STORY #10

人間の子どもと同じように
言葉や概念を獲得していく人工知能。

谷口 忠大

情報理工学部 教授

萩原 良信

情報理工学部 助教

「記号創発ロボティクス」で目指す
次世代人工知能。

「コップを取ってきて」。家で誰かにそう頼まれたら、たいていの人は迷わずキッチンへ行って戸棚を開け、仮に母親の頼みであれば彼女が普段使うコップを選んで持って行くことができる。細かに説明されなくてもたった一言でそれだけのことをできるのが人間だ。ではロボットに同じことができるだろうか?
谷口忠大は「記号創発ロボティクス」という他とは一線を画するアプローチでその実現に迫ろうとしている。現在萩原良信とともに人間とのコミュニケーションを通じて自ら知識を拡張していくことのできる家庭用ロボットの開発に取り組んでいる。

「家庭にはそれぞれ『ローカルルール』や『ローカル言語』があり、例えば同じ『キッチン』を指してもその場所や置かれている物、あるいはそれらの呼び方も家庭によって異なります。私たちはこうしたローカルなルールや言語を各家庭においてボトムアップに学習し、個別の状況に応じて生活を支援することのできる家庭用ロボットを作ろうとしています」と萩原は語る。

開発するのは、複数のセンシング機器を搭載してマルチモーダルに外界を知覚し、それらの情報から物を置くべき「場所」を学習していくロボット。まず人や外部環境とつながる「感覚器」として、視覚情報を得るためのカメラ、音声認識のためのマイク、位置を把握するための距離センサをロボットに搭載。これらを使って得た物体の画像、人の発する言語、ロボット自身の位置情報の生成過程をモデル化し、ギブスサンプリングなどの手法を用いて「場所」のパラメータを推論、反復によって「場所の概念」を獲得していく手法を構築した。

萩原らは実際にロボットを使った実証実験も行っている。リビングダイニングキッチンに見立てた実験用家庭空間に冷蔵庫、キャビネット、レンジラック、本棚、テレビ、テーブル、ソファーなどさまざまな家具を配置し、「テーブル前」「ダイニング前」など11の場所を表す語彙と「コップ」などの物体の観測(画像)情報を移動しながらロボットに学習させる。それを繰り返した結果、やがてロボットは70%を超える高い確率で語彙から正しい場所を予測し、物を運べるようになった。「例えば一般名称では同じ『コップ』『テーブル』でも、黄色いコップはダイニング前のテーブルに置く、白いコップはミーティングテーブルにというように、各家庭における外界との相互作用と反復によって獲得された『場所概念』により、家庭毎の『ローカルルール』に基づいてふさわしい場所に各コップを運ぶことができるようになりました」

場所概念学習のグラフィカルモデル。
位置情報、物体情報、言語情報からパラメータを推論する。

場所概念学習のグラフィカルモデル 表
場所概念学習のグラフィカルモデル

「『第3次人工知能ブーム』といわれる現在の人工知能の隆盛は、膨大なデータを計算できるコンピュータの処理能力に依拠し、ディープラーニングをはじめとした機械学習が可能にしてきました」と解説した谷口。しかしどれほど大量のデータを集めても、先に挙げたような「ローカルな知識」の獲得にはたどり着けない。それに対して谷口は「人や環境とのコミュニケーションや相互作用から得たマルチモーダルな知覚情報を統合し、ボトムアップで概念を形成する。まるで人間の子どもが言語や環境を一つひとつ理解していくようなプロセスで知能を獲得していける次世代人工知能を作りたい」と語る。その学問的なベースとなっているのが、谷口が10年以上前から取り組む「記号創発システム論」である。

「人間が生まれ落ち、周囲の他者を介して初めて『言語』すなわち『記号』に触れ、他者とのコミュニケーションや環境との相互作用を通じて概念や言語の意味、文化や慣習などを含めたローカルな文脈、あいまいな表現を理解していく。そうした概念・言語獲得のダイナミックなプロセスに着目するのが、記号創発システムのポイントです」と谷口。人間の「記号創発システム」を支える知能の「設計図」、コンピュータでいうところの「計算原理」を手に入れることができれば、既存のものとはまったく異なる人工知能を生み出すことが可能になる。

そのために欠かせないのが外界と接して多くの経験を積むための「身体」である。知能の計算論的表現としてのプログラムを構築するだけでなく、人間の感覚器にあたるセンサ、運動器にあたるアクチュエータを持ち、実世界とつながる「ロボットを作ってみる」。「記号創発ロボティクス」の真骨頂はそこにある。

「いずれは人工のロボットから逆説的に人間に対する理解を深めることができるようになるかもしれない」と谷口。「記号創発システム」研究を通じてロボットから人間の本質に迫ることにも意欲を燃やす。

谷口 忠大、萩原 良信
谷口 忠大[写真左]
情報理工学部 教授
研究テーマ:人を含んだ創発システムの構成論的理解と工学的応用
専門分野:統計科学、認知科学、ヒューマンインターフェース・インタラクション、知能情報学、ソフトコンピューティング、知能ロボティクス、感性情報学、知能機械学・機械システム

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萩原 良信[写真右]
情報理工学部 助教
研究テーマ: マルチモーダル情報に基づく場所概念学習と生活支援ロボットへの応用
専門分野:ヒューマンインターフェース・インタラクション、知能情報学、知能ロボティクス、計測工学

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2017年12月18日更新