震災アスベストについて(2009~2012年度頃の政策提言、研究報告・シンポジウム)

震災アスベストへの提言

災害時におけるアスベスト災害の防止に向けて

 災害時には、様々な問題が顕在化します。その1つにアスベスト問題が挙げられます。日本のアスベスト災害として、将来、重大な影響を与えると考えられるのが、1995年の阪神淡路大震災とその復旧・復興過程における労働者・住民のアスベスト曝露です。すでに倒壊建築物の解体作業に携わった労働者が中皮腫に罹患し、労災認定を受けています。 アメリカでは、2001年9月11日に発生した同時多発テロによるワールド・トレード・センタービル(WTC)の崩壊により、建物に使用されていた大量のアスベストが飛散し、救助や除去に関わった人々の健康が問題になっています。 このような災害時のアスベスト被害を明らかにすることが重要だと考え、調査・研究成果の発表を行い、被害の防止、リスクを抱えた者の健康管理、被害者の救済の制度の充実等の提言を行いました。
 また、東日本大震災の救援・復興に際しても、これまでの教訓をふまえていただくべく、緊急提言を行いました。

災害時におけるアスベスト災害の防止に向けての提言 2010年1月17日

<市民・国・自治体・企業等のアスベストの再認識>
1.アスベストの危険性とアスベスト対策の必要性・重要性を、市民・国・自治体・企業等が再認識すること

 アスベスト問題は、過去の問題ではありません。日本にはアスベストが使われた建築が数多く残っています。建材などのアスベストの管理しだいでは、新たなアスベスト被害を発生する可能性があります。今一度、アスベストの危険性と対策の必要性・重要性を再認識する必要があります。また、阪神・淡路大震災やWTC倒壊によるアスベスト問題の経験が示すように、非常時の対策が困難であることを認識したうえで、可能な対策を事前にとっておく必要があります。

<阪神・淡路大震災被災地域における対策>
2.解体工事従事者中心のアスベスト疾患健康モニタリング調査の総合的プログラムの立案

 被災地域で解体作業従事者や住民の方々には、アスベスト疾患のリスクがあります。特に解体工事等の従事者は、健康状態の経過を観察することが重要です。そのため、解体作業従事者を登録する制度を構築する必要があります。登録された方に対しては、当時のアスベストばく露の実態を把握し、より多くばく露をした方に対しては健康モニタリング調査を実施する必要があります。また、当時応援で解体工事に従事した方やボランティアについても、アスベストの危険性を周知するとともに、健康状況を追跡モニタリングする必要があります。住民の方々に対しても、環境ばく露による発症の可能性もあることから、健康状況の経過観察をする必要があります。

<平常時における対策>
3.アスベスト使用建物の実態調査、把握と広報、除去の促進

 非常時に問題のある建物を事前に把握するために、アスベスト使用建物の実態調査とその情報を広く住民に周知する必要があります。このことは、震災時の非常時だけでなく、平常時におけるアスベスト使用建築物が適切に管理されているかの監視にも有効です。アスベストの除去は、大地震発生の可能性の高い地域から、吹き付けアスベストを中心に除去を求める必要があります。

4.解体工事等における飛散防止対策と廃棄対策の徹底

 震災時の建物解体は、アスベスト使用建築物等の解体に対する正確な知識を広く普及し、解体作業のための専門家を育成する必要があります。解体時には、解体手順等の徹底を図るために、政府や自治体による監督体制の強化や罰則の構築、企業モラルの形成などの方策が求められます。

<震災時における対策>
5.マスクの装着

 震災発生直後および解体現場の周辺では、アスベスト飛散の完全な防止は困難です。住民や工事関係者などは可能な限りマスクをつけることが、アスベストばく露に対する第一の防止策となります。一般のマスクでは、アスベストを完全に排除できませんが、最近アスベストを排除できる比較的安価なマスクが開発されています。このマスクを備蓄し、震災時にはまず装着することが重要です。

6.解体工事における飛散防止対策と労働安全性確保の徹底

 震災時は混乱し、アスベストの確実な調査や解体手順が守られない可能性があります。そのため、震災時等におけるアスベスト仕様建築物等の解体手順を確立し、自治体だけでなく、建設業者や関係者および住民に周知する必要があります。とりわけ、解体労働者の労働時の安全性を確保するとともに、周辺住民等の環境ばく露のリスクを最小限にする方策をとる必要があります。

