
立命館総長からのごあいさつ
”若者に学問の夢を語りたい”

立命館総長・学長 大南 正瑛
限られた分野での経験が一定の役割を果たす時代は終わりました。
地域に根ざし開かれた視点で「世界の大学」をめざし、未来を展望し、新しい価値を創造する人材の育成に努めます。
いま大学に求められる人材養成
世の中が大きく変わろうとしています。その中で大学は、どういう研究をすべきかという前に、まずどういう教育をし、どういう人材を養成するのかということに真剣に取り組まなくてはなりません。そこで一つの要になるのは、多様な変化に的確に対応する能力の養成です。社会がどう展開するのかという未来展望ができ、その上で新しい価値を創造できる能力。それは高度な知識能力と人間性であるといいかえてもいいでしょう。人問性もまた、個性を十分に引きだす教育によって育まれるものです。
学部教育では、教養的教育と専門教育のバランスが重要です。戦前の日本にも教養主義的な考え方はありましたが、不幸にしてあの侵略戦争への道に組み込まれていきました。その中で大学の教養教育は十分に機能しませんでした。その経験は、教養的教育とは何かを考える材料としで十分すぎるものがあります。まず大切なのは、社会、人文、自然という三つの分野が調和することです。第二次世界大戦中は国策により自然科学とりわけ技術が重視されていましたが、これは明らかに教養的教育の否定です。哲学を学ぶにしても、一つの答えを学ぶことだけが哲学ではありません。社会、人文、自然のそれぞれの分野を包攝して、現実を真摯に考え現在を真剣に生きること自体が哲学です。若者が知的関心を呼び起こすテーマに即して教養的教育が行われ、その上でそれぞれの専門の分野を確立する。そういったバランスのとれた教育をより大きく展開したいと考えています。
大学院教育では、研究者養成と高度職業人養成の2つの側面から考えていくことが重要です。日本から世界に発信できる大型の独創的な研究を育てていくために、まずいちばんに第一級の研究者を育成しなくてはなりません。そして社会がこれだけ多様化・高度化しているわけですから、それを支え推進する専門職も求められています。近ごろは「戦略研究」あるいは「コア・コンピテンス」となる研究ともいわれ、基礎的な研究の成果が社会に有益に利用されるため、ターゲットを定めて重点的に研究を展開する動きが顕著です。そのためにも非常に高度なスペシャリスト、つまり高度職業人を育てなくてはなりません。
グローバルな公レベルの知と徳の追究
社会の動きを自らの経験を通して学び、正課授業での学習との相乗作用をはかるというのが、本学が重視するインターンシップです。たとえば国際関係研究科では、JETROなど準政府的な組織に大学院生を積極的に送りだしています。海外の出先機関を体験し知的な資源やスタッフに接することで、研究を実践的に深めていくことが可能となります。
ボランティア活動も素晴らしい速度で進展しています。阪神・淡路大震災のときも、本学の学生の中に一大ボランティア集団が生まれましたし、本学で繰り広げられた世界大学生平和サミットには、中心的役割を果たした本学の多くの学生以外に200名を越えるボランティアが活躍しました。これも自分の知的な空間を現場において広げる一つの経験です。ボランティアをしている学生諸君に間きますと、充足感、達成感が得られ、その中で自分が輝いていく。感謝するのは、むしろ私たちの方ですといっています。まさにこれがボランティアの素晴らしさです。
これから大学教育がめざすべき知と徳はグローバルな認識にたった公レベルの知と徳でなくてはなりません。これまでのような偏狭な国益重視や企業第一主義的発想とその対極にある偏狭な個人主義的な発想を克服する必要があります。世界大学生平和サミットでは、世界中から学生諸君が集まり、国家の壁や人種、言語、宗教、文化などさまざまな違いを越え、サミット声明をつくり上げました。そのいちばん大きな収穫は、今の時代に要請されている「公」について、彼女、彼らなりに勉強できたことだと思います。
議論をすれば事実認識の違いは埋まります。アジア諸国との間にある歴史的認識の違いも越えることができるでしょう。難しいのは価値観を共有させる作業です。しかし、その難しさを克服する一つの場が大学なのです。他者を理解するために価値観の違いを理解し合い具体的課題を解決する作業を、平和の創造といっていいでしょう。知性を養い、論理性を身につけ、平和の創造に挑んでいく。その高度な知と徳を育てていくことが、これからも大学における人材教育の基本であることに変わりありません。
地域に根ざし開かれた大学
かつて大学は、一にぎりの人材を養成する場所でした。しかし、これだけ大学が大衆化している時代には、高等学校との接続が重要になります。来たい人は来なさいというだけではなく、大学の側からすすんで高校教育の実態を理解しなくてはなりません。
