STORY #8

円滑な関係性のなかで想いを叶える
しなやかで芯のある自己表現

三田村 仰

総合心理学部 准教授

柔軟に方法を選び、
困難な状況をも生き抜く
「機能的アサーション」。

言いたいことを言えずに自分を押し殺したり、無理な人間関係を続けてストレスを抱えたことのある人は少なくないだろう。

そうした人との関わりの中で感じる生きづらさを解消し、素直な自分を表現しながら豊かな人生を送るにはどうすればいいのか? 三田村仰は行動分析学の視点からこの問いに挑んでいる。行動分析学とは、行動に影響を与える変数を環境の中に見つけ出し、それを操作することで行動を変容させようとする非常に実用的な学問だ。「人の『こころ』という曖昧なものだからこそ科学的にアプローチし、コミュニケーションを円滑にする手助けができたら」と三田村は言う。

その手がかりとして三田村が注目したのが、「アサーション」というコミュニケーションである。三田村によると、「アサーション」とは自分のことも相手のことも大切にする率直な自己表現のことを指す。1960年代にアメリカで発展した考え方で、自分の気持ちや考えを率直に表現しつつ相手の意見や考えも尊重する「アサーション・トレーニング」が盛んに行われた。「ところが現実にアサーションを実践してみると、コミュニケーションや対人関係が円滑になるどころかかえって支障をきたす場合があることが次第にわかってきたのです」と問題意識を示した三田村。正直に伝えたばかりに相手を傷つけたり、怒らせたりすることはしばしばある。対人関係において率直に表現することが必ずしもいいとは限らないのだ。

三田村の大きな研究成果の一つが、アサーションをこうした自己表現の形態(伝え方)ではなく、その機能(働き)で捉えるという「機能的アサーション」を提唱したことだ。機能的アサーションでは、必ずしも率直に話すばかりでなく、相手との関係性やその場の状況といった文脈に応じて柔軟に自己表現することで、自身の想いを達成しようとする。「従来のアサーションに比べてよりしなやかでありながら芯のある自己表現であり、より現実に即したライフスキルになり得るものだ」と三田村は考えている。そこで実証研究の一環として機能的アサーションを実践するためのトレーニング・プログラムを開発した。

三田村は発達障害児・者を支援しているあるNPO法人から依頼を受け、発達障害児の保護者と児童の通う小学校の教師との効果的なコミュニケーションを目的として、保護者を対象にした機能的アサーション・トレーニングのプログラムを構築し、トレーニングを行った。

発達障害児の保護者は就学児童の小学校に出向き、教員に学校内での子どもへの支援について依頼を行うことがしばしばある。「当初の課題は『この面談がうまくいかない』というものでした。ほとんどの場合、依頼や相談は学校教育の素人である保護者からその専門家である教師に対して行われます。ところが保護者の方々からの依頼の仕方は、我が子を案ずるあまり、結果的には教師の面目を脅かすような依頼の仕方になってしまったり、多忙を極める教師の側からすると一方的な要求と映ってしまったりすることがあります」と三田村は両者の関係に齟齬が生じる理由を説明した。

解決に当たり、三田村はまず保護者側から話を聞くことでアセスメントを行い、保護者の依頼や相談が聞き手である担任教師に対して効果的に伝わらない要因として「感謝や配慮の表現が少ない」こと、そして「依頼内容が抽象的である」ことを導き出した。そこから目指すべきコミュニケーションの在り方として「配慮・感謝の表現」と「具体的な依頼の増加」の2つを定め、ロールプレイを中心とした機能的アサーション・トレーニングを行った。

その効果は目覚ましく、練習を重ねるたびに保護者の言葉に配慮や感謝の表現が増え、依頼・相談内容も具体的かつ明瞭になっていったという。「比較的短時間でトレーニング効果を得られることがわかっただけでなく、その結果は聞き手である教師側からも高く評価されることが明らかになりました」と三田村。機能的アサーション・トレーニングの効果が実証される結果となった。

機能的アサーションはこの事例に留まらず、多様なコミュニケーションの場で効果を発揮することが期待される。「日本だけでなく多様な国や文化においても有効だと考えています」と三田村は言う。

日本人は文脈を大切にするといわれるが、三田村によると文脈に応じて自己表現の方法を変える現象は、日本文化にとどまらず、多様な文化で普遍的にみられるという。「機能的アサーションが普遍的に通用する手法であることを示すためにも、その効果を客観的に測定する指標を確立することが次の課題です」として現在は指標の開発にも取り組んでいる。近い将来「機能的アサーション」が世界のスタンダードになるかもしれない。

三田村 仰
三田村 仰
総合心理学部 准教授
研究テーマ:機能的アサーション・トレーニングのプログラム開発
専門分野:臨床心理学

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2018年8月6日更新