佐藤 千鶴子

「世界で羽ばたく人として」

佐藤 千鶴子

佐藤 千鶴子

国際研究の仕事は一人でできるものではありません。プロジェクトは、メンバー一人ひとりが専門知識を提供し、協調しながらひとつのものを形作っていく共同体。プロジェクトに参加するためには、研究だけではなく即戦力となるための企画力、コミュニケーション能力、マネジメント能力が要求されます。」こう語るのは、2000年に本学大学院国際関係研究科を修了し、さらに2007年英国オクスフォード大学大学院セントアントニーズ・カレッジ政治学科博士課程を修了し、国際関係学と政治学のダブル博士号を持つ佐藤千鶴子さんである。

佐藤さんが研究員として勤めて3年目になる日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所(通称、「アジ研」)では、世帯調査などのミクロな経済データを分析する研究者のグループと、発展途上国の地域研究を行うグループに二分される。佐藤さんは後者に属し、アフリカ研究グループに籍を置いている。


「仕事でもあり、研究でもあり、趣味でもある」という南アフリカ研究との出会いは、1994年に遡る。1948年に法制化された南アフリカに住む非白人(アフリカ人、アジア系住民、カラード)に対する人種差別であるアパルトヘイト政策は、46年の歴史を閉じ、1994年に完全に撤廃された。当時、本学国際関係学部の学部生であった佐藤さんは、この出来事に大変衝撃を感じた。学部3回生のときから南北問題を研究するゼミに参加し、もともと発展途上国の歴史や政治に興味を持っていた。南アフリカおよびアパルトヘイトを素材とし、アフリカ人社会から見た政治的背景、特に農村改革の政策を研究するようになった。博士論文では、「南アフリカにおける土地改革と農村再建の展望」を執筆し、2009年には日本経済評論社から『南アフリカの土地改革』として出版された。この単著は、「現地史料やインタビューを交えた着実な研究の成果」として評価された。しかし、出版に至るまでに、苦い経験もした。博士号取得直後に、知り合いからある出版社を紹介された。佐藤さんの博士論文を読んだ編集者からのコメントは大変ショックな内容だった。「日本語として、とても読みにくい。小説を読んで、読者の気持ちになって文章の勉強をしなさい。」博士論文完成直後で、自分でも(そのときは)素晴らしいものが書けたと思っていた矢先に、出鼻を挫かれてしまったのである。後で冷静になって考えてみると、編集者のコメントは的確で、かつ佐藤さんに対し「プロフェッショナルな研究者」としての期待が込められていたのである。以来、佐藤さんは小説を読むことが趣味になった。

誰にとっても、博士論文として自身の研究をまとめ、博士号を取得することは大変な作業であるが、国際研究では論文の素材となる現地史料を収集することに労力を費やす。アフリカ研究は、ともかくお金がかかる。往復の航空代だけで20万円ほど。佐藤さんが、初めてアフリカに行ったのは1995年の春。ちょうど指導教員の佐藤誠教授を中心とする関西のアフリカ研究者が、南アフリカに関する共同研究プロジェクトを立ち上げ、研究会の資金で現地に行くことができた。この時の経験が、佐藤さんの研究の土台になっている。


本学の学部・院生時代に3回、南アフリカに渡航し、フィールドワークを行った。なかでも博士課程後期課程2回生のとき、1998年の半年間はフィールドワークをしながら現地の大学の冬期特別講習にも通った。渡航準備や現地での支援は、日本の研究会で知り合った他大学の教員や、国際シンポジウムで知り合った南アフリカの研究者がかかわっている。「ネットワーク構築のためには、対外的に自身の研究を発信する工夫とスキルが必要です。国内だけではなく国際学会や研究会でも研究発表を続け、自分の名前や研究を憶えてもらえるよう努力することが重要です。」


南アフリカ人研究者や英国人研究者とのネットワークを広げるために、大学院時代に次のような努力をしてきた。シンポジウムでは登壇者と聴衆は一人対多数の関係であり、その場で自分の名前を憶えてもらえることは滅多にない。たいていシンポジウム翌日には海外から来たパネリストを京都観光に連れて行く。そこで、佐藤さんは積極的に京都観光に同行するのだ。なぜならこのときの関係は一人対一人であり、自分の名前や研究をアピールする絶好のチャンスなのである。「国際研究だから海外にしか縁がないのではなく、日本でもネットワークを広げるチャンスはいくらでもありますよ。」チャンスを逃がさずに自分のネットワークに繋げる精神が、佐藤さんの魅力となる。そして、その精神が原動力となり、国際的な人脈形成へとつながるのだ。


佐藤さんは、現職で働くまでに、幾つかの任期付ポストを経験している。2005年から2007年まで所属していた龍谷大学アフラシア平和開発研究センターでは、博士研究員として事務局を担っていた。研究はもちろんのこと、ウェブサイトの更新、ワーキングペーパーの刊行、国際シンポジウムの企画・運営などに関わった。このような一連の仕事を通じて、プロジェクトのマネジメントスキルを習得した。このとき習得したノウハウが、その後の他の職場でも流用されている。「『任期付』は必ずしもネガティブなことばかりではなく、自分の研究を広げるチャンスも与えてくれると思います。」その場その場での経験を、自分のスキルアップの機会として捉え直す思考の転換が重要である。


最後に、大学院生の皆さんにメッセージを頂いた。「大学院、特に博士課程後期課程を過ごすことは、結構辛いものがあります。研究生活も単調になりがちです。しかし他方で、研究科や大学の枠をこえ自身のネットワークを広げるよう日頃から努力をすれば、国際的な共同研究に関われるチャンスもあります。このような可能性をメリットとして捉え、対外的視野を常に意識しながら研究を進めて欲しいです。」
  • 2011年4月6日(水) 14:00~15:00 衣笠キャンパス至徳館403室
  • 聞き手・文:櫻井浩子

プロフィール

2000年 本学大学院国際関係研究科国際関係学専攻博士課程後期課程修了、博士(国際関係学)
2005年10月 ~ 2007年3月 龍谷大学アフラシア平和開発研究センターPD研究員
2007年4月 ~ 2008年12月 本学衣笠総合研究機構ポストドクトラルフェロー
2007年7月 英国オクスフォード大学大学院セントアントニーズ・カレッジ政治学科博士課程修了(D.Phil)
2009年1月 ~ 3月 本学大学院国際関係研究科准教授
2009年4月 ~ 現職日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員

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