福祉ロボット一問一答

多くの人たちが福祉ロボットについて間違って理解しています。その原因はマスメディアが間違った(時代錯誤の、または、偏った)報道をしているからです。ここでは誤解を解くために福祉ロボットについてやさしく、少し専門的に説明しています。なお、以下の説明は世界的趨勢から見た客観的な事実がほとんどですが、なかには手嶋研独自の主張も混ざっています。

立命館大学 理工学部 ロボティクス学科 手嶋研究室



福祉ロボットと介護ロボットって何が違うの?


 福祉で役に立つロボットは日本では「介護ロボット」と呼ばれることがこれまで多かった経緯があり,今もこの名称を使っているホームページも多々あります(福祉ロボットリンク集参照)し,マスメディアにもこの名前で登場することが多いです.しかし,このホームページではすべて「福祉ロボット」と呼んでおります.その理由は,現状では「介護ロボット」と呼ぶのは適当でないからです.

 世界的には福祉分野のロボットが市販されてからもう既に10年にもなり,現在ではもう300名以上の障害者が福祉ロボットを使っています.例えば,HANDY 1は世界で最も売れている福祉ロボットであり,200人以上の重度肢体不自由者・児が日常生活においてこのロボットを使って実際に食事をしていると言われています.このロボットは基本的には食事専用で,手足がうまく動かない人でも自分の意思で思い通りに食事をするためのロボットです.(オプションで髭剃り、歯磨き、化粧などの機能もつけられます)。そのほか,Exact Dynamics社のMANUSという汎用福祉ロボットもよく使用されているロボットです.このような作業を行うマニピュレータ型福祉ロボットの他に,例えばINDEPENDENCE3000のような高機能車いすなども福祉ロボットの中に入れられます.

 これらの福祉ロボットの重要な点は,重度障害者が自分の生活を豊かにするために自分の意思で操作をする福祉ロボットである,という点です.介護のためではなく,障害者の自立のためにこれらのロボットは使用されています.確かに,これらのロボットを使えば介護作業は軽減されるかもしれません.しかしそれは本来の目的ではないのです.本来の目的は,ロボットの使用者である障害者が幸せになることなのです.旧来の障害者福祉の考え方は「障害者はかわいそうだから介護しましょう!」という庇護・救済の考えに基づく福祉でした.しかし,現在の福祉の考え方はこれとは根本的に違い,「障害者の困っている点を支援して障害の無い人と平等な競争ができるようにしましょう!」という参加と平等の考えによるものです.すなわち「介護ロボット」というのはどちらかというと旧来の福祉の考え方による名称であるように思えます.例えば,人間型の介護ロボットが車いすに乗ったおばあさんを押している構想図を見たことがありますが,それよりもおばあさんの思い通りに動く車いすさえあればいいのです.

 では,介護は全く不要なのでしょうか?もちろん,そんなことはありません.重度の障害者や寝かせきり高齢者において介護が不要になるわけではありません.このような介護作業を行うロボットを「介護ロボット」と呼んでもいいではないか!と言われるかもしれません.しかし,このような介護作業に使われるロボットは,「介護支援ロボット」と呼びたいと思っています.なぜなら「介護ロボット」と言うとロボットが自らの意思で介護をするように思えるからです.もしかしたら遠い将来はそのようなロボットが開発され、受け入れられる時代が来るかもしれません.しかし,現在の技術レベルからも介護者・被介護者の希望からも,「介護の中心は人間であり,ロボットはその支援をする」とするべきでしょう.「介護ロボット」と聞くと「私はロボットなんかに介護されたくない!」と考える人は多いのです。しかし、「介護の中心は人間であり,その介護作業を助けるロボット」というコンセプトには拒否感を示す人は少ないのです。非人間的な血の通わない介護を目指すものではなく,介護者の介護作業に伴う肉体的・精神的負担を軽減するために介護者が使う道具としての「介護支援ロボット」と呼ぶことを提案しています.

