2011年11月21日更新

被災者の心を支える、「思い出工学」

仲谷善雄
立命館大学情報理工学部教授
仲谷善雄(立命館大学情報理工学部教授)
学術博士。1958年大阪府生まれ。1981年大阪大学人間科学部卒業。同年三菱電機に入社。1991~1992年米国スタンフォード大学言語情報研究センター・客員研究員。ドーシス(高速道路関連コンサルティング会社)出向を経て2001年三菱電機に帰任。2004年から立命館大学に。文系の社会心理学出身だが、人工知能やヒューマンインタフェース技術を専門としている。「人間の認知や感性とコンピューターを結びつけることが、僕の仕事です」
防災

東日本大震災では、高さ15メートルを超える巨大な津波が沿岸部をおそい、家屋や家財、建築物などをすべて瓦礫にしてしまった。被災者にとっては、そこで暮らしていた過去、つまり思い出までを失ったに等しい。瓦礫の中から思い出の品を個人の力で探し出すことには限界があった。このため、国や自治体は瓦礫処理に際して、思い出の品を保管するように異例の通達を出した。

しかし、すべての物を取り戻すのは難しく、何もかも失った被災者もいる。仲谷善雄は、そんな失われた思い出を取り戻すシステムに2004年から取り組んできた。

「特に写真や日記、贈り物などが流されてしまうと、自分が自分であるというアイデンティティーが揺らいで、人生を悲観したり、不安やウツとなって前向きに生きる気力も失ってしまうのです」とはいっても、写真など大切なものを失った人に、どうやって思い出を復活させるのだろうか。

「思い出は特定の出来事の記憶ではなく、たとえば誰かとこうして遊んだというエピソードなので、写真に記録されているわけではありません。写真はあくまで思い出を想起させるトリガー(刺激)なのです。であるなら、一般的な風景写真も人によってはトリガーになり得る。そうしたトリガーを多角的に探し集め、コンピューターから提示することで、思い出の想起を支援しようという試みです」

これまでの研究で、文字だけではトリガーになりにくいことや、航空写真を地図と組み合わせると効果的なことなどが分かってきた。また、同じ写真でも時間をあけて見直させると別の思い出を想起するため、「思い出は現在の自分から見た過去の再構築」と定義できるという。

こうした成果をベースに、今ではより直接的に感情を刺激する「香り」や「音」のトリガー効果の検証にチャンレンジしている。さらに、同じトリガーを複数の人に与えて共同で思い出を補完し合う実験も行っている。

こちらはクラウドコンピューティングの「思い出」バージョンである。人間の感性とコンピューター工学を結ぶ「ヒューマンインタフェース」仲谷の研究分野なのだ。

「いわば『思い出工学』ですね。たとえば仮設住宅の被災者や入院患者に写真などのトリガーを提供すれば、それによって思い出を想起するだけでなく、交流のきっかけになると思うのです」

AERA 2011年11月21日発売号掲載 (朝日新聞出版)

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