STORY #2

障がい者も健常者も
共に楽しめる
スポーツ施設とは

金山 千広

産業社会学部 教授

「違い」よりも
「共通性」に目を向ける
インクルージョンの
発想で考える。

近年オリンピックと並んでパラリンピックへの人々の視線が熱を帯びている。障がい者スポーツの各種目で世界トップクラスの成績を収める選手や車いすバスケットボールなどがマスメディアに取り上げられることも多くなった。しかしより身近に目を向けた時、障がい者と健常者が一緒にスポーツを楽しむ機会はあるだろうか?

「障がい者スポーツに対する関心が高まる今、議論の中心は障がい者と健常者を隔てず『共に』スポーツを楽しむことに集まりつつあります」と解説する金山千広は、スポーツマネジメントの知見を背景に障がい者がスポーツをする機会に焦点を当て、アダプテッド・スポーツの普及を目指した研究に取り組んでいる。アダプテッド・スポーツの真意を「個人の身体能力や年齢、障がいの有無などにとらわれず、ルールや用具を工夫することで各人に適合させたスポーツを展開すること」と説明した金山。とりわけその振興に重要だとみなされているのが「インクルージョン(包摂)」だと続けた。

「日本における障がい者スポーツは、「分離」から「インテグレーション(統合)」、さらに「イングル―ジョン(包摂)」の順に概念が導入され、具現化されてきたという。「インテグレーション(統合)が各人の障がいや個別性といった『違い』に着目し、用具やルールを使ってスポーツに適応できない人を適応できるようにするものであるのに対し、『違い』よりも先に『共通項』を見出そうとするのがインクルージョン(包摂)の発想です」と金山。障がいのある人もない人も「誰もが」使える用具やルールを考えていこうとする。これは、建物における「バリアフリー」から「ユニバーサルデザイン」への転換にも重なるという。

インテグレーション概念図

インクルージョン概念図

金山によると、2011年に障がい者のスポーツ振興を唱えたスポーツ基本法が施行されたのを機に、今地域におけるアダプテッド・スポーツの展開は障害者優先スポーツ施設から一般公共スポーツ施設に移行しつつあるという。つまり公共スポーツ施設で「インクルージョン」が進められつつあるということだが、その実態はあまり見えてこない。金山の関心は定量的なデータの側面から課題を明らかにし解決方法に焦点を当てることにある。「そもそも障がいのない人と比べて、障がいのある人は絶対数が少ない。これまでの障がい者スポーツを対象とした研究は、障がいの個別性に注目したものが主流であったため、定量的な報告は多くありません。しかし社会や行政を動かすには量的なデータに基づく科学的エビデンスが重視されます」と金山は定量的な研究の重要性を語る。

「その一つとして金山はタイプの異なる三つの公共スポーツ施設で施設を利用する障がい者を対象にサービス品質の評価についてアンケート調査を実施した。調査施設は、障がい者専用型施設と障がい者が優先的に利用できる優先共用型施設、そして誰もが利用できる一般公共施設の三つである。33項目にわたる質問に対する利用者の回答を分析した結果明らかになったことの一つが、インクルーシブな施設である共用型と一般公共型はいずれも「施設のアピール度」に関して障がい者の評価が高いという事実である。障がい者にとって「この施設は利用できます」という明確な告知は利用の可否に直結する。他にもスタッフの気配りやていねいな接客態度といった「共感力」に関してインクルーシブな施設は障がい者の評価が高かったという。しかし詳しく分析すると、「施設を使えるというアピール」や「気配りが行き届いている」ことに対する評価は、必ずしも実際の利用満足につながっていないことも明らかになった。

共用型スポーツ施設の様子

「共用型や一般公共型の運営には民間企業が携わっている場合が多く、障がい者をサポートする専門能力という点では十分ではないところに課題があります」と金山。さらにその背後に見えてくるのが「コスト」の問題だ。スタッフの専門能力の育成や誰もが使える設備や用具を備えるのには当然コストがかかる。多くの自治体が導入している現行の指定管理者制度のもとでは、長期的視野に立ったスポーツ施設経営が難しく、職員の研修機会の確保や後継者の育成等の機会が厳しくなる。また、福祉的使命を伴うサービス施設では、利用者の選択肢が極めて少ないことから、金山は一つの提案として「障がい者も単なる『利用者(ユーザー)』ではなく『顧客(カスタマー)』になる必要がある」と語る。「受益者負担の発想は障がい者スポーツにはあまり浸透していませんが、障がいのある利用者も安価な利用料金を支払うことにより、スポーツの機会に対する選択肢を増やすことが大切です」。

「さらに金山は、全国にある116の障がい者優先型スポーツ施設に対象を広げ、サービス戦略について調査を行っている。「日本ではアダプテッド・スポーツに対する関心の急速な高まりに政策も各スポーツ施設の対応も追いついていない」と危機感を口にした金山。障がい者の声を「定量的」に拾い上げる金山の研究が今後の日本のインクルーシブな施設づくりに大きく寄与することになるはずだ。

共用型スポーツ施設の様子 共用型スポーツ施設の様子

共用型スポーツ施設の様子

金山 千広

金山 千広
産業社会学部 教授
研究テーマ:インクルーシブ社会における体育・スポーツの在り方を障がいのある当事者、教師や指導者、ボランティアなどの支援者、学校や公共スポーツ施設などの支援組織を対象に研究している。
専門分野:スポーツ科学

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2016年8月1日更新