7.震災発生時における体系的な環境調査の実施

 被災地において、どの程度のばく露リスクがあるかを把握するために、空気中のアスベスト濃度調査を被災地全体にわたって行い、環境を監視するとともに、解体現場周辺などの飛散可能性の高い地点において重点的な環境調査を行う必要があります。

8.地域防災計画における震災時のアスベスト対策の明記と確実な実行

 震災時等におけるアスベスト対策は自治体の地域防災計画に明確に位置づけ、対策手順を確実に実施できるような体制を整える必要があります。環境省の「災害時における石綿飛散防止に係る取り扱いマニュアル」を踏まえつつ、体系的な対策を構築し、備えておかなければなりません。

<今後の対策>
9.ノン・アスベスト社会の追求

 震災時等のアスベストばく露のリスクを軽減するためにも、建築物に残存したアスベストをなるべく早く適正に除去し、アスベストが存在しないノン・アスベスト社会を構築することが求められます。そのために、戦略的なアスベストの除去・維持管理方策の実施を図る必要があります。

10.アスベスト問題について総合的に調査し、対策を立案・検討する機関の設置

 今後、このようなアスベスト対策を推進していくためには、住民や行政、研究者が緊密に連携し、対策を推し進める必要があります。対策を推進するために総合的な調査・研究・対策立案機関を設置する必要があります。

東日本大震災救援・復興に際しての「震災アスベスト緊急対策について」の提言 2011年3月21日

 未曽有の震災に当たり、救援や復旧にご尽力いただいていることに心から敬意をはらいます。
 私達はアスベスト災害と震災アスベスト問題について国際的に調査研究をしているグループです。阪神・淡路大震災では地震直後と解体工事にあたり、アスベストが飛散し、この対策が遅れたために、直後には呼吸器疾患患者が大量に発生し、その後工事関係者の中に中皮腫(がん)の死者が出ています。
 この経験から貴地域で解体工事が始まるにあたり、アスベスト防災について必ず実行していただきたい緊急な対策があり、以下に勧告いたします。

1.震災直後と解体現場の周辺ではアスベスト飛散の完全防止は困難です。特に工事関係者は専用の防じんマスク着用を義務づけ、住民、ボランティアの方々には少なくとも一般マスクだけでも着用させるように手配すること。
2.アスベスト使用建物についての解体工事については、最低限、環境省「災害時における石綿飛散防止に係る取り扱いマニュアル」に従って応急対策をとること。
3.アスベスト使用建物が不明の場合には、1996年以前の建物には厳重注意をして作業を徹底すること。
4.アスベストの危険について工事関係者のみならず住民やボランティアに周知徹底すること。今後の追跡的な健康調査のために、工事関係者およびボランティアについては登録制度を設け、氏名・作業場所・作業内容等を記録すること。
5.アスベスト濃度測定について恒常的な定点観測をし、撤去現場での測定も随時実施すること。
6.工事監督者や環境測定の専門家による安全確認の監視などの体制をとること。

 阪神・淡路大震災や9・11のニューヨークのワールドセンター爆破事件の際のアスベスト対策とそれから得られた教訓にもとづく対策を『終わりなきアスベスト災害―地震大国日本への警告』(岩波ブックレットNo.801)に書いていますので、ぜひ参考にしてください。
※本提言のPDF版はこちら


震災アスベスト緊急対策についての勧告その2 2011年8月12日

 未曽有の震災に当たり、復旧・復興にご尽力いただいていることに心から敬意をはらいます。
私達はアスベスト災害と震災アスベスト問題について国際的に調査研究をしているグループです。阪神淡路大震災では地震直後と解体工事にあたり、アスベストが飛散し、この対策が遅れたために、直後には呼吸器疾患患者が大量に発生し、その後工事関係者の中に中皮腫(がん)の死者が出ています。
この経験を踏まえ、3月21日に6項目の勧告をさせていただきました。その後、関係団体と協力しながらの被災地における大気中のアスベストの濃度測定、被災建物の吹き付け材のアスベスト含有の検査等を行い、複数の被災建物において、アスベスト含有吹き付け材が使用されていることを確認いたしました。(調査結果報告については中皮腫・じん肺・アスベストセンターのウェブサイトを参照してください)その後、国や県、被災市町村にがれき処理及び建物解体における対応の実態について、一部の自治体でのヒアリングを行ってきました。これらの調査を踏まえ、下記2点について勧告させていただきます。

