STORY #9

場所、時を超えて「京都という空間」を
デジタルアーカイブする

矢野 桂司

文学部 教授

河角 直美

文学部 准教授

「場所」の写真や絵図、文化、
記憶をアーカイブする。

平安遷都以来1200年を超える歴史が息づく京都。過去から現代、未来まで時空を超えて京都の変遷を一望できたら、我々の目にはどのような景色が映るだろうか?

矢野桂司は地図や絵図などの地理空間情報をもとに「京都という空間そのもの」をデジタルアーカイブし、「デジタルなジオラマ」を作ることに取り組んでいる。2002年に最初に手がけた「バーチャル京都」では当時最先端の地理情報システム(GIS:Geographic Information Systems)とVR(Virtual Reality)技術を使って現代の京都の街並みをコンピュータ上に三次元で再現してみせた。「2万5千分の1の地形図をGISソフトで三次元化するだけでなく、40万戸に及ぶ建物の高さを計測した情報も加え、現代の京都市街地の精密な三次元モデルを構築しました」と説明した矢野。「バーチャル京都」にはフライスルー、ウォークスルー機能がついており、視点を自由自在に変えながら上空から京都市中を鳥瞰したり、四条通を歩き、南座や町家などの内部を見学することもできる。Google Earthのサービスが開始されたのは2005年。それより数年も前に実現したことを考えると驚くばかりだ。「従来あまり接点のない人文学と情報技術を融合して研究する『デジタル・ヒューマニティーズ』という新たな学術分野が近年、世界の潮流になりつつあります」と解説した矢野。「バーチャル京都」はまさにその先駆けだった。

バーチャル京都

バーチャル京都
ブラウザ上に3Dで再現された京都には浮世絵、洛中洛外図、近藤豊写真資料などのデータベースが埋め込まれ、さらに平安時代、江戸時代、現在の街並みを行き来することができる。(IEで起動後、プラグインを入れてください)

「『位置に関する情報を持ったデータ』は現代の地図だけではありません」。そう語るように矢野の研究の独創的な点は、過去の地図や歴史的な絵図を使って多様な年代の京都を三次元化していることだ。「バーチャル平安京」では発掘調査や文献史料などから得られる情報を基に平安京の洛中を三次元のVRで表現した。「平安京復元模型設計図」などを参考に、羅城門や大極殿などの建物も三次元CGモデルでリアルに再現している。「さらに江戸時代、明治、大正、昭和の街並み景観も同様に再現し、平安京から現代までの時間軸を含めた『四次元GIS』を作ろうとしています」と明かした。

2016年、矢野は明治中期の「仮製地形図」、大正から昭和初期にかけての「都市計画基本図」、1912(大正元)年に出版された「正式地形図」などのアーカイブを用いて明治時代から第二次世界大戦後までに焦点を絞った「近代京都オーバーレイマップ」を公開した。この地図の特長は、Googleマップのベース上に各地図を何枚も重ねて表示できることだ。それぞれ縮尺や方位、形状などが異なる各地図をそのまま重ねるだけでは同じ視点で見ることはできない。矢野は各地図内のいくつもの地点の位置情報(座標)を特定し、ジオリファレンス機能を使って各地点の位置を合わせて同一画面上に表示できるようにした。これにより地図の透過度を変えることで各地図を透かして見比べることも可能になった。

「近代京都オーバーレイマップ」には学術研究上極めて意義深い2種類の「京都市明細図」も公開されている。一つは2010年に京都府立総合資料館(現:京都府立京都学・歴彩館)で発見された計291枚の紙地図で、1927(昭和2)年以前に作製され刊行された後、終戦後数年の間まで多くの書き込みがされたと推定されている。京都市中の建物が一軒ずつ描写され、商店、一般住宅など建物の用途ごとに色分けされた上、事業所の業種や建物の階数までも記されている。「しかし実はこの地図には書き込みのない原本があります」と矢野。それが2014年に京都市南区の長谷川家住宅で発見された合計288枚からなる「京都市明細図」だ。これには着色や加筆の跡がない。矢野らはこの2種の図面を1枚ずつ高解像度でスキャンし、ジオリファレンスで一つひとつ位置合わせを行い、合成した。「2つの明細図によって大正期と戦後の京都市内の建物を精緻に比較することができます。研究材料としても非常におもしろい」と矢野は語る。

