コラム

Column

問題解決学習における学びの環境のデザインのための視点 〜デンマーク・オールボー大学における全学でのPBLを事例に〜

立命館大学共通教育推進機構 准教授 山口 洋典

プロブレムとプロジェクトのあいだにあるもの

 2017年度、立命館大学の学外研究制度により、デンマークのオールボー大学に赴任させていただく機会を得ました。学外研究にあたっては研究課題を定める必要があり、今回は「参加型学習における問題解決活動と教育実践の相即にかかる理論的・方法論的アプローチ」と掲げました。立命館大学におけるサービスラーニング科目を担当する専任教員として2011年度に着任して以来、学内外の方々と共に重ねてきたカリキュラムの成果と課題と展望を検討するために、こうした課題を設定しました。オールボー大学の所属は人文学部コミュニケーション心理学科で、客員研究員という立場のもと、文献調査や授業への参与観察などにより、充実した時間を過ごさせていただきました。

 オールボー大学は1974年の設立以来、全学でPBLを導入している大学として知られています。ちなみにオールボー大学のPBLProblem-Based Learningの略語であるという前提で、各種カリキュラムが展開されています。ちなみにPBLProject-Based Learningの略称としても用いられています。とりわけ日本では後者、つまりプロジェクト学習を指す場合が多く、両者の概念の違いについて、いくつかの文献等で整理がなされています。(例えば、大阪大学の池田光穂先生による解説「ピー・ビー・エル」 http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/user/rosaldo/PBL-2017.html 、京都産業大学での実践をまとめた『課題解決型授業への挑戦』ナカニシヤ出版、2017年など)

 そのため、オールボー大学に赴任直後から、PBLという教授法と学習の特徴を整理することから手をつけました。幸いにして、年4回発行される対人援助学会のオンライン雑誌「対人援助学マガジン」(http://www.humanservices.jp/magazine/)への連載の機会を得て、20176月発行の29号から現在まで「PBLの風と土」と題して、PBLに関する知見を綴らせていただいています。それらをもとにすれば、オールボー大学では学部・修士レベルの双方で「Project-Oriented Problem-Based Learning」(プロジェクト志向の問題解決学習)がなされており、学部レベルでは「Study-Oriented」(学習志向)なプロジェクト、修士レベルでは「Intervention-Oriented」(実践志向)なプロジェクトが展開されています。つまり、オールボー大学ではセメスターごとに1つ、実社会の問題を扱う小集団(4人から7人が標準)を編成し、教員の指導・監督のもと学部のカリキュラムでは問題の構造を理解するために必要な理論や方法論の習得を行った上で理想的な社会像の検討を行うことが重視され、修士のカリキュラムでは理想状態を構想した上で実際の問題解決のための計画と社会実験に取り組まれています。


課題解決という言葉への問題提起

 では、立命館大学のサービスラーニングセンターにおける(特に中核的に据えられてきた、2005年からの「地域活性化ボランティア」、2012年からの「シチズンシップ・スタディーズI」を比較対象とすると)各種のプログラムは、オールボー大学でのPBLと比較したとき、どのような特徴が挙げられるでしょうか。両者の比較は表に示したとおり(「PBLの風と土(3) http://humanservices.jp/magazine/vol31/46.pdf 266ページより)、実社会の問題をグループワークにより学際的に扱っていくという点で共通するものの、PBLでは授業開始後に学生が問題を選択するのに対し、サービス・ラーニングでは授業開始前に活動先となる地域から取り組む問題が設定されるという違いがあります。また、学習の目的と成果も異なります。オールボー大学(特に心理系)では専門性習得のために学年に応じたカリキュラムが設計された上でそれぞれの科目に即して専門家への知識と能力の獲得が促されるのに対し、立命館大学では教養科目として学部・学年も混ぜ合わさって模範的な市民としての態度を身に付けるために実践的な経験が蓄積されていきます。

 こうして比較をしてみると、日本ではプロジェクト学習において課題解決という言葉が用いられることにも合点がいきます。それは外部から大学に与えられた課題に対して、学生たちが解明していくという構図が根ざしているためです。そもそも課題解決という表現を英語にすれば「subjct-solving」とも言えるのですが、subject(題材そのもの)はsolve(紐解く)ものではなく、むしろsubject(主題)に対してtheme(主調)を見定め、そこに根ざすもの(これがproblem)を特定していくプロセスにこそ、学びと成長の意義を見出すことができるのではないでしょうか。逆に言えば、課題解決と称して、何らかの成果物を作成することが重視される場合には、暗黙の内にお題に対する答えを求める「大喜利」のような具合に、与えられた条件の下での閉じた実践活動に留まってしまう可能性が指摘できます。

 では、いかにして実社会をフィールドとした学びの環境のデザインを行えばいいのでしょうか。少なくとも、オールボー大学との比較で言えることは、何が問題なのかを学習者が主体的(subjective)に気づく(percieve)よう、教員が指導・監督者となって学びのコミュニティを編成し、学習プロセスの進展に介入していくことが大切です。このことを理解する上では、今回の学外研究にあたってオールボー大学側で受入担当教員となっていただいた一人、Mogens Jensen准教授による「PBLのはしごモデル」が参考になります。学びの環境は必ずしもハード(教室や活動先の設備など)に依存しないということを、また立命館大学でのプログラムを通じて例証して参りたく存じます。






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