2007年、本研究会の会誌『風絮』は、財団法人橋本循記念会の第十七回「蘆北賞」(学術誌部門)を受賞いたしました。

 橋本循記念会は、『中国文学思想論考』『訳註楚辞』『王漁洋』等の著書で知られる立命館大学名誉教授・橋本循博士(号蘆北、1890−1988)の遺徳を偲び、そのご遺志を継承して、中国を中心とする東アジアの学術文化の発展に寄与すべく設立されたもので、留学生への奨学金支給および中国学における優れた研究業績(論文、著書、学術誌の三部門)に対する「蘆北賞」の授与などの活動が行われています。
 2007年11月15日、からすま京都ホテルにおいて第十七回「蘆北賞」の表彰式が行われ、橋本循記念会の清水凱夫理事長より表彰状と副賞賞金50万円を授与されました。宋詞研究会を代表して東海学園大学の松尾肇子さんが出席し、感謝の言葉を述べられました。

 『風絮』がこの名誉ある蘆北賞を受賞いたしましたのは、ひとえに会員各位ならびに関係者の皆様の御支援の賜物であり、あらためて厚く御礼を申し上げます。ここに受賞の御報告を申し上げますとともに、ますますの御指導御鞭撻をお願い申し上げる次第です。
 以下に、松尾さんによる「第十七回『蘆北賞』受賞のことば」を録し、さらなる精進への思いを新たにしたいと思います。

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第十七回「蘆北賞」受賞のことば

 『風絮』を発行している宋詞研究会から理事を代表して賞をお受けしにまいりました、松尾肇子でございます。
 このたび名誉ある「蘆北賞」を受賞し、一同たいへん光栄に思っております。
 『風絮』は、詞を専門に研究・紹介する雑誌です。詞といいましても、言偏に寺を書く詩ではなく、言偏に司どるの詞です。中国ではこの二つを並べて詩詞と称するのですが、日本では、専門家はともかく、一般にはまだそれほど知られてはいません。
 詞、ややこしいので別称で「詩餘」といいますが、これは唐の時代にうまれ、宋代に隆盛をきわめた歌です。それで私どもも宋詞研究会と名乗っておりますが、これは便宜上でありまして、時代や地域を区切っているわけではございません。

 日本では詩餘は室町・江戸・明治と一部の好事家に愛好されていましたが、研究が開始されたのは昭和になってからと言っていいと思います。詩餘の専著は戦後になってようやく公刊された状況でして、京都にゆかりの中田勇次郎先生、村上哲見先生、東京では青山宏先生が第一世代と言えましょう。
 これらの先生方は各地で孤軍奮闘、道を切り開いてこられた先達で、私どもはこれらの先生に直接に、あるいは間接に、学恩を被っています。そしてようやく私たちの世代になって、こうした会を結成できるだけの研究者がでてきたということです。
 このたび受賞の栄に浴しました『風絮』は、まだわずか三号でして、これまで蘆北賞を受賞した雑誌の数々に比べて、いかにも幼く、世間で言うところの「三号雑誌」になる危うさはないのかといぶかしく思われてもしかたないところです。
 ただ、宋詞研究会には前身として「『詞源』輪読会」があり、その発足は1991年3月にさかのぼります。
 『詞源』という詩餘に関する文芸批評の書物を読むこの会は六人のメンバーで、1999年までに順次五冊を自費出版しました。
 それが一段落したところで、それまで読者として応援してくれていた村越貴代美さんからの提案があり、『詞源』輪読会とは若干の出入りがありますが、30代40代の8名の有志が発起人となって、2003年6月に宋詞研究会が発足しました。
 『風絮』は本邦初の詞学専門雑誌です。けれどもはじめに述べましたように、日本ではそもそも詩餘というジャンルがそれほど知られていません。ですから、私どもは、この雑誌をできるだけ多くのかたに手に取っていただきたい、詩餘に関心を持ってくれる人を増やしたい、と希望しています。
 そのためにいくつか工夫しました。
 まずは、少々学術雑誌らしくない表紙をデザインしてもらい、巻頭にはカラー写真も入れて、いくつかの中国書専門書店の店頭に置いてもらっています。
 それから訳注をふたつ連載しています。
 『詞学名詞釈義』は詩餘に関する用語の解説集ですので、詩餘のことはよく知らないという人には入門の手引きになるでしょう。
 『唐宋名家詞選』は中国でロングセラーの選集で、掲載の作品は折り紙付きの名作。そして、自分も読んでみたいという人はだれでも参加できます。というのも、この訳注はインターネット上のメーリングリストに投稿して意見交換する、という方法にしたからです。

 もちろん専門誌としても読むに耐えるものでありたい。
 さいわい学術論文は、村上・青山両先生がご寄稿くださったり、若手の投稿があったりして、かなり高い水準にあると自負しています。
 さらに二号からは中国で発表された論文の中から秀作を日本語に翻訳して紹介しています。その翻訳掲載の許可は会員の人脈を駆使して得ています。
 逆に創刊号所収の村上先生の論考は、早速中国語に翻訳されて中国の雑誌「詞学」第17輯に掲載され、『風絮』へのエールもちょうだいしました。
 最近、中国・台湾・香港・マカオなどからの問い合わせや購入希望が入るのも、専門誌として評価されているからだろうと思います。

 雑誌名の『風絮』というのは、春の終わりに柳が風にのせて飛ばす綿、柳絮のことです。ふわふわと風に乗って飛んでいく綿の中には小さな種があります。
 私たちは、このささやかな雑誌が詩餘というジャンルの研究を広める種になれればよいと願っておりますし、今回の蘆北賞は、柳絮をさらに遠くとばす風のように思われます。
 私たちの研究活動に注目してくださった橋本循記念会関係者の方々にこころより感謝いたします。
 そしてその期待に違わぬよう精進することをお約束したいと思います。
 本日はまことにありがとうございました。

2007年11月15日 からすま京都ホテルにて
松尾 肇子