STORY #9

人と機械の調和が
実現する「快適」な
自動車運転とは?

和田 隆広

情報理工学部 教授

快適な運動の数理モデルを構築し
ヒューマンマシンシステムに活かす。

障害物を検知して自動でブレーキをかけ、衝突を回避するいわゆる「ぶつからないクルマ」などの運転支援システムの登場によって、自動車運転の安全性は飛躍的に向上しつつある。こうした人間と物理的にインタラクションを行う知能機械システムは「ヒューマンマシンシステム」といわれる。和田隆広はこの人と機械システムとが協調するところに注目し、快適で使いやすい機械システムを探究している。

「例えば快適な自動車運転を実現したいと考えた時、念頭に浮かんだのはそもそも『快適』とは何だろう?という疑問でした」と言う和田は、人が感じる快適性を数式で表そうと試みている。その一つとして構築したのが、「車酔い」の程度を推定する数理モデルだ。

「人間は視覚、聴覚、触覚などの感覚器の他に、前庭感覚と呼ばれる体(頭部)の動きを捉えるセンサを持っています。耳の中にあって前後左右の運動の方向や傾きを感知する耳石、回転運動を捉える半規管などがそれに当たります」と説明した和田。いうなれば人間は、自らの体内に持つ加速度センサとジャイロ(角速度)センサで身体の動きを感知し、これらの情報を視覚やその他の感覚情報と統合して運動を制御することで身体のバランスを保つことができるのだ。

乗り物酔いは、感覚器で得た情報と経験から推定されるものの差によって生じるという感覚矛盾説が有力である。これと関連し、各種感覚情報を統合して得た重力方向の感覚と、経験をもとに中枢神経が「こうだ」と理解している重力方向の感覚にズレが生じた時に起こるという仮説がある。和田は“Subject Vertical Conflict(主観的重力方向誤差)”といわれるこの仮説を、神経科学や認知科学の知見に基づいて数理モデルとして表現することに成功した(下図)。「人間を振動させて吐き気をもよおす割合を計った実験結果と、この車酔いの数理モデルを使って推定した嘔吐確率は、近い値を示しました」とこの数理モデルの有効性を確認した。

乗り物酔いは、数理モデルとして表現できる。実験での嘔吐確率もこのモデルに沿った値を示した。

さらに和田はこの数理モデルを自動車の快適性を評価する指標として活用し、車酔いを防ぐ方法を考えることにも踏み込んでいる。
「助手席に座っている人は酔いやすく、ドライバーは酔いにくいとよくいわれます。調べてみるとドライバーと助手席の人とはカーブを曲がる際などに頭部の傾く向きが逆であることが判りました」と和田。カーブを曲がる時、ドライバーは頭をカーブの旋回方向に傾けるのに対し、助手席の人はカーブによって生じる遠心力に引っ張られるように旋回とは逆方向に頭を傾ける。「この頭部の動きを制御すれば、乗り物酔いを軽減できるのではないか」と仮説を立てた和田は、スラローム運転をした時のドライバーと助手席の人の頭部運動を計測し、先の数理モデルに入力。ドライバーの頭部運動の方が車酔いを抑えられるという結果を導き出した。

この推定に基づきカートコースで実験を実施。最大20周、ドライバーと同じように頭部を旋回方向に傾けて運転する場合と、逆に助手席の人の頭部運動をまねた場合の2パターンで走行実験を行った結果、数理モデルの推定と同様ドライバーと同じ頭部運動によって車酔いを軽減できることが確かめられた。

カーブを曲がる際のドライバーの頭の動き。頭をカーブの旋回方向に傾ける自然な動きが車酔いを抑える。

こうしたヒューマンモデリングの結果を、ロボットやヒューマンマシンシステムの開発に活かすのが次のステップだ。車酔いの数理モデルを応用して、例えば酔いが少ない運転が可能な道を選択して目的地までナビゲートするナビゲーションシステムや、酔いの少ない自動運転システムの開発への応用も検討している。また車酔いの数理モデルは、人間が自分自身の身体運動をどのように捉えているかを推定することが可能なパーツを含んでいる。この自己運動感覚は酔いより微妙な機械操作の快適性に利用可能と考え、研究を進めているという。

さらに和田の関心は、自動車運転だけでなく、リハビリテーションロボットや義足システムなど多様なヒューマンマシンシステムにも向けられている。「慣性」を利用した快適な歩行モデルの数式化もその一つだ。人はひとたび歩き始めると慣性が働き、急に立ち止まることはできない反面、この慣性をうまく利用すれば、最小限の力で楽に足を運ぶことができる。和田はこの慣性を利用してより歩きやすい義足制御を試みている。

自動車運転支援システムを筆頭にヒューマンマシンシステムの開発においては、これまで安全性/信頼性の追求に注目が集まっていた。それらの性能が十分に達成されつつある今、ますます人間の「快適性」が重要になってくる。これまで困難であった快適性を定量的に評価する数理モデルの構築に和田は先駆的に取り組んできた。ここからいずれ快適で使いやすい革新的なヒューマンマシンシステムが生まれるかもしれない。

和田 隆広
和田 隆広
情報理工学部 教授
研究テーマ:操縦系のロボット/機械システムにおける操縦快適性の解明とそのシステム設計・制御への応用手法の確立を目指す。感覚運動系のモデリングと機械システムの運動制御への応用、自動車等の操縦型機械システムにおける操縦快適性の数理モデリングと機械システム、自動運転におけるヒューマンファクタ、ロボット制御
専門分野:知能機械学・機械システム、ヒューマンマシンシステム、ロボティクス

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2017年12月4日更新