STORY #2

結婚生活の長期化と
夫の幸せ、妻の幸せ

宇都宮 博

総合心理学部 教授

ダイナミックに変動する
夫婦の関係性を追う。

「お前百までわしゃ九十九まで」。
共白髪を願うこの言葉に表されるように、夫婦が仲睦まじく長生きすることは幸せの一つの形とされてきた。しかし現実には長く続く夫婦にもさまざまな形があり、必ずしも継続が幸せの証であるとは限らない。宇都宮博は生涯発達的な視座から結婚生活の持続や配偶者との関係性を捉えようとしてきた。とりわけ人生における究極のライフステージである高齢期の夫婦に焦点を当てることで新たな示唆を得られるのではないかと考えている。

特徴的なのは、宇都宮が「コミットメント」の概念を取り入れて夫婦の関係性を考えるところだ。宇都宮はそれを「個々人の結婚生活の継続に対する基本的な姿勢」とする。結婚生活に対するコミットメントは、配偶者との関係性だけでなく結婚制度や社会的な有利性に向けられることもある。宇都宮はこうしたコミットメントを質的に分類し、「関係性ステイタス」として「人格的」「献身的」「妥協的」「拡散的」「表面的」「独立的」という6つの関係性の様態で特徴を捉えてみせた(表1)。

「この関係性ステイタスを通して日本の高齢期の夫婦の関係性を見ると面白いことがわかってきます」と宇都宮。まず各ステイタスの分布を見ると、男性は人格的関係性型と表面的関係性型が大部分を占め、高齢男性の多くが結婚生活を肯定的に捉えていることがわかる。一方で女性の3割 以上は献身的、妥協的、拡散的関係性型が占めており、これは実に男性の3倍近くにあたる。「それだけ女性の方が結婚生活に不満やあきらめ、葛藤を感じていると見ることができます」宇都宮は解説した。

また宇都宮は関係性ステイタスと余暇の過ごし方との関係にも注目する。人格的関係性型は社会活動に夫婦一緒に参加する共同性と個人で参加する個別性の両方が高い一方で、他のステイタスでは大半が個別性を志向している。宇都宮は「個別性を志向することが必ずしも夫婦の不和を示すわけではありません。むしろ円満でいるために互いがバランスを取っていると見ることもできる。ここからも夫婦関係の複雑さが垣間見えます」と分析する。

さらにはステイタスによる日常的葛藤と主観的幸福感の違いや、夫婦間におけるステイタスの一貫性についても検討。「興味深いのは、人生を共に歩んできた二人でも、同一のステイタスとは限らない点です。夫が人格的関係性型の場合は妻も同じステイタスの傾向が高いが、夫が表面的関係性型の場合、妻は献身的、妥協的、拡散的関係性型の確率が高い。同じように幸せを感じていても、夫婦の関係性はずいぶん異なることが見て取れます」。

関係性ステイタスの評定基準と特徴

夫婦関係は多様であり、しかも生涯にわたって変化していくものである。宇都宮はそうした関係性の歴史に変化が生じるメカニズムを独自のモデル「コミットメント志向性モデル」(図1)で説明する。コミットメント志向性とは個人がどのようなコミットメントの様態を志向しているかを指す。コミットメントは重層的で、体裁や信念などの理由によって「とにかく別れるわけにはいかない」という最下層の「制度維持レベル」から、互いに存在意味を問い全人的に必要とする最上位の「探究維持レベル」まで、さらに「空気のような存在」と認識するような「無自覚レベル」があるという。「これらは一定ではなく、生涯にわたってダイナミックに変動します(図2)。特に危機的状況に直面した時に他のレベルに移行することがあります」と宇都宮。何らかの困難に直面して互いを見直し、関係が「探求維持レベル」へと深まる夫婦もあれば、危機をきっかけに潜んでいた不満が表面化し、「制度維持レベル」へ向かうこともあり得る。人生の主要な節目にどのような選択をするかはそれまでどのような関係性を築いていたかによって変わる。「長期的なスパンで夫婦関係のダイナミズムを捉える重要性もそこにあります」と宇都宮は語る。

結婚生活におけるコミットメント志向性モデル/時間軸から見たコミットメント志向性の変容イメージ

さらにこうした夫婦の関係性は、その子どもの発達や配偶者選択にも影響を及ぼす。そのため宇都宮は中高齢期の夫婦の子ども世代にあたる20〜30代のパートナーシップにも注目している。「ライフスタイルが多様化する今日でも、18歳から34歳までの未婚の男女の実に9割近くがいずれは結婚するつもりと考えているという報告があるように、日本ではいまだ結婚を前提とした人生展望が主流です。そうした若い世代の結婚や同棲に対するコミットメントを検討したい」と宇都宮。「法律婚夫婦だけでなく、事実婚や同性のカップルなど多様なパートナーシップも考えなければ現実的とは言えない。こうしたマイノリティのカップルについても実証研究に取り組んでいきたい」と展望する。

宇都宮 博

宇都宮 博
総合心理学部 教授
研究テーマ:配偶者との関係性の生涯発達とその関連要因、両親間不和による子どもへの心理的影響、パートナーシップの多様化と心理的適応、不妊治療に取り組む夫婦への心理臨床的支援など
専門分野:発達心理学、家族心理学

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2018年6月11日更新