AIによる認知からメカの制御まで
トータルに考え、革新を生む。人が運転しなくてもクルマが自ら安全、かつ快適に道路を走行し、人を目的地まで運んでくれる。人工知能(AI)技術の進化によってそんなクルマの自動運転が現実のものになろうとしている。技術開発競争は激しく、世界中の名だたる自動車メーカーがしのぎを削っているが、完全自動化にはもう一歩、ブレークスルーが必要だ。
「AI技術を追求するだけでは限界がある。認知・判断に関わるAI技術から周辺環境のセンシング、自動車のメカニカルな部分である運動制御やアクチュエータ、動力の制御までをトータルに考えなければ、イノベーションを生み出すことはできません」。そう語る深尾隆則は、自動運転自動車から飛行船ロボット、自動農作業機械までさまざまな知的ビークルシステムを研究している。専門の細分化が進む最先端の研究領域にあって、人工知能、コンピュータビジョン、機械制御、システムインテグレーションといった学問領域を異にする多様な知識・技術に精通し、それらを統合して課題を解決するところに深尾の強みがある。
その成果の一つが自動運転での隊列走行技術の開発だ。自動車の自動運転技術で世界をリードするドイツでこれまでに車間距離10mの隊列走行を可能にした例があるが、深尾は国や企業との共同開発プロジェクトにおいて、時速80kmで自動運転するトラックで、車間距離わずか4mの隊列走行を実現した。
「ロボティクスと車両ダイナミクスの両方を生かすアルゴリズムを構築し、制御設計することで高精度かつ安定的に車間距離を保つことに成功しました。また人間の『眼』と『運転』のメカニズムを数式モデル化し、自動車の計測と制御を融合した他、センシングのための車載カメラの設置位置や計測箇所も検討しました」と深尾。認知モデルから機械やアクチュエータといった動的モデルまでを組み合わせることで、安全・正確、かつ人間に近いスムーズな自動操舵・隊列走行に近づいた。すでに公道での走行試験、強風や雨天などの悪環境での走行実験も終え、現在は自動車メーカーで実用化が進められている。
また深尾は飛行船ロボットに関する研究でも数々の成果をあげている。その一つ、災害監視無人システムの開発においては、上空を自動飛行しながら回転するカメラで地上を撮影して3次元情報を取得し、人工衛星による撮影では把握できない緻密な3次元地図を作成する技術を生み出した。
次に深尾が目を向けたのが農作業車両のロボット化だ。「農作業従事者の減少と高齢化による人手不足は近年ますます深刻になっています。若い人が農業に集まらない理由は過酷な労働に反して『儲からない』からです」と深尾。こうした課題を解決する一手が、農作業用ロボットだという。すでに大型トラクターの自動化は進んでおり、海外の大規模農場では無人のトラクターが農作業の省力化・効率化に役立っているが、これらの自動トラクターは大型、かつ高価格で日本の農業に導入するのは難しい。そこで深尾は、トラクターが自らの位置を同定するための超小型で高精度な専用センサを企業と共同開発し、大幅なコストダウンを可能にした。
現在注力しているのは、収穫や運搬用車両ロボットの開発だ。目下キャベツや玉ねぎなどの野菜の自動収穫機の開発に苦心している。「難しいのは『人間の熟練技』を機械で実現すること。人が収穫機を操縦する場合は、指先の微妙な感覚を頼りにキャベツの根本部分を捉え、繊細な操作でキャベツを刈り取っていきます。この経験と感覚による緻密な操作を機械で行うためには、どこをセンシングし、その情報を制御機構にどのように伝えるか、認知から動作までの作業プロセスを連続的な値として捉え、操舵につなげる必要があります。センシングや制御、駆動をどう組み合わせて最適なシステムを構築するか。その『解』を見つけるのがおもしろい」と深尾は言う。
さらに最近は果樹園を自在に動き回り、草刈りや農薬散布、収穫までを完全無人で行う自動作業用機械の開発も進めている。ここでもデコボコの地面、果樹が林立する中を倒れたりぶつかったりせずに移動する操舵技術や、果実をスムーズ、かつスピーディにもぎ取る「人間技」を機械で実現するという難題に挑んでいる。「5年計画で実用化を目指します」と深尾。人に代わって農業を知的ロボットが担う未来はもうすぐそこまで来ている。