カオス的トンネル現象の研究

首藤 啓, 池田 研介


多自由度のトンネル現象に対する基礎理論構築を研究の目的とする。

化学反応は反応物と反応生成物を結ぶ遷移状態を通って起こり、しばしばトンネルに 因る遷移を伴う。一般に遷移状態は近傍には不安定な周期軌道が存在し、そのまわり にはカオスが発生する。化学反応の統計理論がその成立要件を系のカオス性に置いて いることからもわかるように、多くの化学反応はカオスの海を通過して起こる。化学 反応に関与する自由度が多自由度の場合、トンネル効果とカオスとの関係は避けて通 ることができない。 ここでは、複素半古典論を用いることにより、カオスが関与する多自由度トンネル現象 を、動的トンネリング・障壁トンネリング双方に対して調べ、以下の成果を得た。

  1. トンネルに関与する複素軌道が、従来のトンネル理論で考えられていたような一本 (あるいはその繰り返し)ではなく、時間とともに指数関数的に増大する本質的に 多数のトンネル軌道からなっていることを明らかした。また、それらの絡み合いに より、これまでのトンネリングでは見られない新しいクラスのトンネル現象(カオ ス的トンネル効果)が発現する機構を完全に解明した。
  2. カオス系のトンネル現象に重要な複素トンネル軌道と、複素力学系研究の中での   中心概念であるジュリア集合との関係を発見し、多数の複素経路の候補の中から 連鎖構造をもつ特徴的な経路のみがトンネル経路として選別される数理的な背景 を明らかにした。
  3. 複素半古典論を実行する際に避けて通ることのできない複素軌道の寄与・非寄与 問題(ストークス現象)に対し、複素経路間の"木構造"と指数関数的最大優越の 原理組み合わせた作業仮説を提案し、高次元のストークス現象の立場からその成 立基盤を検討した。
  4. 障壁トンネリングに対する量子論・古典論の定式化を作り、それに基づき調和チャ   ンネル中の障壁トンネリング系に対する複素半古典論を実行した。連続時間の障壁   トンネリングでは、古典軌道の複素時間面に特異点が存在することが本質的である ことが判明し、その特異点のsingularな運動にともない解がリーマン面間を遷移す るといった複雑な現象が発見された。
  5. シンプレクティック積分法を量子定常状態計算に用いるために、Inhomogeneous Schrodinger方程式を用いた数値計算法を完成させ、極めて高精度で反応断面積 を計算することができることを実証した。この方法は、トンネル効果が関与する 場合に特に有効であることが確かめられた。
<発表された文献>
  1. 首藤 啓  "量子カオス ---カオスの量子化条件と古典軌道間の相関---" 『数理科学』1997年3月号pp.66-74
  2. A. Shudo and K.S. Ikeda "Complex classical trajectories and chaotic tunneling" Phys. Rev. Lett. 74(1995)pp. 682-685.
  3. A. Shudo and K.S. Ikeda, "Stokes phenomenon in chaotic systems: Pruning trees of tunneling paths with principle of exponential dominance" Phys. Rev. Lett. 76(1996)pp. 4151-4154.
  4. H. Yamada and K. S. Ikeda "Spontaneously induced irreversible energy transport in closed electron-phonon systems" Phys. Lett. A222 (1996) pp.76-80
  5. S. Tasaki, T. Harayama and A. Shudo "Interior Dirichlet eigenvalue problem, exterior Neumann scattering problem, and boundary element method for two-dimensional quantum billiards"  Phys. Rev. E 56(1997)R13-R16.
  6. K.Takahashi and K.S.Ikeda "Application of symplectic integrator to stationary reactive scattering problems: inhomogeneous Schroedinger equation approach" J. Chem. Phys. 106 (1997) pp.4463-4479
  7. A. Shudo and K.S. Ikeda "Chaotic tunneling I: A remarkable manifestation of complex dynamical system" Physica D115(1998)pp. 234-292.
  8. 池田 研介   量子とカオスをめぐって   数理科学1997年9月号pp5-13.
  9. 首藤 啓 "トンネル現象と複素力学系" 数理科学1997年9月号pp33-39.
  10. H. Yamada and K.S.Ikeda "Anomalous diffusion and scaling behavior of dynamically perturbed one-dimensional disordered quantum system" to appear in Phys. Lett. A
  11. K. Takahashi and K. S. Ikeda "Complex semiclassical description of scattering problem in Systems with 1.5-degrees of freedom" preprint
  12. T. Harayama, P. Davis and K.S.Ikeda "Nonlinear whispering gallery modes" preprint

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