2019.04.25

家でも手軽に「香り付き」VRを楽しめるようにならないかな?

最近、テーマパークなどにあるVRアトラクションでは、映像や音とともに「香り」も体験できるものが出てきています。今後、VRはもっと身近な存在になり、家庭用のゲームやスマホのアプリで多くの人が楽しむようになるはず。そうした近未来の実用化を目指して、コンパクトで狙ったところに「香り」を届けられるマシンを開発した情報理工学部の野間研究室。いったい、どんなマシンなのでしょうか?

VRアトラクション用の「香り」マシンにある課題

▲情報理工学部4回生の小原光二さん

最近のVRアトラクションの中には、映像と同期してさまざまな香りが提示されることで、より高い臨場感を得られるものが増えてきています。しかし従来の方式には問題がありました。まず、部屋の中に香り成分を拡散させる方式では、アトラクション自体を大型化する必要があります。また空気中に香り成分が残ってしまい、画像や映像のシーンに合わせてタイミングよく香りを提示することも困難です。

VRで香りを体感する方式には、他にも鼻に香りを感じるチューブ等を装着する方法もありますが、機器をつけることで動きが制限されてしまうとともに、デバイスの中で香りが混ざってしまうという問題もありました。

そこで僕たちの研究室が開発したのが、『クラスタ方式』と呼ばれる空気砲で、直接香り成分を狙った人にピンポイントで届ける方法です。

課題を克服したコンパクトな「香り」マシン

▲これが開発した空気砲方式の「香り」マシンだ!

空気砲というのは、ひとことで言えば『空気の渦輪』を届ける装置です。簡単な装置としては丸い穴を開けた箱型のものがありますね。箱をポンと叩くと、丸い穴からドーナツ状の空気の輪がポンと出てくる仕組みです。

▲情報理工学部の野間教授。手にしているのは、箱型の従来型の空気砲

小原さんたちが開発したマシンは、そうした従来型の空気砲とはまったく異なる形状をしています。3Dプリンタから出力した樹脂製の装置に、渦のように沢山の穴が空いており、そこにコンプレッサーで空気を送り込みます。マシンの穴はコンピュータにつながった「電磁弁」で制御されており、通り抜ける空気の量を調整することができます。もともとこの装置のアイディアは、小原さんの指導教官である野間教授が2018年に考案しました。

▲マシンの背面につながれた電磁弁

従来の空気砲は、装置自体の大きさで、射出できる空気の大きさや速度が決まっていましたが、僕たちの開発した装置は、複数の穴から噴出する空気の圧力を、電磁弁の開閉で厳密にコントロールすることで、空気を合成します。それにより、空気砲から出るドーナツ状の空気の大きさや速度を、装置はそのままで自在にコントロールできるようになったのです。

風に乗せて香りを送ると、すぐに香り成分は空気中に拡散してしまいますが、小原さんたちのマシンでは、渦輪の中に香りを閉じ込めることで、周囲には広がらず1メートル以内の狙った場所に香りが届けることが可能です。空気砲の穴の中には、香り成分を染み込ませた脱脂綿がセットされており、そこを空気が通り抜けることで、空気に香り付けがされます。

▲香り成分が含まれた空気が噴出される様子(空気の動きを可視化するため、スモークを利用しています)

僕たちのマシンで射出する空気の塊に含まれている香り成分は、ほんのわずかな量なので、空間に匂いが残ることはほぼありません。さっと香りを感じたら、数秒後には消え去っているので、映像に合わせてコントロールしたり、複数の匂いを切り替える、といったことも可能になります。

装置が非常に小型化できたことも大きなメリットですね。例えば映画館の座席の後ろ側に設置しておけば、人の顔にダイレクトで映画のシーンに合わせて香りを射出することができます。
車のハンドルに設置して、ドライバーの眠気を感知したら、目を覚ます香りを吹きかけるとか、アトラクション以外でも使えそうですよね。
香りを射出するだけでなく、逆に穴から空気を吸引することで、一瞬で匂いを消すことも可能になっており、その応用の可能性も探っています。

優秀研究として対外的な評価も!

このまったく新しい装置を野間研究室では「香りディスプレイ」と名付けて、今年開催された情報処理学会主催の「インタラクション2019」という研究展示会でデモ発表しました。すると会場の多くの人の注目を集め、全部で100件ほどの展示のなかから、ベスト3の優秀な研究に選出されました。

展示会では、『香り』というテーマを扱った研究自体が少なく、それで僕たちの研究に関心を持つ人が沢山いました。
そもそも空気や水中の化学物質を捉えることで感覚を得る嗅覚は、味覚とともに、視覚や聴覚よりもずっと生物学的に古い、『原始的な感覚』だと言われています。それだけに香りは、人間の記憶や感情とも深く結びついており、人の心を大きく動かすことができるのです。

一方で香りは、視覚と違って、『原理原則』がまだよくわかっていません。映像であれば、RGBの三原色を混ぜ合わせることで、あらゆる色を再現することができますが、香りに関してはそうした法則が見つかっていないのです。
僕たちがこの装置を『香りディスプレイ』とネーミングしたのも、未来には映像のディスプレイのように、この機械を使って自在に香りを表現できるようにしたいという望みを込めています。
香りディスプレイの用途としては、VRアトラクションの他にも、例えば霧状の薬剤を定期的に呼吸器に送り込んだり、さっき小原くんが言ったように、香りで目覚める目覚し時計なども考えられそうですね。

3Dプリンタや射出成形機によって、低コストで量産できるこの装置は、薄く小型であることから設置する場所を選びません。将来的に、私たちがいま想像もしていないような、香りを用いたエンターテイメントに応用される可能性を秘めています。
この研究はコンピュータと向き合うことが多い情報理工学部の中ではちょっと異色で、ドライバーでネジ留めしたり、樹脂を削ったりといった手作業が沢山発生します。僕はもともとバイクなどの乗り物をいじるのが好きだったので、この研究は自分に向いていると感じますね。

家庭用のゲームによって、ヘッドマウントディスプレイはここ数年で一般化しましたが、「匂いや味覚、触覚といった感覚をヴァーチャルに体験できるデバイスの研究は、まだまだ世界中で手付かず。だからこそ大きな可能性がある」と野間教授は言います。「家庭でも楽しめる、まったく新たなVRエンターテイメントを生み出してみたい」。野間研究室は、そんな夢を抱く人に向けて、広く門戸を開いています。

立命館大学 情報理工学部 立命館大学研究活動報 RADIANT

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