近代京都オーバーレイマップ

「近代京都オーバーレイマップ」
明治、大正、昭和、現在の京都市街の地図を重ね合わせてスライダーで透過度を変化させながら仔細に比較することができる。

その他ユニーク、かつ貴重なアーカイブに「洛中洛外図屏風」がある。京都市域を描いた「洛中洛外図屏風」は国宝や重要文化財も含めて国内外に約170双あるといわれている。矢野らが中心となった立命館大学アート・リサーチセンターのプロジェクトでは、それらを一拠に集約・アーカイブしようとしている。「上杉本」「舟木本」といったすでにデジタル化された著名な屏風のデータを収集する他、「勝興寺本」「誓願寺本」など矢野らが撮影から手がけたものもあり、いくつかは「洛中洛外図ポータルデータベース」で公開されている。

こうした矢野らの成果が大きなインパクトを与えるのは、貴重で膨大なデジタルアーカイブをインターネット上で惜しみなく公開しているからだ。歴史・地理資料として研究者にとっては研究材料の宝庫である。先日、こうして集積された地図類を活用し、戦後の京都の占領について研究した論考が出版された。アーカイブされた情報を介して学際的研究も進展しつつある。また一般の人々にも観光や学習のツールとして広く活用されている。近年盛んな地域住民によるまちづくりの現場でも、過去を知る資料として有意義なものとなっている。

縮尺や形の異なる多様な地図を
1枚に重ね合わせることで
見えてくるもの。

矢野の目指す「歴史都市京都のデジタルアーカイブ」には、三次元空間だけでなく文学作品や絵画、写真などのコンテンツ、祇園祭などの祭礼や伝統芸能といった無形文化財も含まれる。矢野はそれらをただ羅列するのではなく、地図などの地理空間情報をプラットフォームとして「場所」に紐づけて公開してきた。建築史家の近藤豊が1930年代から1970年代までの京都を撮影した写真ネガ約8万枚のアーカイブも最近の大きな成果の一つである。京都府立総合資料館に寄贈された写真を京都府と共同しながら1枚ずつスキャンするとともに写真から位置情報を特定し、地図から写真を閲覧できるシステムを構築した。すでに約5万枚の写真が公開されている。

その一環として河角直美は1960年代前後の京都市電にまつわる写真約2,000点をアーカイブしている。「研究会を開催して専門家とともに写真に写っている場所を特定し、写真とデータを位置情報とともに公開しました。中には場所を特定できなかった写真もあります。そこで公開したデータベースに外部から情報を入力できるシステムも付加しました」と河角。さらには「京都の記憶地図プロジェクト」と銘打ち、古い写真や地図に写る場所や時代の「思い出」も収集、公開している。

「思い出」と同じ無形のコンテンツとして最近矢野らは、京都市指定文化財になっている京町家「長江家」に収蔵されている屏風・掛け軸や歳事の道具、日用品など約1,000点のアーカイブも進める。「町家や収蔵品を通じて住まい方、暮らし方も記録したい」と意図を明かす。「こうした空間を介した多彩な情報の集積とその分析・解釈から、京都に対する理解が一層深まると考えています」

絵図や写真、文化、記憶など多角的な「京都」を表現する「三次元デジタルマップ」を手に、タイムマシンさながらに時空を超えて各時代の京都を体感できたらきっと楽しいに違いない。

矢野 桂司/河角 直美

矢野 桂司[写真左]
文学部 教授
研究テーマ:デジタル・ヒューマニティーズ、歴史都市京都のGIS、ジオデモグラフィクス研究
専門分野:人文地理学、地理情報科学

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河角 直美[写真右]
文学部 准教授
研究テーマ:近代京都を対象とした景観の復原と変遷に関する研究、歴史GISを用いたデジタル人文学、近代日本における環境と人間との関係史
専門分野:歴史地理学

storage研究者データベース

2018年4月2日更新