真空紫外領域における分子およびクラスターの非線形ダイナミクス

東京大学大学院理学系研究科 山内 薫


真空紫外 (VUV) 領域のレーザー光によって高励起状態に励起された分子(文献 1-4 )および原子クラスター(文献 5,6)の非線形ダイナミクスを明らかにすることを目 指し、

[1] VUV-PHOFEX法による OCS の 1Σ+ 状態の光解離ダイナミクス
[2] 真空紫外域 H2O 1B1状態における回転前期解離ダイナミクス
[3] 真空紫外領域における XeAr の光解離ダイナミクス

について研究した。いずれのテーマにおいても、波長可変真空紫外レーザー光源を光 解離光源として用い、その分解能の高さと波長可変であるという特徴を生かし、高励 起状態における解離のダイナミクスに注目した。

[1] VUV-PHOFEX法によるOCSの1Σ+状態の光解離ダイナミクス(文献 1-3)  真空紫外光は、分子を直接遷移領域へと励起する。従って、真空紫外領域の分子の 吸収スペクトルは、遷移状態における分子のダイナミクスに関する貴重な情報を提供 する。多原子分子の吸収スペクトルは、多くの場合、幅の広い構造のはっきりしない ものが多い。ところが、OCS の真空紫外領域 (140-160 nm) における1Σ+-1Σ+バン ドの吸収スペクトルは、比較的幅の狭いピークから成る特徴ある振動構造を示す。本 研究では、波長可変真空紫外レーザー光を光解離光源として用い、ジェット条件下で 冷却された OCS について、その1Σ+-1Σ+バンドの全領域の光解離フラグメント励起 (PHOFEX: Photofragment excitation) スペクトルを S(1S) フラグメントを検出する ことによって測定した。そして、その振動構造に着目し、解離性の1Σ+状態のポテン シャルエネルギー曲面上におけるフェムト秒領域で起こる解離反応のダイナミクスに 着目した。その結果光解離反応の遷移状態のダイナミクスが、振電構造とスペクトル ピークの示す非対称な Fano 線形に明確に反映されることが明らかとなった。

[2] 真空紫外域 H2O 1B1状態における回転前期解離ダイナミクス(文献 4)  H2O の 1B1 - 1A1 遷移のオリジンバンド (124.4 - 123.7 nm) は、回転構造 が観測可能であるほど、寿命が長いことが知られている。そこで、電子励起 A2Σ+ 状態に生成したOH フラグメントの蛍光をモニターすることによって、H2O の 1B1 - 1A1 遷移のオリジンバンドの励起スペクトルを測定した。その結果、前期解離過 程に顕著な回転量子数依存性が存在することが明らかとなった。得られた励起スペク トルの回転構造の解析に基づいて、電子励起 OH フラグメントが生成する機構が、H2 O の 1B1状態と 1A1状態との間の orbital-rotation 相互作用であることが明ら かとなった。励起スペクトルの測定に必要な、124.4 - 123.7 nm の真空紫外光は、 色素レーザーの2倍波と光パラメトリック発振 (OPO) レーザーのアイドラー光を用 いた2光子共鳴4周波差混合の方法 によって発生させている。

[3] 真空紫外領域における XeAr の光解離ダイナミクス(文献 6)  波長可変 VUVレーザー光を励起光源とし、超音速ジェットで冷却された XeAr を基 底状態から C1 状態へ励起し、さらに波長 425.11 nm のレーザーでイオン化した。 生成された XeAr+ イオンとXe+ イオンを高分解能リフレクロン飛行時間型質量分析 器で同時に検出し、 C1- X0+(v',0) (v'= 2 - 6) の各振電遷移の回転スペクトルを 高い分解能で測定した。その結果、XeAr 分子が C1 状態において回転前期解離反応 を起こすことを突き止めた。そのうち、一方は C1 状態と解離性状態 W = 0- との電 子−回転相互作用によって起こる回転量子数に依存する前期解離チャンネルであり。 そして、もう一つは、Xe 6s(3/2)1 あるいはXe 6s(3/2)2フラグメントに相関する解 離性状態への回転量子数に依存しない前期解離チャンネルである。得られた回転構造 の解析により、これら二つの競争する前期解離解離過程の振動量子数依存性を明らか にした。

<発表された文献>

(1) K.Yamanouchi, K.Ohde, A.Hishikawa, and C.D.Pibel "Photodissociation and vibrational dynamics of OCS in the VUV region" Bull. Chem. Soc. Jpn., 68, 2459-2464 (1995).
(2) K.Yamanouchi, K.Ohde, and A.Hishikawa "Photodissociating small polyatomic molecules in the VUV region: Resonances in the 1S+ - 1S+ band of OCS" Adv. Chem. Phys. 101, 789-797 (1997)
(3) A.Hishikawa, K.Ohde, R.Itakura, S.Liu, K.Yamanouchi, and K.Yamashita "Femotosecond transition state dynamics of photodissociating OCS on the excited 1S+ potential energy surface" J. Phys. Chem. 101A, 694-704 (1997)
(4) S. Liu, A. Hishikawa, and K. Yamanouchi "Rotational predissociation dynamics of H2O(1B1) by VUV laser-induced photofragment fluorescence spectroscopy" Bull. Chem. Soc. Jpn. 71, 355-362 (1998)
(5) C.D.Pibel, K.Ohde, and K.Yamanouchi "Tunable VUV laser spectroscopy of XeAr and XeNe near 68,000 cm-1: Interatomic potentials mediated by a 6s-Rydberg electron" J.Chem.Phys. 105, 1825-1832 (1996)
(6) S.Liu, A.Hishikawa, and K.Yamanouchi "Mass-resolved VUV laser spectroscopy of XeAr: Predissociation in the C1 state" J.Chem.Phys. 108, 5330-5337 (1998)


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