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人と野生動物の都市での共存

マルチスピーシーズの視点を取り入れたアプローチ

高畑 優TAKAHATA Yu

OIC総合研究機構 専門研究員
研究テーマ

1. 都市における人と野生動物との関わり
2. エゾリスの都市生態

専門分野

都市生態学、行動生態学、保全社会科学

現在の研究概要を教えてください。

高畑:人と野生動物とが共存する、そんな社会を目指す研究に取り組んでいます。具体的には、都市に生息する野生動物の生態や人の活動によって受ける影響を明らかにしつつ、人々が都市の野生動物をどう思っているか、共存を果たすために必要な教育や取り組みについて研究しています。これまでは都市に暮らす野生のリスをメインの対象として、生態学に加えて文化人類学的な視点までを持ち込んだ研究に取り組んできました。

そもそも、なぜ野生動物に興味を持ったのですか。

高畑:子どもの頃から動物が大好きで、家でもいろいろ飼っていました。野生動物を初めて本格的に意識したのは、アメリカのサンディエゴでファームステイをしたときです。本来ならそこでお世話する予定だったニワトリが、ほとんどコヨーテに食べられていました。ステイ先の人にとって野生のコヨーテはにっくき敵、だから撃ち殺した。そのほかノウサギやジリスに野菜を食べられたときも殺して野菜を守る。理屈はわかるけれど、ほかに手段はないのかと思いました。宿泊場所としてあてがわれたコンテナハウスで夜、独り過ごしているとコヨーテの遠吠えが響いてきます。むやみに殺さずとも被害を防ぐ対策はないのかと思ったり、人と野生動物が共存するための手段はないのかと考えたりしました。そして帰国後、人と特殊な関わり方をする北海道のエゾリスを知り、エゾリスの研究に携わるようになったのです。

エゾリスの生態研究から、何がわかったのでしょうか。

高畑:7年にわたって年間5カ月あまりを北海道の帯広で過ごし、冬は朝の6時から、夏は4時頃からだいたい12時ぐらいまでほぼ毎日エゾリスの調査をしていました。本来なら森林でひっそり暮らすエゾリスが都市部にも進出しており、公園や住宅地などでも暮らしています。特に都市では、エゾリスの餌付けが行われていて、一見すると人とエゾリスが共存する良い雰囲気に見えます。しかし、餌付けは野生動物の生態を大きく変える問題行為とする見方があります。そこで、エゾリスの都市での暮らしや餌付けによる影響を明らかにするために、生態調査をしました。調査を進めると、都市ではエゾリスが食べる餌のメニューが良くなり、特にメスの体重や繁殖状態などでは良い影響を受けていることがわかりました。しかし、生存率は低い傾向にあったり、遺伝的な交流が減っていたりと、悪い影響を受けている実態もわかりました。

都市のエゾリスも野生動物なのですか。

高畑:公園に暮らすエゾリスも野生動物であり、誰かに飼育されているわけではありません。ただ都市と完全な自然状態のエゾリスに違いを生み出す理由は、いくつかあります。都市には猫やカラスなど特有の捕食者がいて、道路でクルマに轢かれたりもします。また生態に変化を起こしやすいのが餌付けです。野生動物に対する餌付け、特に公園内でのエゾリスに対する餌付けについては、賛成派と反対派がいます。野生動物の研究者は、基本的に研究対象との過度な接近を戒められているので、餌付けをしている人たちに対する私自身のスタンスも当初は批判的でした。

公園管理者や学芸員なども餌付け反対派であり、公園内に「野生動物には近づかず、人馴れさせないで」などと書かれたポスターを掲示しています。そのため餌付けをしている市民の方々と管理者の間で、ときどき口論が起きていました。そんな状況を見ていて、餌付け賛成派の人たちをどうすれば説得できるのかと考えるようになったのです。7年間の調査結果を元に科学的根拠を示せば、餌付けをしないほうが良いと納得してもらえるのではないか。調査を続けているうちに、餌付けをする方々とも顔なじみになっていたから、理屈で話が通じると思っていたのです。

ところが実際に話してみると、餌付けをする人たちの意外な動機が明らかになりました。専門家たちは餌付けをする理由について「ペットとしてみている」「寂しさの埋め合わせ」「動物を支配して優越感に浸りたい」などと考えていましたが実際は違ったのです。餌付けをする理由は決して人中心の利己的なものではなく、むしろ動物保全への貢献を考えていたり、地域コミュニティへの参加を期待していたりと、専門家の想定とはズレていました。問題解決には、餌付けをする人たちの生活や考え方などを通じて、その人たちを正しく理解する必要がある。そう考えてインタビューなど社会科学の手法も取り入れるようになったのです。

今後の研究の方向性を教えてください。

高畑:社会科学への取り組みは初めての経験だったので、書籍や文献を片っ端から読み込んで自分なりに学んでいきました。おかげで自分の視野が広がり、今では生態学から人文社会、さらには実践を交えた環境教育にまで広がっています。その中で見えてきた自分なりの研究のエッセンスが「マルチスピーシーズ」の考え方でした。マルチスピーシーズとは、世界や人間の生活は、人間を含むあらゆる生命が絡まりあって作り上げられているという考え方です。都市は人が、人のために作った環境ですが、エゾリスのような野生動物の生息場所にもなっています。彼らはただ都市に生息してくれるだけで、人が野生動物や自然について知るきっかけとなり、私たちが生命の絡まりあいのなかで生きていることを教えてくれます。都市の中でこの生き物の絡まり合いをどうやって人々に認知してもらい、大事に思ってもらうかが、今の私のテーマです。このような理系と文系のハイブリッドな研究スタイルで、新たな境地へと進んでいきたいと思っています。