STORY #7

「視覚」の測定が生み出す新しいデザイン

篠田 博之

情報理工学部 教授

人の感覚で変わる明るさ・色を測定し
照明技術に応用する。

私たちは日常見ている物の色彩や明るさを自明のものだと思いがちだ。しかし実際には物体に色はなく、物体に当たった光が反射し、見る人がその反射光や分光反射率の特性を「色」という感覚で捉えているに過ぎない。つまり色とは「知(視)覚」なのである。視覚には特性に迫る「物理」とそれを感じる人間の「心理」の両方が関わっている。篠田博之はこの心理物理学の観点から人間の視覚系の特性や情報処理のメカニズムを明らかにし、その知見を色彩工学や視環境工学に応用しようとしている。

人間は網膜にある錐体と桿体(かんたい)という視細胞がセンサーの役割を果たし、色や明るさを感知している。また光の波長を色として知覚し、可視光のうち短波長から長波長へ紫、藍、青、緑、黄、橙、赤の色を強く感じることで物の色を識別する。

「しかし人間の『視覚』は必ずしも『明るさ=物理的な光量』、『色=光の波長』とは判定しません」と篠田。光量が少なくても「明るい」と感じたり、逆もあるなど人の明るさの感覚(明るさ感)は光量だけでは決まらない。そうした定量化の難しい人の感覚をいかに捉えるかが篠田の研究の焦点だ。

人間の「明るさ感」は単純に測光量だけでは決まらない。
同じ強度の照明を当てても、カラフルな物を置くと(左)、より明るく感じられる。

「明るさ」は通常物理的な光量を表す放射量と、人の分光感度(波長ごとの感度)を考慮した照度(ルクス)や輝度(カンデラ)といった測光量で表される。人の感覚を表す測光量なら「明るさ感」を測れるはずだが、篠田によると「新しい光源やさまざまな照明方法によって測光量と明るさ感が一致しない場合が増えている」という。そこで篠田は、「明度恒常性」と「色の見えのモード」という二つの知覚現象を利用して、人の知覚する「明るさ感」を定量的に測定する「色モード境界輝度法」を確立。「Feu(フー)」という尺度を開発した。

「照明の強さに関係なく黒い物は黒く、白い物は白く見える。これは人間の目が物体の反射光に対応して自ら知覚の強度を調整しているからで、これを『明度恒常性』と呼びます。また物体に光を当てると最初は反射光によって色を識別できますが、光が強くなるにつれて白くなり、最後には物体が自ら発光しているように知覚します。見ている色を『物体』と『光』のどちらの属性として知覚しているかを表すのが『色の見えのモード』です」と説明した篠田は、この二つの知覚現象を用いて次のような実験を行った。

グレーの色票に独立の光源からスポット照明を当て、グレーから白く、さらに自発光して見えるまで明るく(高輝度化)していく。被験者は、色票が物体色に見える上限の輝度を設定する。物体の反射率の上限は1.0なので、物体色から自発光へと認識が切り替わるときの輝度(色モード境界輝度)は照明光の知覚的な強度に相当する(注参照)。つまりその輝度を人に設定させれば「明るさ感」が定量化できるというわけだ。さらに視野内の輝度をデジタルカメラで計測し対数で平均化することで、実験をすることなく色モード境界輝度を導出できるように単位化したのが「Feu」だ。

「『明るさ感』の尺度ができたことで、より人の感覚に近い照明を考えられるようになりました」と篠田。例えば同じワット数の照明器具でも床面を高照度に照らすより壁や天井に間接照明を施す方がFeuの値は高くなる。それが判れば同じ明るさで省エネを実現できる。あるいはダウンライト、アップライトといった光の向きによって「明るさ感」を実現しながら空間の雰囲気を変えることも可能になる。

「照明だけでなく、窓の効果もある」と篠田。窓からの採光により室内の照明光を減ずる省エネ照明は、十分な照度が確保されていてもときに暗く感じることがある。これは明るい屋外との対比効果により室内が暗く感じるためだ。「また外が明るい日中に室内を暗くしていると、内外が異なる空間に隔たれているように感じる反面、外と同じ明るさに部屋の照明を調整すれば、外と中が連続した同じ空間のように感じられる。この感覚を活用すれば、病気や高齢などで自由に外出できない人が室内にいながら外にいる感覚を味わうこともできます」という。

さらには色彩も「明るさ感」に影響を及ぼすことを見出したという篠田。「同じ照明でも色彩豊かな物を置くだけで室内が明るくなったように感じます。現在こうした色覚も考慮に入れた新たな尺度を作ろうと試みています」。

照明を青くするとスマートフォンの画面は黄色っぽく、緑色にするとピンクっぽく見える。人間の目には自己調整機能があり、スマートフォンのように自発光している色を見た場合、自動的に環境の光の波長の感度を下げるため、色が変わって見える。

照明を青くするとスマートフォンの画面は黄色っぽく、緑色にするとピンクっぽく見える。人間の目には自己調整機能があり、スマートフォンのように自発光している色を見た場合、自動的に環境の光の波長の感度を下げるため、色が変わって見える。

明るさだけでなく、色に対する知覚を測定することも簡単ではない。「色順応」や「色恒常性」など人の視覚は色に対してもさまざまな調整機能を持っているからだ。篠田はこうした人の色覚のメカニズムを解き明かし、商品開発に知見を提供している。色覚バリアフリー照明の開発もその一つだ。

「色彩を知覚する錐体の中で長波長を感知するL錐体や中波長を感知するM錐体が生まれつき欠如しているために緑色から赤色までの色彩を区別できない人がいます。そこで物体に適切な波長の光を当てて感知する色をずらすことで色覚障がいの人も色を区別できるよう考えたのがこの照明です」。篠田はこうした誰にとっても見やすい「バリアフリー」の考え方で、高齢者用照明システムなどの製品化にも貢献している。

これまで測れなかった人の感覚を測定することが革新的なデザインや製品を創出し、新しいマーケットを生むことにつながる。

適切な波長の補助光を当てることで、先天的に赤色や緑色を識別することが困難な色覚障がいを持った人も物体を識別できるようになる。

適切な波長の補助光を当てることで、先天的に赤色や緑色を識別することが困難な色覚障がいを持った人も物体を識別できるようになる。

(注)「反射光強度 = 知覚入射光強度(照明の知覚強度) × 知覚反射率」という式を想定。
被験者が設定した物体色モードの上限輝度(色モード境界輝度)においては、知覚反射率が物体反射率の上限1.0に値すると考えられるため「色モード境界輝度 = 照明の知覚強度」となる。

篠田 博之
篠田 博之
情報理工学部 教授
研究テーマ:カラーバリアフリーに関する研究、高齢者の視覚特性の研究とその応用、照明の知覚と色の見えに関する研究、映像酔いに関する研究、空間知覚と大きさ知覚、複雑な視環境における順応レベル
専門分野:心理物理学、色彩工学、視覚光学、建築環境・設備、認知科学、感性工学、知能情報学

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2018年7月23日更新