クラスター形成のシミュレーション
担当 早稲田大学理工学部応用物理学科 相澤洋二
[A]クラスター運動に潜む力学的構造を、ハミルトン系の普遍的性質から解明す ることを目指して本研究に取り組んで来た。まず、我々は従来の力学系の枠組み とは著しく違う側面を取り扱う手法を探る為に、数値実験によってクラスター形 成のシミュレーションを行った。短距離相互作用をもつ平面上のN体問題(N= 100)のシミュレーションによって得た一連の結果を整理すると、
(1)クラスター形成は、或る臨界エネルギーより低いエネルギーのもとで生じる。以上(1)〜(4)に得られたクラスターの性質は、或る意味で統計的な概略であり、 さらに精密な計算が必用であることを示している。次に我々が取り組んだテーマ は、 (1)クラスター形成されるまでの過渡状態の分析 (2)クラスター維持状態におけるクラスター形状の分析 (3)クラスターのメンバー粒子の捕獲と逃散過程の分析 である。(1)は過飽和気体から液滴が形成される非平衡過程に相当する。ランダ ムな初期配置からクラスター形成に至るまでの時間は、クラスター維持時間に比 して瞬時にして終わり、その動的過程は複雑でまだ十分な分析ができていない。 しかし、その初期核形成が本研究の完成にとって不可欠であるという認識を得た。 (2)の観測によると、クラスター形状は球状から不規則形状へ、さらに再び球状 へと断えず変動している。(3)で掲げた粒子の捕獲・逃散によって、クラスター が外部環境と粒子交換を著しく行うのは、不規則形状にある場合によく見られて おり、形状変化はクラスター粒子の捕獲・逃散過程と強い相関がある。その両者 の因果関係を明らかにすることが本研究のもう一つの重要課題であることが認識 された。さらに(1)と(2)の両者に関連する現象として、クラスターのエネルギー が臨界エネルギーに近づくにつれて特徴的な1/fスペクトルの変動をすることが 観測された。非定常性の出現は(文献[1])、クラスター形状が長時間ゆらぎをもって変 動することを示唆するもので、クラスターの普遍的性質の一つではないかと予想 している。この事は捕獲粒子の軌道の分析と比べ或る程度納得がゆく説明ができ るものと考えている。クラスター周辺の不規則領域をリーマン曲率の分布によっ て分析すると、不規則形状の場合には不安定帯も広く、粒子の捕獲に有利に作用 する。一方クラスター内から外部への逃散は、正曲率の壁を越える必用があるが、 これもやはり不規則形状の不安定帯によって促進されている。(文献[2]) また、 粒子の捕獲時間の分布も負のブローディ分布にほぼ従っており、長時間ゆらぎの 存在がここでも確認されている。 粒子を断えず交換しながら維持されるクラスターの動力学を解明する上で、リー マン幾何学化によるアプローチが非常に有効であることを、我々は上述の(1)〜 (2)の課題を探究する過程で確信することが出来た。
(2)クラスターを構成する粒子数は、やはり全系のエネルギーに依存し、先の臨 界エネルギーで急速に減少する。この(1)と(2)の性質は、Cell Modelを用い た理論的予測と定性的に一致している。
(3)クラスターの内と外の粒子について、それぞれ速度分布関数は概略、同一温 度のマックスウェル・ボルツマン分布に従っている。比較的大きな違いは低 温度領域に見られたが、これはクラスター内には低速度粒子が実現しにくい こととして理解できるが、統計的ゆらぎと判別できていない。
(4)クラスターを構成する粒子群の空間分布は長時間平均をとると、ほぼ球状分 布に従う。密度分布の温度依存性およびクラスター・サイズの温度依存性の 決定は現在進行中で、まだ精密な結果を得ていない。
[B]クラスター形成の基本メカニズムを探る為に100体問題と対比させながら、 極端に粒子数が少ないクラスターの分析を我々は並列的に進めてきた。多体系で は平均場的効果として統計的にしか処理せざるを得ない難問を避ける必用がどう してもあったKウス型引力ポテンシャルで相互作用する、いわゆるガウス型三体 問題である。ニュートン型三体問題と比べれば、特異点を持たない有利さがある。 クラスター形成の基礎的理解を次の2点に注目して整理しよう。(文献[2]) (1)三体がクラスターを作る条件は何か (2)三体クラスターを崩壊させるメカニズムは何か 角運動量が零の2次元の場合、および直線三体問題の場合に精密なシミュレーショ ンを行い、次の結果が得られた。まずクラスターを生じる条件は概略、系のエネ ルギーで決まり、周期運動及び概周期運動として有界運動が生じる。カオスで有 界運動を生じないことは、直線三体問題では確認することが出来たが、アーノル ド拡散の効果を考えれば、一般に成立するものと予想される。実際の有界・非有 界運動の相図はジュリア・マンデルブロー集合としてフラクタル構造を持ち、そ の研究は今後の課題として残された。一方、クラスターを崩壊させる要因は全て のシミュレーションに共通して、三体衝突あるいは三体近接近によって引き起こ されることが明らかになった。三体接近が繰り返される度にクラスターの崩壊が 一定の規則に従って生じる。その構造もやはり先のジュリア・マンデルブロー集 合上で入れ子構造を作っている。 我々のこれまでの計算は、多体系の中の三体だけに注目し、しかも角運動量や エネルギーを強く制限した状況だけを理想化して取り扱っている。実際には多体 系の中の三体運動も決して、そのような単純なものではないことは明らかである が、粒子の捕獲・逃散の引き金となるメカニズムは、少なくとも三体接近にある ことを確認できたと思われる [A]に述べたリーマン幾何学化の手法による扱いは、いわば平均場からの要因 を明らかにする。そこでは上述の三体接近の要因がどのように作用してクラスター の動力学を決めているか、新しい計画をたてて今後も研究を続行する予定である。 以上、本研究で探究したクラスター形成のシミュレーション結果をハミルトン 系の普遍的側面(文献[3-5])として理論化する研究はまだ完了していないが、そ の基礎となる新しい事実を数多く発見してきたことは将来の研究に向かって貴重 な成果になるものと確信している。先の(1)〜(4)までの結果を含めて、以上のシ ミュレーションの成果を発表する準備を現在進めている。
<発表された文献>
[1] Y.Aizawa
"Comments on the non-stationary chaos"
Chaos Solitons & Fractals (1998) in press
[2] M.Nakato and Y.Aizawa
"Clustering Motions in N-body systems
-- Free-Fall Motions in the Gaussian Three-Body Problem"
Chaos Solitons & Fractals (1998) in press
[3] S.Shinohara and Y.Aizawa
"The Breakup Condition of Shearless KAM Curves in the Quadratic Map"
Prog. Theor. Phys., 97-3 (1997) 379 - 385
S.Shinohara and Y.Aizawa
"Indicators of Reconnection Processes and Transition to
Global Chaos in Nontwist Maps"
Prog. Theor. Phys. vol.100, no.2 (1998)
[4] S.Kurosaki and Y.Aizawa
"Breakup Process and Geometrical Structure of High-dimensional KAM Tori"
Prog. Theor. Phys., (1998) in press
[5] Y.Aizawa, N.Koguro and I.Antoniou
"Chaos and Singularities in Mixmaster Universe Model"
Prog. Theor. Phys., 98-6(1998) 1225-1250