提言1 被災建物吹付けアスベスト解体前事前調査の実施
 今大震災は都市部における被災は多くないため、被災建物に吹き付けアスベストが使用されている可能性は都市部震災に比べて低い。しかし、我々の調査でも、アスベスト(クロシドライト、アモサイト)含有吹き付け材が使用されている建物が確認されている。これらの建物は、特に覆いをかけられることもなく放置されている。これらの建物の解体に際しては、アスベストの使用の有無が事前にチェックされ、適正な措置が取られなければならない。
 そこで、被災エリア等調査範囲を設定して、解体前の事前アスベスト調査を被災建物に行うべきである。その際、被災市町村の負担を考慮し、事前調査に対する国の予算措置を早急に図ったうえで、調査実施体制を組み、県や市町村との連携のもとに実施するべきである。調査実施体制については、地元の建築士関係機関やアスベスト検査機関などを活用し、地元で体制が取れない場合は全国の機関を活用するべきである。

提言2 アスベスト含有の可能性のある成形板等のがれき処理の徹底
 がれき集積場(仮置き場)では、アスベスト含有が疑われる成形板が非常に細かく破砕されている(写真参照)。環境省の「石綿含有廃棄物等処理マニュアル(第2版)平成23年3月」では、石綿含有廃棄物は「飛散防止措置をとること」と「中間処理としての破砕禁止」とされている。がれき集積場の成形板等の状況は、このマニュアルに適合しているとは言い難い。アスベスト含有の恐れのある成形板等の石綿含有廃棄物処理の破砕・飛散防止措置の徹底をはかるべきである。さらに、これらは、がれき処理場だけでなく、建物解体・分別時においても厳格に適用するべきである。
 業者による適正処理の実効性を担保するため、自治体がパトロール等によって監視・指導を行われなければならない。市町村の体制がとれない場合、県や国による補完・支援をすべきである。
※本提言のPDF版はこちら


震災アスベストに関する主な調査・研究発表

◇シンポジウム「潜むアスベスト被害の危険」 ~阪神・淡路大震災と9.11ニューヨークWTC崩壊の教訓~

<開催日時> 2010年1月17日(日)    <共 催>  神戸新聞社 
<会 場>  神戸メリケンパークオリエンタルホテル
<プログラム>

 実態報告  大震災とアスベスト
発生から15年「復興」に隠された被害
 神戸新聞社論説委員兼編集委員
  加藤 正文
 基調講演1  震災アスベスト問題が発する警告  立命館大学政策科学部客員教授、
 大阪市立大学・滋賀大学名誉教授
  宮本 憲一
 基調講演2  建築物のアスベスト飛散と発症  環境再生保全機構顧問医師
  森永 謙二
 特別講演  阪神・淡路大震災によるアスベスト曝露リスクと
 WTC救護者と復旧労働者の健康影響に対する医学
 モニタリング治療プログラムの展開
 マウント・サイナイ医科大学医師
  ステファン・レビン
 パネルディスカッション  震災アスベスト対策の確立に向けて
1.震災・復興時に何が起こり、何が問題であったか
2.今後の震災発生時のアスベスト対策のあり方
 環境監視研究所所長
  中地 重晴
 環境再生保全機構顧問医師
  森永 謙二
 神戸新聞社論説委員兼編集委員
  加藤 正文 
 立命館大学政策科学部特任教授
  高田 彰
 立命館大学政策科学部教授
  石原 一彦
 立命館大学政策科学部教授
  森 裕之
 提 言  震災時におけるアスベスト災害の防止に向けて  


 この成果は、岩波ブックレットNo.801「終わりなきアスベスト災害ー地震大国日本への警鐘ー」にまとめています。
宮本憲一、森永謙二、石原一彦『終わりなきアスベスト災害-地震大国日本への警告-』岩波ブックレット、2011年

◇地域防災計画等におけるアスベスト対策に関する自治体アンケート調査

<対象自治体> 全都道府県、全政令市、全県庁所在都市、全特別区、および首都圏(東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県)の全市町村、東南海(静岡県、愛知県、三重県、和歌山県)の全市町村、近畿(大阪府、京都府、兵庫県、滋賀県、奈良県)の全市町村計616自治体(地域防災計画担当者に依頼)
<実施日>   2010年5月21日~8月14日
<調査方法>  郵送による送付・回収

