美大を卒業後に戦艦大和などの軍事技術の研究の道に進まれた、その経緯を教えてください。
塚原:私は元々、映像や現代美術を学びたいと思って美大に入りました。沖縄出身のため身近だった米軍基地のことなど、広い意味で戦争に関する作品を撮ったりしていたのですが、あるとき母から、大伯父が戦争中に金剛という戦艦に乗っていて、艦が撃沈されて亡くなったということを聞きました。興味を持ち調べたところ、乗組員についてはほとんど資料も残っておらず、大伯父もただ金剛で亡くなった1250人のひとりということくらいしかわからないことに大きな違和感を持ちました。その違和感を発端に、大伯父に関するドキュメンタリー作品を作ったのですが、その経験を通じて、私はこう思うようになりました。人の死が数字に還元されてしまうような状況が生まれたのは、大量死を可能にしてしまう「科学技術」の進展が一つの要因なのだろう、と。そのことを掘り下げて考えるべく、研究の道を選びました。軍事技術や軍事技術開発がどのように理解、解釈され、受容されているのか。それが人々の戦争観や軍事観、ナショナリズムとどう結びついてきたのか。そうした研究を行っています。戦艦大和は、このテーマにおいて重要な存在であり、博士課程の時からその研究に取り組んできました。
軍事技術について考える上で、戦艦大和はどのように重要なのですか。
塚原:大和は、世界最大排水量と世界最大主砲を備えた戦艦として1941年に就役しました。当時の日本が世界に誇る存在でしたが、戦場では大きな戦果をあげることもなく、撃沈されてしまいます。しかし戦後、日本が平和主義へと転換し、技術の力で復興しようとしていく中で、大和は日本の科学技術力の高さを象徴する存在として、再び称揚されるようになっていきます。日本が戦時中すでに世界最大級の戦艦を作れる技術力を持っていたことの証となったのに加え、大和は戦果をあげずに沈んだために、戦争の加害責任とは切り離して純粋に技術面だけを評価しやすいということもあったからです。一方、その後日本経済の低迷が始まり、国際市場における日本の工業技術分野のプレゼンスが低下すると、状況は変わります。「大和の技術は西洋の模倣にすぎない」などと言われ、日本の科学技術の弱点とされた「オリジナリティのなさ」を象徴するネガティブな存在として語られるようにもなりました。このように大和は日本が戦後、「科学技術立国」という国家像を構築していく上で、様々な場面である種の象徴としての役割を果たしてきました。自国の科学技術力の高さにアイデンティティの基盤を置く、いわゆる「テクノ・ナショナリズム」の観点において重要な存在であり続けてきたとも言えます。
研究は主にどのような方法で行うのですか。
塚原:雑誌や書籍などの資料を発掘、読解して、歴史的な変容のプロセスを記述していくというのが研究の主な方法です。一方私はメディア史も専門分野の一つなので、資料に書かれた内容だけではなく、資料自体の形式も研究の対象としています。つまり、どういう出版社のどんな雑誌に載っているか、特定の言説や表象がどのように人々に受容されたかにも着目し、そういった点も考慮しながら資料を読み解き、研究を進めています。
戦艦大和以外にはどんな対象を研究されているのですか。
塚原:昨年『戦艦大和の歴史社会学』という本を上梓し、大和の研究がひと段落したので、今は、少し時代を現代に近づけて自衛隊が使用する「防衛装備品(艦艇や航空機など)」の研究を行っています。その一つが、1980年代から90年代にかけて日米が共同開発した戦闘機FSX(後のF-2)の開発過程についての研究です。FSXは、元々日本だけで開発する予定だったのが、政治的な理由やテクノ・ナショナリズムのぶつかり合いなどによってアメリカと共同開発されることになります。私は特に、その過程で防衛産業が果たした役割について研究してきました。その結果見えてきたのは、防衛産業を担う企業は単に開発・製造を請け負っているだけではなく、日本の安全保障政策そのものに一定の影響を与えてきたということ。また、各企業は利潤追求のためだけではなく、国防への責任感や自社の技術に対するプライドによっても動いてきた、といったことです。この一連の研究において私は、平和主義とは一見相いれないような兵器の開発や生産がどう正当化され、そこに防衛産業関係者のどんな思想や信念が反映されているのかなどを、社会学的視点から明らかにしていけたらと考えています。
軍事技術はますます高度になるとともに、軍事力を強化する流れも世界的に活発です。そうした中での先生のご研究の意義や今後の展望を教えてください。
塚原:技術の発展はこれからも続くでしょうし、それ自体は悪いこととは思っていません。ただそれが非人道的な形で使われたり、あるいは発展だけが無軌道に追求されたりすることには歯止めが必要です。その際に重要な役割を持つのが、人文的な思想であり、歴史的な視点です。技術の健全な発展を促すためにも、また、社会が偏狭なナショナリズムに溺れないようにするためにも、軍事技術と人や社会との関わりについて、今後も研究し続けていきます。