現在、最も注目されている研究分野であるロボティクスと人工知能(AI)。
立命館大学の先端ロボティクス研究センター長を務める理工学部教授の川村貞夫と、新たな切り口からAIの研究開発に挑戦する情報理工学部教授の谷口忠大に、今後のロボティクスとAIについての研究とその関わりについて、熱き想いを語ってもらいました。
技術革新がもたらしたロボットブーム、人工知能ブーム
最初にお二方の研究の立ち位置を知るために自己紹介をお願いします。
川村 私は生物工学科出身で、機械工学に専門を移してロボットの研究を始めたのは修士課程からです。立命館大学に赴任した1987年頃からは機構と制御の両方の技術を組み合わせ、ロボット開発を続けてきました。水中ロボットの開発もその一つです。さらに最近は「柔らかい」材料を使った「ソフトロボティクス」の研究にも取り組んでいます。
谷口 川村先生とは反対に私はまず機械系分野を専攻し、博士号を取得してから情報系に飛び込みました。当時は1980年代の第2次人工知能(AI)ブームを過ぎ、コンピュータの計算処理能力に依拠したAIの限界が指摘されていました。それに対して私たちが着目していたのは「身体」の重要性です。人間は周囲とのコミュニケーションや社会との関わりといった身体的な経験からボトムアップに認知を形成していきます。既存のAIの限界を超えるには、そうした人間の認知発達と同じプロセスで言語や概念を獲得していくAIが必要だと考えたのです。そこで外部と関わるための「身体」を持った計算機としてロボットを定義し、「記号創発ロボティクス」という新たなアプローチを見出し、研究してきました。
第2次AIブームから30年余り、今またロボットブーム、第3次AIブームが到来しているといわれています。
なぜ今、再びロボットやAIが注目を集めているのでしょうか。
川村 ロボットブームの理由の一つは、技術の発達です。ロボットを構成するセンサやアクチュエータ、コンピュータといった要素技術とともにそれらを統合する技術が飛躍的に進歩したことが挙げられます。加えて社会的ニーズの高まりもあります。先進国を中心とした少子高齢化による労働人口の減少に加え、製造業が国内回帰する傾向が加速する中で、ロボットによる自動化なしには早晩ものづくり産業が立ち行かなくなることは目に見えています。経済産業省の「ロボット新戦略」でロボット市場の拡大が打ち出されるなど、ロボット開発はいまや国を挙げて取り組むべき重要課題となっています。
谷口 現在の第3次AIブームは、ディープラーニングをはじめとした機械学習がけん引しています。火付け役の一つはロボットブームの場合と同じく要素技術の進歩です。端的にはコンピュータの処理スピードと容量が高まったこと、そしてインターネットの普及で多くのデータが生成、入手、共有可能になったことに尽きます。AIのメガ企業がグーグルやマイクロソフト、フェイスブックなどであることからもそれは一目瞭然です。残念ながら日本はその後塵を拝しているのが現状。まずは先鋒をキャッチアップし、「次」を見据えて革新的なAIを生み出していく必要があります。
既存のイメージを覆すロボット・AIを開発する
自動車がロボット化しているといわれるように、一般の人々の想像を超えた多様な形や機能を持ったロボットが次々に登場していますね。
川村 私はかねてから「ロボット」の定義が極めてあいまいであることに危惧を抱いていました。ロボットの形や機能はその目的によって決定づけられるべきもので、「ロボットとはこういうものだ」という根拠のない思い込みはロボット開発を妨げることになりかねません。例えば「ロボットはヒューマノイド(人型ロボット)であるべきだ」とすれば、「お掃除ロボット」も人型にするために本来の機能に不必要な部品を数多くつけなければならなくなり、工学的にもコスト面でも実現不可能になってしまいます。
川村先生が研究する「柔らかいロボット」も既存のロボットのイメージを覆すものですね。
川村 今社会で活躍しているロボットのほとんどは硬く、重い金属材料で作られた剛体です。それに対して私は金属に代わってプラスティックやゴムといった高分子材料を使った「柔らかい」ロボットを作ろうとしています。ソフトな材料を使うことによって軽量化やコストダウンが可能になります。また単に素材が柔らかいというだけでなく、人間のような柔軟でスムーズな動作も実現できるようになり、応用可能性が大きく広がります。
