STORY #6

ビジネスを変える
クラウド、AI

依田 祐一

経営学部 准教授

ビジネスにおける人とAIの役割を
根本的に問い直す

「コンピューティング資源をネットワーク上で共有するクラウドコンピューティング(クラウド)や人工知能(AI)の登場によって今、ビジネスの在り方が根底から変わってきています」
そう指摘する依田祐一は、こうした情報技術革新が企業のマーケティング実践や情報システム開発に与える影響を研究している。「現在主流を占めるAIは、得られたデータから隠れたパターンや規則性を見つけ出す機械学習に加え、データをもとに自ら「特徴量」を作り出すことのできる新たな機械学習の手法・深層学習(ディープラーニング)によって、人間には扱うことが困難な膨大なデータから新しい認識を獲得していくことができます」と説明した依田。今日のAIはコンピュータの処理能力とスピードの向上、そしてクラウドによって膨大なデータを蓄積・処理できるようになったことが可能にしたものだ。

依田によると、AIによって企業のマーケティング実践とそれに基づく顧客価値創造のプロセスは、以前とはまったく異なるものになる可能性があるという。

「伝統的なマーケティングリサーチでは、消費者アンケートや実験などを通じて消費者のニーズを事前に探り、なぜそれが求められているのかといった『理由』に基づいて顧客ニーズを探索してきました」

一方、ネットビジネスなどの商用環境でAIが顧客ニーズを探り当てるプロセスは、それとは大きく異なる。例えば、インターネットビジネスサイトのマーケティングに導入されているAIは、先述のように「理由」から顧客ニーズを探るのではなく、「商品を閲覧した、購入した」という「結果」に着目する。ここに結果としての大量データから学習する機械学習の特質がある。一例がAmazon.comの提供する「レコメンド機能(商品の推薦)」である。「2011年のAmazon.comの売上の約30%はこの推薦システムによる『おすすめ商品』から生み出された」といわれる。

またGoogleでは、既に20を超える実サービスに、ディープラーニングが適用されている。同社の主要サービスの検索や検索連動広告にも適用されており、検索結果の順位づけを導く主要なシグナル(要素)の1つとして、ディープラーニングによる“Rank Brain”を導入している。特に比較的新しい検索クエリーにRankBrainの導入効果が示されつつあり、ブラックボックス化されるディープラーニングの特質から、GoogleはAIが実際に何を行っているかを理解しようとしている、という(依田他、2016)。

依田は「顧客がまさに利用しているダイナミックな実の商用環境において得られた結果に基づいて、試行を重ねながら顧客ニーズに適応する実践方法の有効性が見出される」と言う。

クラウドサービスとAIの概念図

一方で、クラウドやAIは情報システムを利用する企業のみならず、それを「提供する側」にもパラダイムシフトを起こしていると依田は指摘する。クラウドサービスの一つである“PaaS(Platform as a Service)”の活用もその一つだ。「“PaaS”はクラウド上のアプリケーション開発環境及び提供環境として、サービスプロバイダーが提供するサービスです」と依田。

かつては多くの企業において自社でサーバなどのインフラを備え、必要なアプリケーションを開発し、各社オリジナルの情報システムを構築していた。しかし“PaaS”を活用すれば、情報システムを構築する企業は“PaaS”で提供される洗練されたソフトウェアの「標準部品」を活用しつつ、目的やニーズに合わせてアプリケーションの開発に集中することができる。情報システムの維持・管理をクラウドサービスプロバイダーが担うため、SE(システムエンジニア)が維持・保守する必要もなくなり、大幅にコストを削減できる。

クラウドサービスの提供モデル

*米国国立標準技術研究所(NIST:National Institute of Standards and Technology)のサービス提供モデルを参照

PaaSの有効性

さらに最近になってBI(Business Intelli-gence)ツールといったデータ分析のサービスに加えて、機械学習、ディープラーニングも“PaaS”に実装されるようになってきている。この結果、従来よりはるかに高性能なサービスをユーザー企業自ら適用できるようになり、これまで情報システムの開発・維持・保守のサービス提供をビジネスとしてきた企業や、ITコンサルタント、SEの役割も見直されるかもしれない。例えば「AIの有効性を最大限に発揮するための問題設定やデータ蓄積の設計など、人にしかできない役割を担うことが求められるだろう」と依田。「少ない経験データから推量する力、社会的、文化的な経験に裏づけられた文脈を理解する力や洞察力、問いを設定する力、美的な感覚や感情を理解する力など、AIには未だ困難な人間ならではの力にフォーカスすることで、人間とAI双方が補い合うことができるはずです」と言う。今後ビジネスの世界でも人とAIとの関係が問われることになる。

依田 祐一
依田 祐一
経営学部 准教授
研究テーマ:クラウドサービス(クラウドAIを含む)活用における企業情報システムのソーシング戦略への影響に係る研究、顧客価値を創造するビジネスシステムとそれを支える情報システムのマネジメントに係る研究。
専門分野:経営学、情報学フロンティア(ウェブ情報学・サービス情報学)

storage研究者データベース

2017年11月6日更新