STORY #2

京都で生まれる新しい着物ビジネスの可能性

  • 白地立命館R紋意匠伊藤若冲《雪芦鴛鴦図》模様手描友禅染訪問着

吉田 満梨

経営学部 准教授

高級化・高付加価値化によって
生き抜いた京都の着物産業。

いまや日常的に着物を着る人はほとんどいない現代において、斜陽といわれる着物産業にあえて目を向け、京都発の新たなビジネスモデルの創発に可能性を見出そうとする研究者がいる。ユーザーイノベーションやユーザーによる企業の価値創造に関心を抱いて研究している吉田満梨は、着物産業にこれまで取り入れられてこなかった「消費者の視点」から「着物の価値」を見出そうとしている。

「現代のライフスタイルに合わないために消費者の『着物離れ』が進んだと着物関連事業者の多くは考えていますが、ここに今日の着物関連市場規模縮小の理由を見るところにそもそも誤りがあります」と吉田は指摘する。

吉田が明らかにしたところによると、「着物離れ」は1970年代後半には顕著であり、着物の生産数量は高度経済成長期をピークに1970年代には急速な下降線を辿っていた。「ところが生産数量の減少にもかかわらず、着物の出荷金額はバブル経済が崩壊する1990年代前半まで右肩上がりに増加しています」と吉田。注目すべきは、生産数量が減少に転じた時点で着物関連事業者によってビジネスモデルの転換が行われたことだ。それが「高級化・高付加価値化」である。「それを最も成功させたのが、着物の生産地でありかつ集散地でもある京都でした」と吉田は説明した。

京都には京友禅や西陣織といった高付加価値化に耐え得る商品を作る技術と生産システム、そして室町を中心に集散地としてのブランド力があり、商いに長けた卸・小売業者がいた。業界の生き残り戦略として京友禅や西陣織の生産は正絹の手描染めや金糸銀糸を用いた豪華な帯地などにシフト。価格の上昇に伴って、着物は特別な時にだけ着用するフォーマル品、さらには「資産」に位置付けられるようになる。加えて着物業界独特の複雑な流通形態も価格の高騰に拍車をかけた。

「『着物はフォーマルウェア』という認識と、それに依拠した高付加価値化という新たなビジネスモデルを構築し、産業構造を変えた。京都の着物業界の経営手腕は評価されてしかるべきです」としながらも、バブル期後、高価で高付加価値の着物を購入する高所得者層の減少によってこのビジネスモデルが崩壊した結果が、今日の着物市場だと吉田は解説した。

白地立命館R紋意匠伊藤若冲《雪芦鴛鴦図》模様手描友禅染訪問着

白地立命館R紋意匠伊藤若冲《雪芦鴛鴦図》模様手描友禅染訪問着/制作・写真撮影:ZONEきものデザイン研究所(立命館大学アート・リサーチセンター(ARC)所蔵) 原画:伊藤若冲《雪芦鴛鴦図》エツコ&ジョー・プライスコレクション
京友禅図案のデジタル・アーカイブ化作業や京友禅の実態調査を行っているARCにおいて、京友禅の現状の調査と記録を行うため、2013年度に手描き友禅と型友禅の着物を発注・制作し、その過程を動画や写真、インタビュー調査によって記録した(STORY#1参照)。

いまだ着物産業の復興に明確な答えを見出せない理由として吉田は、事業者の市場に対する認識不足に加え、「事業者自身が消費者の『着物の価値』を言語化できていない」という事実を挙げた。消費者のニーズを知らずに売れる商品を作ることなどできない。そこで吉田は着物ユーザーと多様な事業者を対象に調査を実施し、消費者の考える「着物の魅力」「着物の価値」を6つの因子で言語化してみせた。さらにそれらと着物の消費行動に関わる変数を用いて重回帰分析を実施。その結果、実際に「着物を着る(着用頻度の高い)」人に影響を与えている「着物の価値」と、フォーマル品として「着物を買う(着物に対する年間支出金額の高い)」人に影響する「着物の価値」は、まったく異なることを突き止めた。「『着物を着る』人はアンティーク着物や仕立て済みの合繊着物といった比較的安価な着物で『色や柄のコーディネートを楽しむ』ことなどに価値を見出しているのに対し、『着物を買う』人は、昔ながらの呉服屋で糸の色、素材からオーダーで誂える『特別感』に価値を見出しています」。そう分析した吉田が問題視するのは、消費者層が異なるにもかかわらず、事業者がそれを認識できずに同じパイを取り合っている現状だ。「事業者が各々の市場を認識し、互いの市場に注力すれば、着物市場全体が大きくなるはず」だと吉田は言う。

現在の着物産業の衰退に歯止めをかけるには何より市場・消費者を見極める必要がある。吉田は、その成功例として創業から450年以上続く京都の染呉服製造卸の大手・株式会社千總を紹介した。格式高い友禅の染呉服の卸が売上の90%を占める千總が、2006年に直営小売店「總屋」を開店。千總の通常価格帯を大きく下回る低価格品を販売し、ファッションとして着物を楽しむ「着物を着る」層の取り込みに成功した。市場環境に柔軟に対応して消費者にとっての価値を見定め、自らを変革したことが成功要因だと吉田は分析する。

このように着物産業に根本的に欠けていた市場や消費者に対するマーケティング機能を活性化させることが、着物産業を復興のカギになると吉田は見る。「京都でなら『ものづくり』とセットになったソリューションを生み出せるのではないか」と可能性の大きさを語る。実際に新規参入の事業者が西陣の作り手と手を組み、ターゲットを絞って新たなビジネスを生み出す例が登場しつつあるという。「着物業界にとって今が最後でかつ最大のチャンス」と語る吉田。「研究者として、着物業界を活性化する新ビジネスを興す起業家の支援・育成にも貢献したい」と意欲を見せる。

吉田 満梨

吉田 満梨
経営学部 准教授
研究テーマ:価値共創、市場形成プロセスの分析、エフェクチュエーション(起業家的意思決定の論理)
専門分野:経営学、商学

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2018年1月22日更新