 この考え方から,先ほどのHANDY 1などは自立を支えるロボットですので「自立支援ロボット」と呼ぶのがよいでしょう.手嶋研では「福祉ロボット」を、「自立支援ロボット」、「介護支援ロボット」、「社会参加支援ロボット」、「機能回復支援ロボット」、「間接作業支援ロボット」に分類しています。「社会参加支援ロボット」とは就労や余暇のためのロボットです.「機能回復支援ロボット」とは医療における機能回復訓練を支援するためのロボットで,日立製作所の歩行訓練機器や安川電機の運動療法装置TEMなどが日本でも市販されています.「間接作業支援ロボット」とは介護施設などで直接介護以外の作業(運搬、洗濯、掃除など)を支援することにより、介護者による直接介護作業の質・量を向上させるロボットを指しています。


ヒューマノイドは福祉ロボットとして役に立つの?


 近年はヒューマノイドといわれる人間型のロボットが注目されています。そしてヒューマノイドの応用例として介護ロボットが挙げられるわけですが、これがマスコミの間違った報道の最たるものです。ヒューマノイドはもしかしたら50年後には福祉ロボットとして役に立つかもしれませんが、現状では福祉の現場で望まれているものとは全く異なります

 まず、「福祉ロボットと介護ロボットって何が違うの?」で説明した通り、介護ロボットという考え方は現在の福祉の理念とは一致しません。ですから、介護者の代わりであるから人間型ロボットがよい、という考え方は間違っています。介護者の代わりではないヒューマノイドタイプの自立支援ロボットではどうでしょうか?これは人間型であってもいいですが、必ずしもその必要はありません。人間型の万能ロボットは障害者や高齢者だけが便利になるものではないので、福祉ロボットと呼ぶよりも召使ロボットないしサービスロボットと呼ぶ方が適切でしょう。もしも実現すればですが。

 ではヒューマノイドの個々の要素について福祉のニーズの点から考えてみましょう。まず、人間型ロボットに感情を持たせたり、その感情を顔の表情で表出したりする研究がありますが、福祉ロボットとして使うのであれば不要どころか害にさえなるでしょう。「福祉ロボットって本当に必要なの?」にも書きましたが、現在介護されている人達は介護者に気を使いながら生活をしています。福祉ロボットはそのような気兼ねせずに使える道具であればよいのです。しかし福祉ロボットに感情があったらどうなるでしょう?今度はロボットに気兼ねをしなければならないのでしょうか?召使でも秘書でも有能な人達は感情を表に出さずにビジネスライクに仕事をこなします。そういう福祉ロボットで良いのです。ペットロボットなどでは感情は必要でしょう。しかし福祉が目的のロボットでは不要です。顔すら必要かどうかわかりません.

 では二足歩行はどうでしょう?確かに二足歩行ができると行動範囲は広がりますが,福祉ロボットの使用される範囲が通常は屋内に限定されることを考えると,車輪型の移動ロボットで十分なケースがほとんどでしょう.転倒のことを考えると二足歩行ではないほうが確実かもしれません.また歩行ロボットでも4足や6足の方が転倒の危険も少なく,技術的にもやさしいでしょう.二足歩行は理想かもしれませんがそこまで必要なケースはほとんど無いと考えてよいでしょう.

 人間型であれば人間に受け入れられやすいという人達も居ますが,根拠はありません.当研究室の調査によれば,人間型ロボットを好む人もいますが,強い拒否反応を示す人も多く,特に女性や高齢者は人よりもぬいぐるみような形状を好む人が多いようです.大きさも問題になるでしょう.一般に自分よりも大きな物に対してかわいいという感情は抱きにくいですから,人間と同じサイズのヒューマノイドでは,ベッド上に寝ていたり車いすに座っている人では拒否感を示す人の方が多くなると予想しています.

 独居高齢者と会話をしてさびしくないようにするロボットしてのヒューマノイドを考えている人もいるようです.高齢者用ペットロボットの延長であれば良いのですが,家族の代りだから人間型なのだという考え方だとすると,このようなロボットに任せて家族も地域の人達もその高齢者に全く連絡も取らないということになりかねず,倫理面から検討する必要があるでしょう.

 ヒューマノイドをすべて否定するつもりはありませんが,ヒューマノイドが福祉に本当に役に立つのかと聞かれれば,現在の福祉理念や倫理観が変らない限り,福祉には役に立たないと言ってよいでしょう.少なくとも介護者の代りのヒューマノイドという考え方は間違っています.


福祉ロボットは英語でなんて言うの?


