内部自由度をもつハミルトン系とクラスターの非線形動力学
東京都立大学理学研究科 首藤 啓
内部自由度をもつハミルトン系の観点からクラスター・溶液における緩和特性を理解
することが研究の目的である。研究の動機と背景は以下である。
- ハミルトン系では位相空間にトラジェクトリーの安定領域(トーラス)が存在
すると、その近傍の軌道は安定領域に引きづられ、位相空間全域を経巡るのに
長い時間を要する。その結果、力学量の緩和はしばしば 1/f 的な遅い緩和を示
すことがある。しかし、
- 摂動論による評価、さらには格子振動系などでの数値実験をはじめ多くの傍証を
もとに、一般にハミルトン系では、トーラスが系が位相空間のなかで占める比率
が、系の自由度の増大と共に小さくなることが予想されている。これがどのよう
な状況でも正しいとすると、極めて非線形性の強い液相にあるクラスター・溶液
系に遅い緩和は起こり得ないことになる。ところが、
- 水の分子動力学計算では、十分自由度が大きく、アルゴンなどの単原子系では考
えられないほどmixingの強いエネルギー領域でも、観測量によっては遅い緩和が
観測される。
このようなことから、十分自由度の大きい液相系で遅い緩和を発生する、ハミルトン
力学系としての理由付けを考える必要がある。ここでは、そのひとつの可能性として、
系の内部自由度の存在に注目した。
具体的に行ったこととその結果としては、
-
摂動論(ネコロショフ型)を用いて得られる、内部自由度エネルギー交換に対する
スケール則を、回転と並進をもつ数個の剛体回転子モデルで確認した。さらに、回転・
並進それぞれの部分系内では強いエネルギー交換を行いつつも、部分系間ではエネルギ
ー交換の凍結、緩和の異常が起こること見い出した。
-
遅い緩和が実際に観測されている水分子に対する分子動力学計算を実行した。回転
と並進の自由度の結合をコントロールするために、酸素と水素の質量比などをパラメー
タとして導入した。個々の分子の内部自由度間の緩和、全回転・全並進を部分系とみな
したときのエネルギー緩和などをモニターした結果、個々の回転、並進内の強い混合・
速い緩和とは対照的に、全回転と全並進の間で等分配を実現される時間が、異なる自由
度間の結合が弱くなるにつれて長くなる傾向が明確に現れた。より詳細なメカニズムと
しては、
- 過剰に回転に移動したエネルギーは、運動のタイムスケールの違いから、
並進に移動するよりは周辺の回転と結合しやすく、回転エネルギーの部分系内でのエネ
ルギーの授受が活発に行われる、
- いったん過剰になった回転のエネルギーは並進成分
に移動しにくく、回転->並進に隘路が存在する、
- 近い運動のタイムスケールをもつ
それぞれの部分系内での緩和は、部分系間に比べて速やかに進む、というようなことが
見られる。ここで、回転の部分系内でエネルギー交換が効果的に行われる機構が、分子
のfree rotationではなく、librationであるのは言うまでもない。
内部自由度間のボトルネックの存在と内部自由度内の混合は、最近のハミルトン力学系
の摂動論からの帰結と全くconsistentであり、また自然な描像でもある。ここで注目し
た並進・回転に限らず、タイムスケールの異なる内部自由度をもつ分子集団系で起きて
いるさまざまなエネルギーの流れ、再分配の過程も今後このような観点から考える必要
があるように思われる。
<発表された文献>
- A. Shudo and S. Saito
"An origin of slow relaxation in Hamiltonian systems with
internal degrees of freedom: liquid water case"
in preparation
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