とはいえ材料を変えるのは口で言うほど簡単ではありません。それまで金属を基準に考えられてきたロボットの力学や制御の理論のほとんどが使えなくなるため、「ソフトロボティクス」のための理論を一から構築していく必要があります。こうした民間企業にはできない理論構築を担うのも大学の役割だと考えています。谷口 「ソフトロボティクス」はAI技術の発展にも深い関わりがあります。第3次AIブーム以前のAIは、画一的な方法でしか学習できない、いわば「ハード」なAIでした。一方今私たちが焦点を当てる機械学習は、より雑多であいまいなものから知識を獲得していくことができる、柔軟性の高い「ソフトなソフトウェア」ということができます。
ロボットもAIも「人間」に近づいていくことが進歩の道筋なのでしょうか。
谷口 私が目指すのは、人間の赤ん坊が環境を理解していくのと同じプロセスでボトムアップに知識を獲得していくAI。「記号創発ロボティクス」はまさに人間の知能の「リバースエンジニアリング」です。「ソフトロボティクス」も同じ文脈で捉えることができます。現在の人間の姿は自然淘汰による進化を経て地球環境に適応してきた結果です。人間はもちろん地球上のほとんどの生物が「ソフト」な形態を持っていることを考えると、「ソフトロボット」こそ理にかなっているといえるのではないでしょうか。
川村 貞夫 理工学部 教授
ソフトとハードをむすぶシステムインテグレーターが必要
谷口 しかしどれほど優秀な機械学習を実現しても、それだけでは万能ではありません。ハードウェアであるロボットの身体と協調的に、相乗効果的に機能する必要があります。人間環境でうまく機能するロボットを作るためには、ハードウェアの進歩に柔軟に対応するソフトウェアである必要があります。今後AI開発がさらに実用に近い企業で進められることを想定した時、ロボットというハードウェアとAIというソフトウェアを統合して技術開発を進めることがますます重要になっていくと考えています。
川村 まったく同感です。私の研究においてもハードウェアにあたる機構とソフトウェアにあたる制御のどちらか片方だけではうまく機能するロボットを作ることはできません。求められるのは、目的に沿って機構と制御の両方を統合する「システムインテグレーション」の技術。さらにはそれを実現してみせるだけでなく、基盤となる理論を構築することも我々大学が果たすべき役割だと考えています。
機械工学と情報系という分野の壁を超えてハードとソフトをつなぐことのできる「システムインテグレーター」の育成も大学に期待されています。
川村 それは難しい課題です。立命館大学では1996年、システムインテグレーターとなり得る人材の育成を目指して理工学部にロボティクス学科を設立しました。現在も試行錯誤しながらソフトとハードをつなぐことのできる人材の育成に尽力しています。
谷口 異なる複数の学問分野を統合できる人材の育成は急務ですが、その際に危惧されるのは、結局どの学問も中途半端にしか修めていない「ゼロ専門性」の人材を生み出してしまわないかということです。まずは基盤となる高い専門性を身につけてから、異なる分野への展開は博士課程で行うべきだと私は考えています。立命館大学は日本でもトップクラスの産学連携数を誇り、数多くの産業人材を輩出してきました。こうした産業界とのつながりはシステムインテグレーターの育成において強みとなるはずです。
川村 私も谷口先生も専門分野を横断してきた経歴を持っています。しかし今は専門分野が細分化し、異分野を学ぶ人が少なくなっているように感じています。博士課程でそうした教育を実践できればすばらしいですね。
谷口 忠大 情報理工学部 教授
異分野連携で実現する次世代ロボット・AIの創出
お二人はいずれも現在、立命館グローバル・イノベーション研究機構(R-GIRO)に採択され、学問領域を横断した拠点形成型で研究プロジェクトに取り組んでいます。異分野連携を含めたお二人のロボット・AI研究の今後について展望をお聞かせください。
谷口 今後も人間の言語の獲得や進化に至るダイナミズムに焦点を置いた「記号創発ロボティクス」の視点からAI研究、さらにそのアウトカムとしてのロボットの社会実装に力を注いでいきます。人間の知能のダイナミズムを理解するためには真の意味での学際融合による基礎研究が必要です。いずれR-GIROの拠点をその中核に育てたいと考えています。
川村 私も引き続き先端材料を使ったソフトロボティクスの開発を進めていきます。システムインテグレーションを声高に叫ぶまでもなく、もはやロボット開発においてソフトとハードを切り離すことはできません。「ソフトロボット」の開発においても先に谷口先生のおっしゃった「ソフトなソフトウェア」の助けが欠かせないものとなるでしょう。今後の我々の挑戦において機械系と情報系の連携はますます重要になるはずです。