編集後記

中学校時代の恩師がその出身中学の校長先生をしている縁で、 講演を依頼された。中学生に自身の進路を考えてもらう きっかけとして、各界で仕事をしている先輩の話を 聞こうというセミナーのシリーズとして、1時間ほど話を して欲しいということであった。

一般向けの講演をしたことはあったが、中学生相手は 初めてであったため、だいぶ戸惑いはあったが、「宇宙を調べる」という 漠然とした題をつけておいて内容は後で考えることにした。 自分自身中学校時代の夏休みに同級生と流星観測をしたことが 今のような仕事をしているきっかけになっているので、 そのときの話や、高校入試後すぐにウェスト彗星を見たときの 感激の体験の話をすることも考えたが、やはり思い直して 現在研究されている宇宙の姿の一端を紹介することに した。「宇宙」は相変わらず一般の関心を引きやすいテーマであるが、 多くの場合漠然とした神秘的なイメージと してしかとらえられていないと感じることが多いので、 どういう方法で調べてどういうことがわかっており、まだわからないことは なにか、ということを伝えるために具体例を紹介していこうと考えた。 「すばる」(ハワイの光学望遠鏡)や「あすか」(X線衛星)、 「カンガルー」(日豪共同のガンマ線望遠鏡)、野辺山の電波望遠鏡 などの観測装置の仕組みと、活動銀河核やパルサーなどの比較的 「新しい」天体を紹介するビューグラフを用意して臨んだ。

地方都市の近郊の中学校の暖房の十分効かない体育館での一時間ほどの 講演であったが、拙い話を聴衆はおとなしく(おとなしすぎる?)聞いてくれた。 驚かされたのは、その後で校長先生と夕食を共にしながら見せていただいた 生徒の感想文集であった。こちらが期待していたのよりはるかに 生徒たちの理解は高かった。話慣れない早口の私の話をずいぶん真剣に 聞いてくれていたのだと感激すると同時に、こちらの教養不足が 露見しているのではないかと少々恥ずかしい気もした。 講演の最後で地球外生命体と接触できる可能性を見積もるドレークの 方程式の話をして、接触は簡単ではないことを言ったのだが、 その部分をやや誇張して「宇宙人はいる」と言うタイトルの記事にした 地方紙に比べ(報道自体は大変ありがたいことであったが)、 生徒たちはこちらの意図をよく理解してくれていた。 理科離れが叫ばれる中、この世代はまだまだ自然を理解することが 面白いと感じる力を失っていないのでは、というやや希望的な感想を 持たせてくれた。

日本天文学会では一般向けなどの講師を登録しておき、要望に応じて 紹介する仕組みをつくるべく動き出したようである。物理学会でも このような地道な取り組みからいわば「草の根」活動を行っていく 必要があるのかもしれない。

森 正樹


日本物理学会会誌 第56巻第6号 (2001)