STORY #3

公正であるはずの
スポーツを
作っているのは誰?

松島 剛史

産業社会学部 准教授

ラグビー日本代表に
海外出身者が多い理由。

2015年に開催された「ラグビーワールドカップ」で日本代表が大会史上初の3勝を挙げ、日本中を沸かせたことは記憶に新しい。連日の報道でその快挙と同じくらい話題の的となったのが、日本代表チームにいわゆる「外国人」選手が多く含まれていたことである。それに対する世間の意見は「国を代表するからには日本人であることにこだわるべきだ」という否定派と「日本のために戦うのだから国籍や出身地は関係ない」といった肯定派に大きく分かれた。スポーツにはどのような人物が国を代表すべきかを定めたルールがあるが、ラグビーの代表資格規定は国籍の所持を義務づけるオリンピックのものとは違う。そこには「当該国での出生」「両親と祖父母のうち1名の出生」「36ヶ月以上の居住」の3つの条件のいずれかを満たせばどの国からでも代表選手として国際大会に出場できると記されている。「しかしそもそもこのルールがいつ・どこで・誰によって・何のために作られたものか、考えたことはあるでしょうか?」。そう問いかけるのは松島剛史だ。

ラグビー

松島はスポーツの生成と発展過程、とりわけラグビーの歴史をひも解きながら「スポーツの存在意義は何か」を問い続けている。「私たちは現行のルールやスポーツのありようを何の疑いもなく受け入れている。それは、自分の知らないところで、いつのまにか自分の生活や社会のあり方がコントロールされている“恐ろしさ”に似ています」と言う。

松島によると、そもそもラグビーは、イングランドで誕生し、世界各地に広がった。現在国際競技連盟としてラグビーのありようを治めている「ワールドラグビー」も元はイギリスとアイルランド共和国で誕生した4つの協会を束ねる局所的な組織に過ぎなかった。1987年にワールドカップを開催して以降、ワールドラグビーは100を越える国や地域からなる国際組織に急成長し、世界のラグビーをコントロールしているが、そこはブラックボックスと化している。「ルールをはじめあらゆることの決定はワールドラグビーの創設に関わったとされる国々を中心に進められている。意思決定の場面だけでなく、ラグビーの世界に目を凝らせば、さまざまなかたちで包摂と排除が起こっている」という松島の指摘は、例えば「人類の文化」や「公正さ」といったスポーツのポジティブなイメージも、必ずしも的を得ていない現実を明るみにする。

ラグビー

松島はワールドラグビーの議事録などを丹念に読み込み、ワールドラグビーがグローバルなヘゲモニーを達成していくプロセスを詳らかにしている。それは政治や経済といった社会の一部をなし、さらには人びとの社会意識を斬新するなどして社会そのものを形づくっていくスポーツのパワーを明るみにする作業であるという。

スポーツが経済と結びついていく中、ワールドラグビーは1995年にアマチュア規定を撤廃し、商業化、プロ化を受け入れる。その下では、商業イベントの開催や、選手の安全性の確保、エキサイティングなゲームの創出、オリンピック運動への参加、途上国支援、女子ラグビーなどの問題が浮上し、ワールドラグビーやその傘下の組織は、メディアや企業、政治機関とさまざまに関係しながら改革を進めていった。もはやラグビーは単なる娯楽を越え、人びとの仕事や生活そのものとなり、いかにラグビーの魅力を高め、競技人口やファン、視聴者を増やすかという問題はラグビーという世界とその住人たちの存亡にかかわるといっても過言ではない。「たった一つの決まりを変更することがラグビー界に大きな影響を及ぼすことはもちろん、個々のラグビープレーヤーの人生や生命をも左右する。社会情勢や組織構造の中でなされた決定がどう波及するのか。ラグビー業界全体からプレーヤーという個まで視野を広げてみていきたい」と松島は言う。

先頭の議論に戻ろう。松島はラグビーの代表資格規定がどのように生まれ、変容してきたのかについても研究で詳らかにしているが、それによると現在の代表資格規定の元になったのは1892年のワールドラグビーでの決定だったという。当時、メンバーであったイングランドとスコットランドのあいだで生じた代表資格をめぐるトラブルと、イギリスに住んでいる植民地住民の処遇問題を解決することで、そもそも国籍の違いや、日本のような諸外国のことなど想定の埒外だった。「それが1990年代以降の日本で国の代表の多国籍・多民族的編成について議論を生み、その結果ラグビー日本代表は、ワールドカップでは多様な帰属に基づく『日本人』イメージ、オリンピックでは国籍主義的な『日本人』イメージを体現する装置になったのです」と松島は解説した。

ラグビーが「日本人とは何か」「私たちの国とはどうあるべきか」というナショナリズムに関する問いを突きつけるように、スポーツは現代社会の様相や課題を浮き彫りにし、善悪にかかわらず私たちの未来をつくってゆく。「そこがおもしろいところ」と松島は結んだ。

ラグビー
松島 剛史

松島 剛史
産業社会学部 准教授
研究テーマ:グローバル化過程におけるスポーツ文化の生成・展開に関する研究、国際スポーツ組織の性格と機能に関する研究
専門分野:スポーツ科学、スポーツ社会学

storage研究者データベース

2016年8月1日更新