STORY #1
先進技術で描く、
運動が日常になる未来
伊坂 忠夫
スポーツ健康科学部 教授
西浦 敬信
情報理工学部 教授
塩澤 成弘
スポーツ健康科学部 准教授
「音のスポットライト」の
下でしか聴こえない。
一つの空間に 複数の音領域を作り出す。
一方、西浦敬信は「音響」を使って「運動したくなる空間」を作ろうとしている。開発するのは、指向性を持った超音波スピーカだ。
「音波は周波数によって空気中での伝わり方(指向性)が異なります」と言う西浦の説明によると、一般に周波数が低いと同心円状(全方位)に広がり、高い周波数ほど直進する傾向がある。つまり周波数が低いと広範囲に音が伝わり、周波数が高くなるほど鋭く直線的に伝わっていく。しかし周波数の高い超音波は人間には聞こえない。そこで西浦は、可聴領域の音楽や音声を超音波で変調して放射し、空気中にて復調させることで、人間の耳でも知覚可能でかつ超音波と同様の指向性を持った音を生成することに成功した。音の指向性を制御することで、特定の方向、特定の範囲にだけ聴こえる音空間を作り出すことができるようになったのだ。
さらに西浦はスピーカの表面を湾曲するように設計し、曲率を自動で制御することで音の伝わる方向と範囲を自在にコントロールできるパラメトリックスピーカを開発した。このスピーカを利用したその名も「オーディオスポット」はスポットライトのように限られた方向・領域だけに音を伝えるため、一つの空間内にまったく異なる音領域を作ることができる。「空間内で複数の音を出しても音領域が異なれば他領域の音は聴こえません。例えば高齢者と若者、子どもが同じ空間を共有しながらそれぞれに適した運動指導を音声で受けることも可能です」と西浦は解説する。これまでに何度も実証実験を重ね、運動増進に寄与する可能性を確かめてきた。2016年秋に竣工予定の立命館大学びわこ・くさつキャンパスの新体育館にもこの超音波スピーカが設置され、音響による空間シェアリングが実現する予定だ。「音によって運動が阻害される空間をゼロにしたい」。西浦はさらに未来を見すえている。
「本格的に実用化を目指し、衣料品としての規格を満たすことが次のステップ」と今後の進展を語った塩澤。目下強度など製品としての性能向上に取り組んでいる。それと並行して発汗や体温など他の要素を計測できるセンサの実装も進めていくという。さらに「スマートウェアに超音波スピーカを搭載するアイデアもあります」とも語る。スマートウェアの肩口に超音波スピーカを搭載し、耳元に運動を促進するような情報を音声で送るというのだ。技術的な克服課題は残っているものの実現はそう遠い未来ではないという。
また西浦はオーディオスポットの技術をさらに発展させ、ある空間の極小範囲でのみ音が再生される「極小領域オーディオスポット」を開発している。振幅変調波を分離し、パラメトリックスピーカで複数の方向から各振幅変調波を放射すると、それらが交わる一点でのみ可聴音が復調される仕組みだ。実用化できれば、例えば美術館で同じ絵を前に背丈の違う大人と子どもに別の音声ガイドを聴かせたり、車内の運転席、助手席、後部座席で干渉なしに異なる音を再生することも可能になる。
「2021年までにどれだけの研究成果を社会実装にまで持っていけるか。これからが本当の勝負です」と意気込みを語った伊坂。どんな運動空間が現実のものとなるのか。10年後が待ち遠しい。