STORY #8

祇園祭の山鉾の内部まで透視・再現する技術

  • レーザ計測された2.62億点のポイント/色を用いてアーカイブされた船鉾の透視可視化図

田中 覚

情報理工学部 教授

文化財・歴史遺産にまつわる
「モノ」から「コト」まで
デジタルアーカイブする。

祇園祭の行われる7月の1ヵ月間、京都の街はいつにも増して華やいだ雰囲気に染まる。

祇園祭は平安時代から1100年以上を数える八坂神社の祭礼である。単なるイベントではなく、風俗・風習や宗教、芸術・芸能を包摂し、京都の歴史・文化の縮図ともいわれる。そのハイライトが勇壮かつ華麗な山鉾巡行だ。「前祭」と「後祭」の2回にわたり、「コンチキチン」という祇園囃子の音色とともに計33基の山鉾が市街を練り歩く。

デジタル技術の発展によってこうした有形・無形の文化財をデジタルアーカイブしようという試みが今、世界中で盛んになっている。「デジタルの強みを生かすことで、文化財そのものを保存するだけでなく、『活用』することにも可能性が広がります」。そう話す田中覚は、文化財・歴史遺産のデジタルアーカイブの技術開発において世界をリードする研究者の一人である。代表的な実績の一つが祇園祭の山鉾のデジタルアーカイブだ。田中は船型のユニークな形状の鉾として有名な「船鉾」をレーザ計測などの立体計測で正確に実測するとともに、独自の技術で内部構造まで三次元的に透視可視化することに成功した。

レーザ計測は、レーザ光線で物体までの距離を測ることで形状を取得する手法だ。計測によって得られるデータである3次元点群(ポイントクラウド)の点数は数千万から数億点に及び、極めて精緻なデータを得られる反面、この巨大なデータをいかに処理するかが問題となる。田中はこの巨大さを利点として積極的に生かす手法を考案。「視点に近いものから発せられた光ほど目に到達する確率が高い」ことを利用する確率的ポイントレンダリング法を用い、ポイントクラウドを構成する三次元点群データをそのまま使って三次元形状を透視可視化する技術を世界で初めて開発した。これによって、コンピュータグラフィックス(CG)で三次元画像を生成する場合に通常は欠かせないポリゴン化を行わずに、三次元形状の外観だけでなく、内部や懸装品、周囲の提灯や櫓なども精緻に透視可視化できる。実測値を元に正確な形状を再現することはもとより、不透明度を調整することで半透明化した鉾の外部から内部を透視したり、見たい箇所だけを鮮明にするなどさまざまな観点から鉾を見ることも可能にした。「人間の目では見えないところまで再現できるのがデジタルアーカイブの強みです」と田中は語る。

デジタルアーカイブの範囲は近年、有形の「モノ」のみならず、舞踏や演劇などの身体表現芸術や生活様式、習俗・習慣、儀礼・祭礼など無形の「コト」にまで拡大している。船鉾のデジタルアーカイブにおいても田中は他領域の研究者と連携し、三次元形状のみならず、組み立てるプロセスや巡行の様子、さらには囃子などの音響も含めて記録し、高精細かつ高忠実に再現している。

船鉾に続いて田中は2016年から八幡山のデジタルアーカイブにも取り組んでいる。「祇園祭の山鉾は毎年巡行前に組み立てられ、巡行が終わると再び解体されて翌年まで蔵で保管されます。数百に及ぶ部材や懸装品の組み立て方についての記録はなく、口伝によって受け継がれてきました。私たちはそうした鉾建て・山建てから分解までのプロセスもアーカイブしようとしています」と田中は明かす。

八幡山は4本の柱を骨組みに台座・ひき棒・欄干・松・懸装品が順に組み付けられていく。田中らは巡行の数日前の山建て段階から現場に入り、行事の進行に支障を来さないよう短時間でレーザ計測とSfM写真測量を行った。

「レーザ計測の座標から基準点を算出し、SfM写真測量の共通箇所に基準点座標を設定することで、レーザと写真の点群データを共通座標に設定。さらに点群の誤差を最小にする処理を行い、レーザと写真の両方の点群データを融合した三次元の半透明透視画像を完成させました」

八幡山の山建てのプロセス。4本の柱を骨組みに台座・ひき棒・欄干・松・懸装品が順に組み付けられていく5日間の様子。

八幡山の山建てのプロセス。4本の柱を骨組みに台座・ひき棒・欄干・松・懸装品が順に組み付けられていく5日間の様子。

祇園祭や山鉾巡行が稀有なのは、1100年を超えてその実態をほとんど変化させずに受け継がれてきたところにある。それは、この神事に携わる京都の人々の保存にかける強い思いが可能にしてきたものだ。「伝統行事のデジタルアーカイブでは、技術だけでなく、そうした地域の人々との関係も時間をかけて作っていく必要があります」と田中。京都に根づいて研究してきた田中ら立命館大学の研究体制があってこそ実現したアーカイブともいえる。

三次元透視可視化技術を世界で生かすべく、田中は目下インドネシアの世界遺産の三次元計測のプロジェクトを進めている。田中の技術によって、近い将来、世界中の文化財、文化遺産の新たな姿を目にすることができるかもしれない。

八幡山の透視可視化図。回転させ、透明度を変更するなど、自在な観察ができる。

吉田 寛
田中 覚
情報理工学部 教授
研究テーマ:文化財の可視化とビジュアル解析、高品質医用可視化、科学研究シミュレーションの可視化、複雑曲面の精密可視化
専門分野:コンピュータグラフィックス、可視化、ビジュアル解析、高性能計算、大規模シミュレーション解析、デジタルヒューマニティーズ

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2018年4月16日更新