金属微粒子における自発的合金化のシミュレーションによる研究
立命館大学理工学部物理学科 池田 研介
関西学院大学理学部物理学科 澤田 信一
日本大学文理学部物理学科 里子允敏
本重点研究4班の保田らによって実験的に発見された自発的合金化過程の問題を理論的
に研究した。自発的合金化とは10nmサイズの生成熱が負であるような2種の金属微粒
子が常温においてsecオーダーのタイムスケールで合金化してしまう現象で、このサイ
ズの金属微粒子で普遍的に見られことが保田らによって確かめられている。
この現象のモデリングに当たって、3つの立場からのアプローチがなされた。即ち
(1)密度汎関数法にもとずき金属クラスター原子間にはたらくポテンシャルを
第一原理から計算して合金化ダイナミクスを調べる立場
(2)それとは正反対に現象論的に原子間ポテンシャルを仮定しダイナミクスを重点的
に調べる立場
(3)金属のtight-binding model に基づき原子間ポテンシャルの解析的な表現を摂動
論手法で計算しダイナミクスを調べる(1)(2)の折衷的立場
である。合金化が起こると予測されるタイムスケールは、少なくともマイクロ秒のオー
ダーより長いと予想されるので、合金化のダイナミクスそのものの研究には、ポテンシ
ャル計算自身に長い計算時間を費やす(1)の立場は実用的ではない。したがって長時
間のダイナミクスの研究は(2、3)の立場で行われ、比較的短いタイムスケールでの
(2、3)モデルの妥当性のチェックを厳密な(1)との比較で行う方針で研究が行わ
れた。
2D,3Dクラスターでシミュレーションを行い,共にクラスター系ではバルクよりはるかに
速い速度で合金化が発生することを確かめた。合金化の短いタイムスケール(ピコ秒オ
ーダー)での3つの立場での比較がなされ、原子が入れ替わるダイナミクスには立場の
相違があまり反映されないことも確認された。(文献(1))
クラスターの融点以下の合金化過程の研究は非常に長い計算時間が必要になる。そこで
形態観察が容易な2Dクラスターに焦点を絞り、2体力(主としてMorseポテンシャル)
及び(3)の立場から計算された多体力モデルにもとづくダイナミクスの研究がおこな
われた。その結果は以下の通り(文献(2))である。
合金化速度は液相では、シミュレーションで観察できるほど短い。しかしクラスターの
融点より低くなると、急速に長くなり、システマティックなデータを集めるためには融
点近傍(T>3/4Tm Tm:融点)で計算を行わざるを得なかった。この温度領域でのデータ
解析の結果つぎのような結論がえられた。
- 生成熱が負になるような原子種の間では、確かに高速合金化が起こる。
しかし正の原子種の間では、少なくとも計算機で達成可能な計算時間
の範囲内では合金化はみられない。
- 合金化速度はクラスターに属する異種原子の割合によって強く影響さ
れる。割合が大きい(むろん50%以下の範囲で)ほど合金化速度
は大きい。このことが高速合金化が協同効果であることを意味する。
- 合金化速度はクラスターのサイズがある臨界値をこすと、急激に長
くなる。
- 融点近傍の温度領域での合金化時間は温度に対してアレニウスプロ
ットに乗る。この事実を使って常温での合金化時間を予測するとミリ
秒から数秒のオーダーになる。
一方融点より十分下での超長時間シミュレーションもあわせて実行しつつあり、その結
完全な固相クラスター状態で、確かに高速合金化がおこることも確かめられつつある。
この過程ではリンデマン定数は表面原子を除いて極めて小さく、混入が固相で起きてい
ることを保証している。(文献(2))
以上の結果は基盤との相互作用を無視したmicro-canonic シミュレーションの
結果であるが、基盤との熱の授受を極端に大きくした極限と考えられる、Lang
evin方程式によるシミュレーションもあわせて行った。しかし、この場合には
合金化時間は3ー4桁ながくなり、基盤=熱溜とのあまり強い結合は、高速合
金化を妨害することがわかる。
以上の計算機シミュレーションの結果は保田らの実験事実の核心部を再現して
いると考えられる。今後、さらに低温領域でのシステマチックなシミュレーシ
ョンを実行して、以上の結果を低温領域で確認する必要がある。またシミュレー
ションを3Dクラスターに拡張し、基盤の効果を動的モデルで調べる必要がある。
しかし、もっとも重要な課題は、高速合金化を純固相でも引き起こす、動的な機構
の解明であろう。この問題に関係して現在、判明している事実は、異種原子で取り
囲まれた”おはぎ”状のクラスターを初期条件にとった場合
- 表面での原子の入れ替えは温度によらず活発であること。
- このため表皮がめくれるという運動が絶えず起きていること。
- 皮がめくれると内部を構成するホスト原子層が露出してそこが
新しい、活性部位となり異種原子との混合がおきること。
である。このような過程を繰り返して内層から外層へのホスト原子の流れが
発生し結果的に混入が完成するように見える。混入過程は、外の原子が内に
侵入するというより、むしろ内の原子が露頭して外の異種原子を包み込むこ
とによっておこる。このような巻き込み運動の起源はむろん異種原子間の結
合エネルギーが同種間より大きいためであり、同種原子からなるクラスターでは
巻き込み運動はおこらない。実際、計算機シミュレーションによると、最初中心
に位置していた原子が、混入完了時には表面に輸送されている。しかし原子が入れ
替わっても、中心部にいる原子群は最初のクラスター形状を記憶しており、ク
ラスター形は原子の入れ替わりとは関係なく保持される。
クラスターサイズが臨界値をこすと、高速混入が阻止される理由は、
表面での皮めくれ運動の引き金になる、クラスターの角に位置する原子の密度が
低下する為と考えられる。いずれにせよ、今後、上記の機構を定量的に解明する
ことが最大の課題である。
文献
- 池田 研介
自発的な状態間遷移-カオス的遍歴をめぐって
数理科学(1996) 6月号 pp17-25
-
清水 寧、池田研介、澤田 信一、里子允敏
「自発的な合金化現象の解明にむけて」
表面 35巻(1997)pp479-494.
-
Y. Shimizu, S. Sawada and K. S. Ikeda
"Classical dynamical simulation of spontaneous alloying"
in press
( to be published from Eur.Phys.Journal D )
-
S. Sawada, K. S. Ikeda and Y. Shimizu
"Molecular dynamics simulation for rapid alloying of microclusters using
a many-body potential"
Preprint
第一班のホームに戻る。