STORY #9

6次産業化はなぜ
うまくいかないのか?

松原 豊彦

経済学部 教授

楠奥 繁則

立命館大学 非常勤講師

生産から加工、流通、
消費までを一貫して捉えないと、
アグリビジネスは成功しない。

2015年10月、三重県志摩市では特産の「隼人(はやと)芋」が収穫期を迎えていた。この日は立命館大学と三重大学の学生、教員らがある畑の収穫に参加した。熱心に土を掘る人々の中にはこのプロジェクトを指導する松原豊彦、楠奥繁則の姿もあった。

志摩地方では古くから隼人芋を使った干し芋の一種「きんこ芋」が常備食や携帯食として重宝されてきた。しかし近年は生産者の減少に伴って生産量が著しく減っている。「6次産業化の視点から隼人芋の生産量を増やす仕組みを考えてほしい」と志摩市から依頼を受けた松原は現在、市と三重大学と共同で隼人芋を使った商品開発に取り組んでいる。

「これまでの日本の食料生産システムの課題は、『生産』にのみ焦点を当てて進化してきたことです」と語る松原。農林水産業を成長産業にするべく1次、2次、3次を一連で考え総合産業化する6次産業化が国を挙げて奨励されているが、成功例は多くない。

「6次産業化に取り組もうとする生産者は多いが、農作物の特性や地域の資源、社会のニーズなどを捉えて商品を開発することや、それを流通させ、消費者に届ける仕組みを作ることができていません。日本の食料生産を質的・量的に立て直すには、農水産物の生産・加工から流通、消費までを一貫したシステムを構築する必要があります」。そう考える松原は、立命館グローバル・イノベーション研究機構(R-GIRO)の研究プログラム「農水産業の6次産業化による新食料研究拠点」の代表として、農水産物の生産・加工から流通・消費までを一元化し、食育や食文化などを含めた総合的な「食農連携モデル」を構築しようとしている。

収穫
乾燥
天日干し

ゼミ生たちとともに、きんこ芋作りを体験。収穫、乾燥、天日干しの工程は全て手作業で、少なくとも2ヵ月を要する。

R-GIRO研究プログラムの一環として志摩市の依頼に取り組むにあたって楠奥はまず課題を抽出し、目標を定めるために、市の担当者、三重大学とディスカッションを行った。「隼人芋の生産量が減っている背景には生産者の高齢化によってきんこ芋作りが困難になっている現状があります」と楠奥。きんこ芋作りはとにかく手間がかかる。隼人芋の栽培に加え、収穫後は芋を約1ヵ月間乾燥させた上で煮込み、さらに約1ヵ月間、何度も表裏を返しながら天日に干さなければならない。「課題解決にはきんこ芋を作る労力を減らすこと、そして若い担い手を呼び込むことが欠かせない」。ディスカッションを経てそう結論づけた楠奥らは「高齢の生産者の負担を軽減する加工品」で、かつ「志摩市をイメージさせる」「美しい黄金色をしたきんこ芋の特長を活かした」商品を開発するとコンセプトを固めた。

和菓子メーカーの協力を得て試作品が完成したのは2016年2月。「隼人芋のペーストを葛餡で包むというアイデアで黄金色を見せるとともに志摩の特産である真珠の形を表現しました。ペーストを用いることで、きんこ芋を作る労力や時間を半減させられるのがメリットです」と楠奥は説明する。

現在は商品の流通経路とともに、ペースト状で販売する販路も開拓しつつある。「アグリビジネスとして確立することで隼人芋の生産に魅力を感じる若い人材を呼び込みたい」と先を見すえる。

隼人芋ペーストを使った和菓子の試作品

隼人芋ペーストを使った和菓子の試作品

こうした実証研究の一方、松原は6次産業の担い手となる人材の育成にも力を注いでいる。2015年から北海道と東京都で開催する「実学!ソーシャルビジネス・6次化チャレンジセミナー」もその一つだ。受講者は6次産業化の概念や実践ノウハウを学ぶだけでなく、現地研修やワークショップを経て最終的にビジネスプランを作成するまでを習得する。「1次、2次、3次産業すべての知識を持ち、各ノウハウを連結させてイノベーションを起こせる人材を育成したい」と言う松原。講義ではその要になる「マネジメント能力」の育成に重点を置く。

さらに松原は「学術機関としては実践に留まらず『知』を集積・創造する役割も果たしていくべきだと考えています」と次の目標を掲げる。実証研究を通じて農水漁業の知恵や熟練の技といった言葉にならない「知」を「見える化」するとともに、加工・流通のノウハウを含め6次産業化に必要なあらゆる「暗黙知」を普遍性のある「形式知」にしていくことを目指すという。

「将来は6次産業化に携わる人や企業、自治体、大学などの研究機関が集積する知識創造拠点『アグリフードラボ』を立ち上げたい」。日本の6次産業化振興に向け、松原らの今後に期待が高まる。

松原 豊彦、楠奥 繁則

松原 豊彦[写真中右]
経済学部 教授
研究テーマ:カナダの農業構造と農政、多国籍アグリビジネス、農業の第6次産業化
研究分野:経済政策(含経済事情)、農業経済学

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楠奥 繁則[写真中左]
立命館大学 非常勤講師
研究テーマ:農業の第6次産業化の担い手育成、組織論からみた大学教育研究、組織論からみた大学生のキャリア教育
研究分野:経営組織論、キャリア教育

2017年7月18日更新