「福祉ロボット」を直訳すると"Welfare Robot"となりそうですが,このような英語はありません.なぜでしょうか?それは現在の「福祉」概念を"Welfare"と訳してはおかしくなるからです."Welfare"とは,「(施し,分け与える)福祉」というニュアンスの語であり,"Social Welfare"とは言いますが,"Welfare Engineering"とか"Welfare Robot"という言葉はありません.

 では「福祉ロボット」は英語でなんと言えばよいのでしょうか?一番近い用語が"Rehabilitation Robot"です.同様に福祉工学は"Rehabilitation Engineering"と訳されることが多いのです.福祉ロボットに関する国際会議も"International Conference on Rehabilitation Robotics (ICORR)"とこの用語を使っています.

 "Rehabilitation"っていわゆる「リハビリ」でしょ?と多くの人が思っていると思いますが,実は"Rehabilitation"とは本来日本語でよく使われる「リハビリ」よりもはるかに広い内容を含んでいます."Rehabilitation"とは「障害を持つゆえに人間的生活条件から疎外されている者の全人間的復権を目指す技術及び社会的政策的対応の総合的体系」(1982年厚生省「身体障害者福祉審議会答申」)のことです.ですから"Rehabilitation"には社会的リハビリテーションや,教育的リハビリテーション,心理的リハビリテーションなどさまざまなものがあり,そのひとつである医学的リハビリテーションの中の機能回復訓練のみを一般に「リハビリ」と呼んでいることになります."Rehabilitation"こそが「障害者福祉」に対応する用語なのです.ですから障害者の全人間的復権を目指すロボットはすべて"Rehabilitation Robot"ということになります.

 ただ,ちょっと困ったことがあります."Rehabilitation"とは本来障害者に対する支援を表す言葉ですから,障害も無く正常に老化していった高齢者に対してサポートする福祉ロボットは厳密には"Rehabilitation Robot"とは言えないのです.現在の福祉ロボットはほとんどが身体障害者用ですのであまり問題になっていませんが,高齢者用福祉ロボットのための英語の適当な用語はまだありません.高齢者用福祉工学(加齢工学)のことは近年は"Gerontechnology"と呼ばれますので,"Geron(to)robotics"などという言葉も見ることがあります.

 その他の用語として,"Robotic Aids"という言葉も随分使われましたが,"AIDS"という用語が"HIV陽性"という意味に誤解されることもあり,最近はほとんど使われません.福祉機器(用具)も昔は"Technical Aids"ということが多かったですが,最近は"Assistive devices"とか"Assistive Technology"などと言われることが多いのも同じ理由です.また"Assistive Robot"という言葉は今でも時々使われています.


福祉ロボットって本当に必要なの?


回答1:日本は急速に高齢化が進んでいます。人口動態予測によりますと2014年には全人口の1/4が高齢者になるとされています。これにともなって、寝かせきりや痴呆などの要介護高齢者が大幅に増えると予想されます。若い人たちが減りますから、介護者が不足します。また身体障害者も特に重度で介護が必要な人たちが増加する傾向にあります。この人たちの介護も大変です。ですから福祉ロボットを使って、これらの介護の問題を解決する必要があるわけです。

以上がよくある回答です。しかし、介護中心のこの考え方が古いことは「福祉ロボットと介護ロボットって何が違うの?」で説明した通りです。間違いではないですが、介護に偏った考え方です。


回答2:福祉ロボットなどといっても要は杖や車いす、補聴器などと同じ福祉機器です。ただ、ロボット技術を使っていたりロボットのような形状をしているだけで、特別なものではありません。他の福祉機器と同じように、福祉ロボットが便利だと思ったり必要だと思う高齢者や障害者は使えばよく、いらない人は使わないだけです。ですから、他の福祉機器と区別して、「福祉ロボットって本当に必要なの?」という質問自体がナンセンスです。事実、すでに海外では福祉ロボットが300名を超える人たちによって日常生活で使用されています。このことは高齢者や障害者が増加しているかどうかの問題ではなく、一人であっても役に立つのであれば福祉ロボットは必要なわけです。

