STORY #10

スポーツの
本質は「遊び」。
それが社会を豊かにする
源泉になる

  • Tolitolyta

市井 吉興

産業社会学部 教授

三谷 舜

社会学研究科 博士課程前期課程

「スポーツとは何か」。
新しいスポーツをつくる中で
根本的な問いと向き合った。

「新しいスポーツをつくる」。
そうテーマを掲げ、市井吉興が指導するゼミの学生たちが共同研究に取り組み、2014年から2年をかけて「Tolitolyta」と名づけた新たなスポーツを完成させた。
市井はこれまで社会の諸問題との関係からスポーツを捉え直すことで「スポーツの本質」を探究してきた。スポーツは人間の歴史や文化、社会のあり方、さらには「こんな社会であればいい」といった願望を反映する写し鏡のようなものだと市井は考えている。「『新しいスポーツをつくる』という経験を通じて学生たちはスポーツの本質を『身をもって』学び取ることができるのではないかと考えたのです」と市井は狙いを語った。

事実学生たちはアイデアを持ち寄る最初の段階から「スポーツとは何か」という根本的な問いと向き合うことになった。当初学生たちの考えたアイデアはどれも既存のスポーツの亜流や複数のスポーツを混ぜたようなもので「新しいスポーツ」とはほど遠いものだったのだ。ではこれまでにないカタチで、しかも「スポーツ」として必要な要素を満たすにはどうしたらいいか。そこから議論が始まった。

スポーツの本質を巡る議論にはいくつかの見解があるが、中でも市井が注目するのはその「遊戯性」である。「スポーツの本質は『遊び』であるという原点に立ち返った時、新しいスポーツにおいても『楽しい』『おもしろい』ものであるという根幹が明確になりました」と当時ゼミ生として「Tolitolyta」開発に取り組んだ三谷舜は振り返った。

市井ゼミの学生たちが産み出した新スポーツ「Tolitolyta」プレイ風景

「遊び」という視点を得ると、スポーツを規定する「ルール」も違った様相を見せてくる。ルールは一般には選手の安全を守り、公正さや平等性を保つために「してはいけないこと」を列挙したものであり、ルールを犯すとペナルティが課せられると考えられがちだ。「ところが実際にスポーツをつくる過程では、『どうすればゲームがおもしろくなるか』を考え、それを実現するためにルールが生まれていきました」と三谷は体験談を語った。

Tolitolyta

学生たちは「ゲームとしておもしろいか」「プレーヤーは楽しいか」という観点からコートの大きさやプレーヤーの人数、プレーヤーに許される動作などさまざまなルールを決め、それに則って実際にプレーしてさらにルールを練り上げていった。例えばプレー中、一ヵ所にボールが集中して試合が膠着する場面が続くことがわかると、よりドラスティックに試合が展開するよう「一発逆転」が可能な新たなルールがつくられた。
「学生たちが実体験したようにゲームをダイナミックに展開させる仕掛けがルールであり、それが各々のスポーツを際立たせる個性、特長となるのです」と市井は解説する。

How to Play Tolitolyta
How to Play Tolitolyta
  • 4対4の攻防(選手交代は何回でも可能)
  • 自陣からパスによりボールを運ぶ
  • ボールを持ち3歩まで移動可能(ドリブルはしない)
  • 使用球はオーボール(写真上)
  • ゴールエリア内で味方選手がボールを受けると得点
  • 5分1セットで5セットを行い、3セット先取で勝敗を決定

スポーツは今日、ファッションや健康増進などとも結びついてライフスタイル全般に浸透し、暮らしや社会を豊かにするのに欠かせないものになっている。しかしその一方でとりわけ競技スポーツの世界では、競技力を追求する余り、あるいはスポーツでの成功が経済的成功と結びつくために「遊び」や「楽しみ」の要素が失われ、ドーピングやスポーツ指導者による体罰などの暴力、八百長などさまざまな問題が起きている。こうした問題に対しても市井は従来とは別の視点で意見を投げかける。「例えばドーピングが否定される理由は多くの場合、選手の健康を損なうから、ドーピングが主に人工的に作られた薬物を摂取するという反自然的なものであるから、あるいはフェアでないからなどと様々です。しかしスポーツの本質に立ち返るなら、不正が横行したら『おもしろくない』『楽しくない』。だから、ドーピングはスポーツを根本から台無しにしてしまうという発想があっていい」。

「遊び」は人間の豊かさの原点である。「おもしろさや新しさを追求する心こそがイノベーションの源泉となり、やがて社会を豊かにしていくのです」と言う市井は、スポーツの教育的あるいは経済的効果だけでなく、人間としての豊かさや社会の豊かさを育むものとしてのスポーツの重要性を説く。

高校・大学、そして現在までソフトボールの選手として活躍する三谷は最後にこう結んだ。「ゼミのメンバーと体育館を走り回りながらどうすればTolitolytaがもっとおもしろくなるかを考えていた時と、ソフトボールの試合で夢中でボールを追いかけている時の気持ちは同じだった。それに気づいた時、スポーツの本質を掴んだ気がしました」。

三谷 舜、市井 吉興

三谷 舜[写真左]
社会学研究科 博士課程前期課程
研究テーマ:軟式スポーツの誕生とその系譜/既存のスポーツ(たとえば野球やテニス)が「軟式球」を導入することによって生じるプレイスタイルの変化やルールの変更について、スポーツの本質を構成する「遊戯性」という視点から検討を試みる。

市井 吉興[写真右]
産業社会学部 教授
研究テーマ:社会的諸関係からスポーツの位置づけを捉え直しつつ、スポーツの本質と構造を探究
研究分野:スポーツ文化論、レジャー研究、エイジングとポピュラーカルチャー

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2016年8月1日更新