2011年11月21日更新
東日本大震災では、高さ15メートルを超える巨大な津波が沿岸部をおそい、家屋や家財、建築物などをすべて瓦礫にしてしまった。被災者にとっては、そこで暮らしていた過去、つまり思い出までを失ったに等しい。瓦礫の中から思い出の品を個人の力で探し出すことには限界があった。このため、国や自治体は瓦礫処理に際して、思い出の品を保管するように異例の通達を出した。
しかし、すべての物を取り戻すのは難しく、何もかも失った被災者もいる。仲谷善雄は、そんな失われた思い出を取り戻すシステムに2004年から取り組んできた。
「特に写真や日記、贈り物などが流されてしまうと、自分が自分であるというアイデンティティーが揺らいで、人生を悲観したり、不安やウツとなって前向きに生きる気力も失ってしまうのです」とはいっても、写真など大切なものを失った人に、どうやって思い出を復活させるのだろうか。
「思い出は特定の出来事の記憶ではなく、たとえば誰かとこうして遊んだというエピソードなので、写真に記録されているわけではありません。写真はあくまで思い出を想起させるトリガー(刺激)なのです。であるなら、一般的な風景写真も人によってはトリガーになり得る。そうしたトリガーを多角的に探し集め、コンピューターから提示することで、思い出の想起を支援しようという試みです」
これまでの研究で、文字だけではトリガーになりにくいことや、航空写真を地図と組み合わせると効果的なことなどが分かってきた。また、同じ写真でも時間をあけて見直させると別の思い出を想起するため、「思い出は現在の自分から見た過去の再構築」と定義できるという。
こうした成果をベースに、今ではより直接的に感情を刺激する「香り」や「音」のトリガー効果の検証にチャンレンジしている。さらに、同じトリガーを複数の人に与えて共同で思い出を補完し合う実験も行っている。
こちらはクラウドコンピューティングの「思い出」バージョンである。人間の感性とコンピューター工学を結ぶ「ヒューマンインタフェース」仲谷の研究分野なのだ。
「いわば『思い出工学』ですね。たとえば仮設住宅の被災者や入院患者に写真などのトリガーを提供すれば、それによって思い出を想起するだけでなく、交流のきっかけになると思うのです」
AERA 2011年11月21日発売号掲載 (朝日新聞出版)このページに関するご意見・お問い合わせは 立命館大学広報課 Tel (075)813-8146 Fax (075) 813-8147 Mail koho-a@st.ritsumei.ac.jp