 調査結果については、下の2011年1月16日実施のシンポジウム資料内の平岡和久報告をご参照ください。

◇シンポジウム「終わりなきアスベスト災害」-震災大国日本におけるストックアスベスト対策の確立に向けて-

<開催日時> 2011年1月16日(土)    <後 援>  岩波書店、神戸新聞社
<会 場>  神戸メリケンパークオリエンタルホテル
<プログラム>

 基調講演  「終わりなきアスベスト災害」
  宮本 憲一(立命館大学政策科学部客員教授、大阪市立大学・滋賀大学名誉教授)
 パネルディスカッション  

 「建築物のアスベストと中皮腫のリスク」
  森永 謙二(環境再生保全機構石綿健康被害救済部顧問医師)

 「復興災害としてのアスベスト被害」
  塩崎 賢明(神戸大学工学部教授)

 「正念場のアスベスト対策-尼崎・泉南・神戸の問うもの-」
  加藤 正文(神戸新聞社論説委員兼編集委員)

 「地域防災計画等におけるアスベスト対策に関する自治体アンケート調査結果について」
  平岡 和久(立命館大学政策科学部教授)

 「WTCとアスベスト問題―政治経済学の視点から―」
  森 裕之(立命館大学政策科学部教授

シンポジウム資料

環境経済・政策学会2011年大会(長崎大学)での震災アスベスト問題に関する研究報告

2011年9月23日 「震災時におけるアスベスト災害とその対策 -東日本大震災でのアスベスト被害防止に向けての検討-」(報告者:南慎二郎)
大会プログラムおよび報告要旨はこちら

シンポジウム 災害時におけるアスベスト問題と健康被害 ~東日本大震災を中心に~

主催:立命館アスベスト研究プロジェクト
開催日:2012年2月25日(土) 13:00~17:30
会場:仙台市戦災復興記念館 記念ホール
※参加費無料、事前登録不要

プログラム予定
基調講演1 「震災アスベスト問題にどう対処するか」
  石原一彦(立命館大学政策科学部)
基調講演2 「東日本大震災によるアスベスト・粉じん健康被害問題」
  広瀬俊雄(仙台錦町診療所・産業医学センター)
特別講演  「韓国での船舶修理・解撤におけるアスベスト健康被害リスク」
  カン・トンムク(釜山大学、韓国アスベスト関連疾患研究センター)
パネルディスカッション 「災害時におけるアスベスト問題の発生とその対策」
 パネラー:
  ・外山尚紀(東京労働安全衛生センター)
  ・平岡和久(立命館大学政策科学部)
  ・南慎二郎(立命館大学グローバルイノベーション研究機構)
  他(調整中)
 コーディネーター:森 裕之(立命館大学政策科学部)
総括コメント
  宮本憲一(大阪市立大学・滋賀大学名誉教授、立命館大学客員教授)

シンポジウムチラシ(PDF)

環境経済・政策学会2012年大会(東北大学)での企画セッションの開催

大会プログラム
企画セッション「震災・原発事故と環境問題 -廃棄物・放射線・アスベストを中心に」
<報告>
1 震災廃棄物の安全性と受入処理の課題(報告者:立命館大学・小幡範雄)
2 原子力災害に伴う放射線リスクのコミュニケーションに関する現状と課題(報告者:東京工業大学・村山武彦、早稲田大学・板谷創平)
3 震災被災地でのアスベストリスク状況についての実態と対策(報告者:立命館大学・南慎二郎)
※報告資料は本人の了解を得ている分のみ掲載

二元中継シンポジウム「震災とアスベスト-1.17から3.11へ」の開催

ひょうご労働安全衛生センターとの共同での主催にて、2012年度も震災アスベスト問題についてのシンポジウムを行います。今回は神戸と東日本大震災被災地(宮城県石巻市)を二元中継で結び、阪神・淡路大震災での経験・教訓や、被災地の現状と課題等について検討します。ご興味、ご関心のある方は奮ってご参加ください。
開催日時:2013年1月12日(土)13:00~16:00
神戸会場:神戸市勤労会館 大ホール
石巻会場:石巻市労働会館
シンポジウムチラシ(PDF)