生涯教育という面でも、大学の呆たす役割は重要です。立命館は百年近い夜間教育の歴史をもっており、さらに今年度からは昼夜開講制が発足しました。法学、経済、経営、文学の各学部で、従来の一部、二部を、昼間主、夜間主という緩やかな2つのコースに再編し、社会人がより受講しやすくしています。昼間主コースの社会人枠は各学部80名、4学部で320名。学部レベルでこれだけ大がかりな昼間の社会人教育の仕組みは、日本の大学では初めての試みです。生涯学習もかけ声だけでは進展しません。学びたいという明確なニーズがあるわけですから、大学もその受け皿を積極的に準備し、それを社会に明示する必要があります。
また、大学は知的資源を社会へ還元すると同時に、社会から学ぶ姿勢が必要です。アカデミズムは学門が展開する自律的なシステムですが、その中にもっとそれ自身ディスクローズし社会的ネッワークを広げる視点を付加しなくてはなりません。それが立命館の「開かれたアカデミズム」であり、地域に根ざし開かれた大学をめざす最大のポイントです。
現在、「立命館アジア太平洋大学(仮称)」の設立準備をしています。アジアのみなさんが求めている、人間の価値の尊厳と文化の振興そして地球環境の保全をベースに置いた経済社会の持続的な発展に、人材育成の面から応えようというものです。日本は戦後50年、少なくとも民主産業の振興を通して経済発展を志しました。新しい生産技術システムを開発し、公害も経験して乗り越えました。この手法はアジアの発展に貢献できますし、それが日本に求められているものではないでしょうか。
立命館は真摯に、「地域に根ざし開かれた大学」というスローガンのもとにそれを実現しようとしています。それは21世紀の価値の創造に貢献できる「世界の大学」をつくりあげる第一歩になるでしょう。これからの大学は、全世界から人々が集まる国際的な機関になっていかざるを得ませんし、若者が集い、切磋琢磨することによって、新しい価値を創造することができるはずです。
若者に学問の夢を語り継ぎたい
大学の先生は、若い諸君に学問的な夢を語り継がなくてはなりません。これまで総長職のかたわら大学院の講義とゼミをもってきましたのも、一つはそういった自覚からです。
チャップリンの映画『ライムライト』の中に、「人生に必要なものが3つある。それは夢と勇気、そしてサムマネーだ」というセリフがあります。サムマネーとはマッチマネーでもなければスモールマネーでもない。自分の夢を実現するために必要なお金です。日本人にはマッチマネーがあるかもしれない。でも、もっと夢と勇気をもたねばなりません。立命館アジア太平洋大学でもアジアのみなさんにスカラーシップを準備して、夢と勇気をもって学んでいただくつもりです。私たちは社会各層のご協力を得て、サムマネーも用意しようとしています。
本学では全学協議会方式といって、学内の重要事項は学生も含め全学の英知を集めて討議し決定します。その際に徹底的に自己点検評価も行います。前回の全学協議会では、学生が「学びの実感」すなわち学びの「達成感」を自ら一つの指標に掲げて総括しました。これは大きな収穫です。立命館で今こういうことを達成しつつあるという彼らの自信を強く感じとることができました。大学改革は一朝一夕になるものではなく、倦まず弛まず進めていかねばなりませんが、本学が地道に積み重ねてきたことが、徐々に花開いているものと確信いたします。
プロフィール
京都府出身。
1931(昭和6)年4月6日生まれ。64歳。専門は高温材料強度学。
1954年立命館大学理工学部機械工学科卒業。1954年立命館大学理工学部助手、
1955年京都大学工学研究所助手、1961年立命館大学理工学部助教授、
1967年同教授、1978年-1979年教学部長、
1988年-1989年理工学部長、
1991年より学校法人立命館総長・立命館大学長。
1960年京都大学より工学博士の学位を受け、
1963年-1964年米国コロンビア大学工学部客員研究員。
1995年米国アメリカン大学より国際関係名誉博士の学位を受ける。
主著は"Plasticity and High Temperature Strength of Materials"
(1988.London), "Fracture and Society"(1992.Tokyo-Amsterdam).
日本材料強度学会理事・評議員、財団法人大学基準協会理事・評議員、文部省学術審
議会専門委員、大学設置・学校法人審議会委員。
ドイツ材料試験学会名誉会員。趣味は油絵、読書。
Copyright(c) 1996, 総合情報センター
Ritsumeikan
All rights reserved.