2016.11.28

バスケットボールで、素早い一歩を踏み出す方法は?

反応のいいバスケットボール選手は、左右に動く前に、上下に動いている

「あと一歩早く反応していたら、あの得点はとめられたのに・・・」。バスケットボールなどの対人競技の経験者であれば、一度はそんな経験があるのではないでしょうか。がむしゃらな練習だけでは克服できない、コンマ何秒の壁。それを理論で乗り越えようとしている人がいます。立命館大学スポーツ健康科学部の内田さん。女子バスケットボールクラブではポイントガードとして活躍しています。彼女が着目したのは、動き出す前のある動作。

素早い動き出しをしているプレイヤーは左右に動きだす前に、重心を上下動しているんです。相手やボールの動きに合わせて膝を屈伸したり、小さくジャンプをしたり。こうした動作(予備動作と言います)がどれだけ反応速度に影響を与えているのか、また、どういう予備動作をしたら、より素早く動き出せるのか、解明しようと考えました。

こうして、内田さんによるスポーツ選手必見の研究はスタートしました。

研究で最初に立ちはだかったのは、まさかの英語

まずこの研究の監修を、バイオメカニクスの専門家である藤本先生にお願いしました。

▲スポーツ健康科学部の藤本先生を訪問

次に先生から、「参考にしたらいいよ」と渡された論文をもとに、仮説を立て、研究方法を考えていきます。
大変だったのは、論文がすべて英語だったこと。英和辞典を片手に粛々と調べて、やっとの思いで訳し終えたら、専門用語だらけ。それをまた、ネットなどで調べて、ようやく理解するという感じです。
えっ、そうだったんだね。なんか、ごめんね(苦笑)
あ、いえいえ。文献自体はすごく役に立ちました。そもそも、日本の方の文献でも英語で書かれているものが多いですから。もしも高校生の私にアドバイスができるのであれば、「バスケだけでなく英語もしておきなさい」と伝えたいです。

そんな苦労の末に導き出した仮説「両脚が抜重状態にあるとき、素早い一歩を踏み出せる」

文献を調べていくと、予備動作が素早い動きに有効であることを示している実験がいくつもありました。
少し話が逸れますが、みなさんは体重計に乗ったまま屈伸をしたことがありますか?体重計は、厳密には体重ではなく、人が体重計にかける力を測っています。膝を伸ばしたとき体重計の数値は増え、膝を曲げたとき体重計の数値は減ります。前者を加重(かじゅう)、後者を抜重(ばつじゅう)と言います。そして、人は足を抜重することで、一歩を踏み出すことができるのです。
さて、本題に戻ると、もしも屈伸運動による予備動作が素早い動きに有効だとするならば、おそらくは予備動作によって両脚が抜重状態になっているから。つまり、「両脚が抜重状態にあるとき、素早い一歩が踏み出せる」というのが私の仮説です。この仮説を検証するために行った実験がこちら。

ハイスペックな測定器がそろう実験室で、バスケットボール部員が右へ左へ

実験に使ったのは立命館大学の「スポーツパフォーマンス測定室」。ここはその名の通り、スポーツにおけるさまざまな動作を計測したり、解析したりするスペースです。モーションキャプチャーカメラが24台。床には15枚のフォースプレートが埋め込まれていて、地面を蹴る力の大きさやその方向などを正確に測れるようになっています。
今回の実験は、このハイスペックな測定器を使って行いました。内容を簡単に説明すると、予備動作をした状態と、していない状態で、どれだけ動き出しに差があるのか測定して、比較検証するというもの。被験者として男子バスケットボール部10名に協力してもらいました。

▲まず解析に必要なマーカーを、骨や関節に合計39個つけていきます。

▲マーカーがずれていると再測定ということもあるので、藤本先生も入念にチェック。

▲さあ、準備ができました。いよいよ実験開始です。

▲被験者はモニター前にあるLEDランプを見て、右か左、光った方へ足を踏み出します。

▲被験者の動きをモーションキャプチャで読み込むことで、その反応速度を正確に計測できます。

これを、予備動作をしていない状態と、膝を屈伸し予備動作をした状態とで比較しました。予備動作は、屈伸運動で膝が伸び始める状態と、膝が曲がり始める状態にそれぞれ代表される、加重と抜重状態に分けて検討しました。

被験者一人あたり合計で60回の踏み出し動作を測定したことになります。みなさん、おつかれさまでした。

自信のあった仮説とは違う結果に。「なんで?」という探究心が新たな研究のタネ

実験の結果、加重状態であろうと、抜重状態であろうと、予備動作をしていれば0.047秒ほど早く動き出せることがわかりました。「加重状態でも早く動ける」という結果を見たときは、頭の中がハテナだらけに。要因として考えられるのは、「踏み出す側の足にとっては抜重状態のほうが有効だけど、踏み出さない側の支持脚には加重状態のほうが有効」ということ。この仮説を検証していけば、より効果的な予備動作がわかるかもしれません。ひとまずは、予備動作が有効だということがわかっただけでも良しとしたいです。
うん。私はむしろ仮説と違う結果が出たことにワクワクしました。それはつまり、予想外の発見をしたということだから。この結果を受けて芽生えた「なんで?」という探究心。それは次の研究のタネになります。すでに、彼女の実験結果を知ったサッカー部のキーパーが、「PKの際に素早く反応するための予備動作」について研究を始めています。
立命館大学 スポーツ健康科学部

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