてはいわゆる『刺さる』ものではないからだろう」と分析する。広告表現の豊かさが増すはずだった規制緩和によって、かえって表現の幅が狭められてしまった恐れがあるという。

登録された商品の売上が伸びなければ、いずれは制度も活用されなくなるかもしれない。「いずれにしても広告には消費者に製品の価値を正しく伝える機能がありますから、売り手は広告の技量を磨き、規制当局は制度が当初の目的に適うように調整する努力を続ける必要があります」と早川は語る。

マーケティング・コミュニケーションの課題は、市場の成り立ちをその深い部分で左右する市場情報の問題と表裏一体の関係にある。「とりわけその品質が生命にかかわる場合もある食品については、マーケティング・コミュニケーションの果たす役割は大きい」と早川は研究の意義を語った。

早川 貴

早川 貴
政策科学部 教授
研究テーマ:製品品質保証メカニズムとしての広告、中間財市場における非対称市場情報問題
研究分野:商学、経営学、経済政策

storage研究者データベース

2017年7月18日更新