東京都心、京都市街地、郊外地域。
地域によって必要な交通政策は異なる794年に平安京が造営されてから1200年、京都市街地は碁盤の目のような当時の道路網を現在に残している。この道路網を維持しつつ、近現代にかけて自動車交通に対応した幹線道路が追加され、その間を細い街路が等間隔で続く街並みが整備されていった。
現代は狭い道路を自動車と人が縦横に行き交い、交通事故の起こりやすい箇所も少なくない。道路上での交通現象を研究し、都市の交通計画や交通運用管理に寄与する小川圭一は、「車がない時代にできた道路を現代の状況に合わせて整備するのは容易ではない」と語る。とりわけ近年小川が注視するのが、都市交通手段として利用が増えている自転車だ。交通渋滞の緩和や環境負荷低減に役立つとして、各地で自転車ネットワーク計画の策定が進められるなど、自動車から自転車への交通手段の転換が期待されているという。
小川によると、東京都心部など大都市ではおおよそ5km以内であれば、自動車、鉄道、バスや徒歩といったさまざまな交通手段の中で自転車が最も速いとされている。「しかし京都のような地方都市や郊外地域では交通手段のサービス水準も道路の特性も大都市とは異なるため、一概にはいえません」と小川。実際に小川が京都市中京区、京都府向日市、滋賀県草津市の3地域で自転車通行が有効な距離を算定したところ、「自転車が優位になる距離帯」は京都市中京区で0.47km~3.95km、京都府向日市で0.47km~3.23km、滋賀県草津市で0.47km~2.91kmと地域によって差があることが示された。
「京都市街地は自転車の方が速く移動できる距離が長いのに対し、向日市や滋賀県草津市と郊外へ行くほど自動車など他の交通手段がより有効になります。自転車利用促進施策を考える際にもこうした地域ごとに実情を鑑みる必要があります」と小川は解説する。
「自転車利用が推奨される反面、多くの道路では自転車の交通空間が十分に整備されていない上、自転車の通行ルールが人々に十分認識されておらず、歩道を自転車が無秩序に通行し、歩行者や自動車との交通事故が問題になっています」と、小川は増える自転車に交通整備が追いついていない現状を指摘する。
小川によると、2012年に国土交通省道路局と警察庁交通局により発出された「安全で快適な自転車利用環境創出ガイドライン」には、自転車が通行する道として「自転車道」と「自転車専用通行帯」、「車道混在」の3種類が記述されており、中でも「自転車専用通行帯」か「車道混在」の整備が進められるべきだとされているという。一般に自転車は歩道通行よりも車道通行の方が、また歩道であっても右側通行よりも左側通行の方が安全であるといわれているからだ。しかし小川の指摘にもあるように、交通状況は地域によって異なり、一律に論じるのは難しい。
そこで小川は、格子状の道路網を持つ京都市中心部と非格子状の京都市郊外の洛西ニュータウン付近を対象に、既存の統計調査で示された交差点での自転車の交通事故発生率をもとに、自転車利用者が出発地から目的地に着くまでの交通事故遭遇確率を算定した。自転車の通行方向は、歩道、または車道の左側を一方通行する場合と、左右両側の歩道を通行する場合を想定した。
「分析の結果、総じて3km以上の長距離なら歩道、または車道の左側を一方通行した方が、交通事故に遭遇する確率は低くなることがわかりました。また歩道を一方通行にした場合と車道を一方通行にした場合では、車道を一方通行にした場合の方が事故に遭う確率は低くなります」と小川。歩道より車道が、右側より左側通行の方が安全だとする先の説が裏付けられたかたちだが、「注目は京都市中心部より洛西ニュータウンの方がこの傾向が顕著であり、1.5km程度の比較的短い距離であっても歩道や車道を一方通行にした方が交通事故遭遇確率は小さくなること」だという。京都市中心部はほぼ同一距離に代替経路があり、信号のある交差点も多いが、ニュータウンではそうはいかない。複雑な形状で周辺地区とも分断されているため大幅な迂回が必要な場合が多く、その分車道横断回数が増え、交通事故に遭う確率も高くなるというわけだ。
「自転車通行空間の整備においても、道路網の特性や利用者の移動距離によって自転車が通行する場所や方向を考慮することが交通事故を減らすことにつながります」と小川。
空前の規模で観光客が増えている京都。人もクルマも自転車も安全に通行できる道路交通政策が待たれる。