STORY #4

人の気持ちや
行動を変える
情報技術

野間 春生

情報理工学部 教授

運動が苦手な人に
運動を長続きさせる
秘策とは?

2015年9月から11月にかけての3ヵ月間、滋賀県長浜市で「ながはま健康ウォーク」と銘打ったイベントが開催された。2014年に続いて2度目となったこのイベントの目的は市民に運動継続のきっかけを与えることにある。参加者は5人一組でチームを組み、10日間に計200km歩くというミッションに挑戦した。5人で1日平均20km、1人当たりでは1日4km歩く計算になる。

イベントの仕掛け人である野間春生は、「運動を生活カルチャーとして根づかせる」ことを目的に数々の実証研究を行っている。そして今回長浜市の依頼を受けたのを機に京都大学・近畿大学との共同で開発したのが、健康づくりを促すソーシャルシステム「てくペコ」だ。

「ながはま健康ウォーク」における情報技術を使って運動を促す仕組み「てくペコ」

「若いうちから運動習慣をつけておかないと年を取って健康を崩してからでは遅いとよくいわれます。病気になれば辛いだけでなく時間もお金も余計にかかる。しかし頭ではわかっていても10年後、20年後の健康のために今腰を上げる気持ちにはなかなかなれないもの。まして運動が苦手な人ならなおさらです」と多くの人の本音を代弁した野間。「そんな人の気持ちや行動を変えるにはどうすればいいか」を追求するのが野間の研究である。

「目標は、情報技術をツールとして社会や生活の諸問題を解決する技術と仕組みを開発すること」と語るように、野間の関心は一貫して「情報技術を社会に還元すること」に向いている。

例えば情報技術を用いて人の行動変容を促す野間の成果の一つに「てくピコ」の開発が挙げられる。これは宝さがしゲームによってショッピングモールでの周遊行動を誘導するシステムだ。モール内の各所にBluetoothの電波を出すビーコンを設置し、買い物客のスマートフォンがその電波を受信する仕組みを利用して、買い物客がスマートフォンのアプリで宝さがしゲームをしながら各店舗を周り、結果的にグループでより楽しいショッピング体験をしてもらうことを狙っている。

野間の研究室では,実際のショッピングモールで集めた買い物中の来客の店内周遊データから人々の行動を解析し、多様な世代からなるグループにショッピングをより楽しんでもらい、さらには購買にも繋げるにはどのような情報を発信すればいいのかを考えている。

てくペコWebページ

今回の調査対象となった滋賀県長浜市は地方都市の典型として自家用車の利用率が高く、ごく近距離の移動でも車を使う人が多い。市の調査によると、徒歩10分で行ける所であっても徒歩や自転車で出かける人は約半数しかいないという。こうした生活による市民の運動不足は将来の医療リスクを高めるとして、かねてから自治体の課題となっていた。

クルマ移動が習慣化している人を歩かせるにはどうしたらいいのか。野間が考えたのは、運動をゲーム化し、ゲームを楽しむ過程で自然と運動習慣が身につくようにすることだった。「行動を変容させるための手段の一つに目標を達成したら『ご褒美』を与えるというものがあります」と野間。そこで行動変容を働きかけるゲームとして「ながはま健康ウォーク」を企画し、目標を達成できたら景品を与えるだけでなく、達成できなかった場合は参加費を没収するという正負両方のインセンティブを与えることにした。

加えて、より強力に行動変容を促すために野間らが工夫したのが成果の「見える化」と「仲間づくり」である。野間らはスマートフォン専用アプリ「てくペコ」を開発し、自動計測機器でその日の運動量や体重などを計測してその結果をスマートフォンでいつでも見られるようにした。野間によると「ポイントは『自動』で計測されることとスマートフォンのように身近なツールで確認できること」にある。手間を極力省くことで運動継続を後押しするのが狙いだった。

てくペコ
てくペコ
てくペコ

てくペコWebページで歩いた距離のチーム集計をそれぞれ確認できる。これが「明日は歩こう」という動機付けになる。

さらにユニークなのが5人一組のチーム単位で目標を達成する設定にしたことだ。「一人だと挫折する言い訳を自然に考えてしまう人でも、チームの一員として責任を担うと離脱するのは気が引けるものです。そうした人の心理も取り入れました」。その結果「ながはま健康ウォーク」への延べ参加者数は1,000名を超え、そのうち90%以上の完歩率を記録。イベントは成功のうちに幕を閉じた。

イベントで集めたデータを解析し、「人はどのような状況なら歩くか」という行動モデルを導き出すのが野間のこれからの仕事になる。「目標は僕も含めた運動の苦手な人にいかに運動を継続させるか。最適な変数を導き出すことができればそれに適した働きかけも可能になります」と語る。今後は10日間ではなく1ヵ月、半年、1年とより長く運動を継続させる仕組みを考えることも必要になる。計算技術を使って人を継続して歩かせる最適モデルを構築し、広く普及することを目指していく。

野間 春生

野間 春生
情報理工学部 教授
研究テーマ:メディアを応用した日常生活の向上に関する研究、MEMS技術を応用した超小型触覚センサの開発
専門分野:ヒューマンインターフェース・インタラクション、知能ロボティクス、生命・健康・医療情報学、リハビリテーション科学・福祉工学

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2016年8月1日更新