STORY #2

おかずをつまんで弁当箱に詰める
「柔らかい」ロボット

平井 慎一

理工学部 教授

王 忠奎

理工学部 助教

柔らかい材料を使ったロボットが
これまでにない機能を実現する。

硬い金属の鋼体でカクカクとぎこちなく動く。そんなロボットのイメージを覆す「柔らかな」ロボットの開発が近年目覚ましい勢いで進んでいる。
そんな「ソフトロボティクス」研究の先駆者の一人・平井慎一は、柔らかい材料を積極的に用いることで従来とは異なるロボットの機能を探究してきた。中でも注力するのは、柔らかく、変形しやすい物体を掴むことのできる「柔軟物ハンドリング」ロボットの開発だ。把持の対象として想定するのは食品。いずれは食品加工工場でパッキング作業に用いることを目標に据えている。「コンビニエンスストアで売られている弁当は一日に200万~300万食。製造工場でのパッキングは今もすべて人による手作業で行われています。ものづくり現場ではロボットによる自動化が進んでいますが、形や大きさ、柔らかさの異なる惣菜ごとに力加減を調整し、パッキングするといった繊細な作業を人に代わって担えるロボットはいまだありません。その一方で人手不足が深刻な業界で食品のパッキング作業の自動化を望む声はますます大きくなっています」。平井は開発に尽力する理由をこう語る。

まず平井が考え出したのは、物体の周囲を弾性のある糸で囲み、その糸を絞ることで物体を把持する方法だ。指に見立てた4本の支柱の先に弾性糸を張り巡らせ、その囲いの中に物体を置く。次に指を閉じて糸を絞り、物体をつまみ上げる仕組みだ。弾性糸には物体が近づいたり触れたりすると電位が変化する感圧導電糸を使用。物体の硬さに応じて把持力を調整し、物体の変形を最小限に抑えながらつまみ上げられるよう工夫している。

平井はおかずを小分けするパイレックス容器にジェリービーンズを入れ、このバインディングハンドで中身をこぼすことなく容器を持ち上げてみせた。さらに把持力を高めるために弾性糸を二重に張るバインディングハンドを開発。卵を弾性糸で持ち上げることにも成功している。

柔軟糸によるバインディングハンドの発展形として目下平井とその下で研究する王忠奎が開発を進めているのが、空気圧で駆動する柔軟指だ。ゴムなどの柔らかい素材で作った把持部は片方の面に蛇腹状に切り込みを入れたような形状で、内部に空気を流入すると関節部分が膨張し、指のように折れ曲がる。この柔軟指3本を空気圧制御システムに取り付け、対象物をつまみ上げる仕組みになっている。

3Dプリンタの登場で、さまざまなデザインのロボットハンドを作ることが可能になった。切り込みの形状と材料特性によって曲がり方をコントロールすることができる。

この駆動原理のアイデアはすでにあるものだったが、平井と王は柔軟指の成形に3Dプリンタを採用することで、成形効率と動作再現性を高めた。

「それまでの主流は素材を型に流し込んで成形する鋳造法。しかしこの方法では柔軟指の弾性などにバラツキが生じることに加え、空気を流入した時の変形パターンも非線形で制御が難しいという課題がありました。それに代わって3Dプリンタを使うことで、ほぼ同じ形、同じ弾性の柔軟指を安定して作ることができるようになりました」と王。

加えて材料を積層しながら成形していくという3Dプリンタの特性を生かし、剛性の異なる複数の材料を使って柔軟指を作ることも可能にした。まず硬くて曲がりにくい材料で指の根本部分を積層し、次にやや柔らかい材料を積層するというように複数の異なる材料を使って柔軟指を成形。これによって異なる形の物体を挟むことができるようになった。「このロボットハンドを使って食品の把持実験を行ったところ、鶏の唐揚げや生卵、焼鮭の切り身、空き缶といった形や形状、重さ、柔らかさの異なる物体を、あまり変形したり、潰したりすることなく持ち上げることができました」

次の課題は、工場のパッキングラインを想定して食品のバラツキに対応すること。同じ唐揚げでも形や大きさは多様で、しかも生産ラインでは同じ位置に置かれているとは限らない。「そのバラツキをセンシングし、ロボットハンドの動作や把持力の制御につなげる必要がある。そのために画像センシングなど他分野の技術との連携も考えています」と言う。

「縮んだり、膨張したりといった変形を利用して動くロボットを最初に作った時にはソフトロボティクスに対する批判的な声が大半だった」と振り返った平井。それから20年近くが過ぎた2014年、アメリカでソフトロボティクスの専門誌「Soft Robotics」が創刊され、ソフトロボティクスに関する研究が世界中で進んでいる。「誰も気づいていないところに目を向け、他に先駆けて新しいことを見出すのがおもしろい」と笑う顔は実に楽しげだ。

松原 豊彦、楠奥 繁則

平井 慎一[写真左]
理工学部 教授
研究テーマ:ソフトハンド、柔軟物ハンドリング、触覚センサ、生体組織モデリング、空中マニピュレーション、マイクロ空気圧弁
専門分野:知能機械学・機械システム、機械力学・制御、システム工学

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王 忠奎[写真右]
理工学部 助教
研究テーマ:空気圧駆動ソフトロボットグリッパの開発と基本原理の確立、生体臓器や組織などの有限要素モデリングと力学パラメータ推定、高齢者口腔ケア訓練と評価システムの構築
専門分野:知能ロボティクス、知能機械学・機械システム、生体医工学・生体材料学

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2017年9月11日更新