大学審議会答申の問題点

社会と市民の将来像持たず

大学自治を攻撃 管理運営、財政面から制約

『京都民報』1998年12月13日号

(タイトル、見出しは『京都民報』編集部によるものです)


 今日の大学は、エリートに特別な知識や技術を授けるのではなく、すべての市民が必要とする知的な能力の形成を目指すものである。とすれば、近い将来の日本の社会の中で、大学がどのような役割を果たしていかなければならないのかを考えるとき、もっとも必要なのは、これからの民主主義社会と市民のあり方を見通し、それに適合する大学教育の理念を探求することである。

 10月26日に出された大学審議会答申の最大の問題点は、それが、社会と市民のあり方の将来像を持たず、現行の政策の大枠を追認して、その延長線上の施策の提起に終わっている点である。

「多様・個性化」の名で格差拡大

 答申は、「21世紀の大学像と今後の改革方策について--競争的環境の中で個性が輝く大学--」と題され、「多様化・個性化」のもとでの競争の強化という、ここ10年来進められてきた大学再編の基本方針を踏襲している。しかし、「多様化・個性化」の名の下でもちこまれようとしているのは、政策的に重点とされる分野や教育研究機関と、そうでない分野や機関との間の格差づけである。

 たとえば答申は、全体としての入学定員の抑制(96年度の80万人から2009年度以降70万人規模へ)を続ける一方で、大学院在学者の大幅な増(現在の18万人弱から25万人、さらには30万人へ)を打ち出している。これは一部の国立大学を中心にすでに進められている「大学院重点化政策」の延長線上にあるものである。

 答申は、こうした政策を進めるに当たって、国立大学の学部規模の縮小をも打ち出している。これには、大学院重点化によって、予算等の面で優遇を受ける一部国立大学とそれ以外の大学の格差を広げるという、いわば外枠の問題点があるが、そればかりでなく、このようにして大学院重視の大学とそうでない大学を作り出すことは、研究活動と教育活動の分離を生み、研究と教育の双方の停滞を生ずるのではないかという、教育・研究の質自身にかかわる問題がある。大学院の拡充は、より高い知的・技術的スキルをもったいわゆるハイタレント層の養成の役割を、学部から大学院に移そうというものであるが、学部段階の教育の充実、とりわけ量的にも大きな比重を占める私立大学での教育条件の改善に投資することなしに、求められる能力をもつ大学院修了者を送り出すことはできないであろう。

現状批判世論に迎合し圧力

 一方、答申は、「課題探求能力の育成を目指した教育研究の質の向上」を掲げ、単位登録から授業の方法、成績評価にいたるまで、事細かな提案を並べている。これは、過大な人数の講義、学生と教員の希薄なコミュニケーション、甘すぎる成績評価といった、一般に広まった大学へのマイナス・イメージを背景にしている。

 確かに、こうした否定的なイメージには根拠がないわけではない。しかしこれは、「わが国は先進諸国と比較して国内総生産や公財政支出全体に占める高等教育に対する公財政支出の割合が少ない」と答申も述べているように、大学の財政基盤が貧弱であり、十分な施設や人員が確保できないことが根本的な原因である。現状でも、大学人の努力で改善できる面を改善するのは当然であるが、多くの教職員は、教育の改善のためにすでに限界に近い努力を行っている。こうした点で改革への圧力をかけるために、大学の現状に批判的な世論に迎合しようとするのは、卑劣だとさえ言える。

 答申は、「厳しい財政状況や大学等に期待される役割等も踏まえつつ、積極的に改革に取り組んで成果をあげている大学等を重点的に支援していく」と言う。ここにも見られるように、答申を作った人々は、上から見た「重点」や、目新しい「努力」を行っているところには金を出そうとするが、社会全体にとって必要な高等教育の基盤はどのようなものであり、それをどう作り出していくのかということは念頭にないかのようである。これは、18歳人口の減少の中で、現実に存立の危機に立たされているものも少なくない高等教育機関の現状を前にしては、まことに失望させるものと言わざるを得ない。

批判的検討と世論形成急げ

 さらに問題なのは、答申が、これまでの大学運営の基本であった学部単位の教授会自治を攻撃し、学長を頂点とした全学的な執行機関の権限強化を掲げると同時に、それについての「法制度の明確化」をうたっている点である。答申は、管理運営体制に関しては、「個性」のスローガンとは裏腹に、一定の方向に法的な枠をはめようとしている。この答申を受けた(あるいは先取りした)法律案は、次期通常国会へ提出すべくすでに準備中であると言われる。また、答申は、大学に対する外からの評価(第三者評価)システムを導入し、その評価に応じて資源配分を行うとも述べている。

 これら、管理運営、財政の面から大学の意思決定に制約を課す方策は、急速に実行に移されると考えられ、批判的検討と世論の形成が急がれている。

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