福祉ロボットはどのような人たちに必要なのでしょうか?それは、自分のやって欲しいことを介護者にやってもらうよりも、ロボットという道具を使って自分でやれる方がよいと考える人たちで、こういう人たちはたくさんいるのです。(もちろん逆に福祉ロボットを使うよりも介護されることを望む人たちもいることを忘れてはいけません)。たとえば、介護者にいろいろ頼むのは悪いと思って頼めない人たちがいます。介護者の少ない夜や介護者の忙しい時間に頼むのも気が引けて頼めないということもあります。食事介護してもらっている人では、自分のペースで自分の食べたいものを食べたい順番で食べたいけれども、それを介護者に気兼ねして言えず、介護者の食べさせてくれるものを不満に思いながら食べているのが現状です。福祉ロボットを使えば、介護者に気兼ねなくいつでもやりたいことをやることができます。


福祉ロボットって本当にロボットなの?


「ロボット」の定義は人によって考え方が違います。ロボットとは「知能をもって自律的に判断し行動するもの」と考えている人も多いのですが、現在使用されている福祉ロボットはすべて、このような知能も持っていませんし、自律的に動くこともありません。使用者が操作して動かしているだけです。このようなマニプレータはロボットとは言えないと考える人もいますが、一般的にはこのようなものも含めて「福祉ロボット」と呼んでいます。またマニプレータだけが福祉ロボットではなく,高機能車いすなども福祉ロボットに入れられることが多いです.また、逆にロボット技術を使って福祉分野の機器であっても、「ロボット」という名前は誤解を招く可能性があるからと、「ロボット」という名前を使っていないケースもあります。

現在の福祉ロボットで最も望まれていることは、使用者の思った通りに動くことです。知能をもって自律的に判断し行動するロボットが、簡単な命令によって使用者の思った通りに動いてくれればよいのですが、技術的にはまだ実現不可能です。実験室などの限定された環境で、限定された作業だけを行うことが出来る程度で、実用には程遠いのが現状です。そのため中途半端な知能など無い方がかえって使用者には役に立つのです。

では、現在の福祉ロボットはどのように操作されているのでしょうか?食事用など限定された作業だけを行うHANDY 1のような単機能福祉ロボットでは、作業の数が少ないので簡単な命令で操作することが出来ます。HANDY 1で食事をするのに使用するスイッチはひとつだけで、順番に点灯するランプが食べたい物のところで点いたときにスイッチを入力するとそこの食べ物をすくって口元まで運んでくれます。それに対してMANASのような様々な作業が行える汎用福祉ロボットでは、作業名称で指令することが不可能なので、すべての細かな動きを使用者が指令する必要があり、操作が煩雑になる問題点があります。MANASでは16個のスイッチを使って操作することとなります。


福祉ロボットの現状は?


福祉ロボットは1970年代から研究が始まり、約10年前から販売されています。販売されたすべてを障害者や高齢者が使っているわけではなく、研究用に購入されたものや購入されたけれども使われていないものもあります。ですから正確に何名の障害者が福祉ロボットを使用しているかは明確ではないですが、HANDY 1は200名、MANUSは120名の人たちに使われていると、2001年春の国際学会では言われていました。それ以外にも市販されている自立支援ロボットはいくつかありますが、いずれも最大で20台程度しか販売されておらず、その多くが研究用であり、実際の使用者は数少ないと考えられます。

基本的に食事用の自立支援ロボットであるHANDY 1では、やはり食事で使用しているケースが多いわけです。それに対して汎用の自立支援ロボットであるExact Dynamics社のMANUSではどのように使われているかの報告が行われています。食事に多くの人が使っているほか、整容(髭剃り、歯磨き、洗顔、整髪など)、様々なものをとったり運ぶ、などでMANUSが使われています。「かゆいところを掻く」という使い方をする人が多いのは、開発者も当初は考えていなかったようです。また、トイレなどで使っている人も少数いるそうです。逆にロボットを使ってほとんどやらない作業として、食後の後片付けなどがあります。つまり、やりたくないことを福祉ロボットを使ってわざわざやることはなく、介護者に頼んで片づけてもらうのが普通だそうです。

では、MANUSユーザーはMANUSに満足しているのでしょうか?そんなことはありません。ユーザーはMANUSによってできなかったことができるようになるなど便利なものだと評価している人が多いのですが、満足しておらず、不満に思う点もいろいろ出されています。


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Last modified: Mon June 11 2001