2001年1月31日(水)
●まずはさくやぶんへのちゅうき――「あついおゆのなかにはいってもゾクゾクとさむけがする」のひょうげんではたいおんは40どをくだるまいことがあんじされる。そこまではたかくなかった。38どだい。で、ときどきゾクッときたというのがただしい。
●きょうはねつは37どだいにさがっている。すこしラクである。あしたのあさでクスリがきれることもある。こんばんでひいてほしいが。
●そつろんのしもんのけん――浅田彰が坂本龍一にまつわって「ともだちはひはんできない」といったことをりゅうようすればそれなりにこじんしどうをくりかえしてできあがったそつろんをまっしょうじきにひはんできない。せんじつのうちあげコンパ[1月24日(水)cをさんしょう]では「しもんはきびしいから」とよこくしていたのにコシクダケである(笑)。
●それにしてもきょういんによってしもんへのとりくみがずいぶんちがう。しんにんのTせんせいはもうすこしやさしいかとおもったらけっこうきびしいしつもんをあびせるばめんもあった(笑)。こまるのは(なまえはあげないが)「きみのもんだいいしきがよくつたわってこない」しきのあいまいなかんそうをどうどうとかたってしまうひと(けっきょくそういうかんそうがいつもくりかえされる)。アナタがよくよめていないのではありませんか?――とがくせいほんにんも「しゅさ」としてのぼくもといかえしはしないが。
●あすはしかし「しゅさ」としての九めいのほかに「ふくさ」として五めいのしもんにかかわる。これはしっぴつプロセスにかかわっていないのできちんとゼロからよまなければならない。もちろんこれからのさぎょう。(さきおくりにしてきた『武蔵野美術』ようげんこうのちょしゃこうせいもある…。)
●三つうえのこうもくで「[1月24日(水)cをさんしょう]」とかいてしまってそのけっかとしてこんやが『青い鳥』のほうそうびであることをおもいだした(笑)。せんしゅうはねむくてみなかったがこんしゅうはあるめいかくないしをもっておなじこうどうをとる。やはりおとなだ。[23:28]
2001年1月30日(火)
●カゼがあっか。ひるま(ごごはずっとかいぎだった)もしんどかったがゆうがたからどれだけきこんでもあついおゆのなかにはいってもゾクゾクとさむけがする。だがむりをしたのはじぶんだからだれのせいにもできない。すくいはこんかいはぜんそくのしょうじょうはいっさいでないということだ。いずれにしてもゆうしょくのあと一じかんほどまえまで「かみん」をとったのだがこのままねむりつづけることができたらどれほどしあわせであろう。それがゆるされないのはあすからそつろんのしもんがあるからである。あさの9:30からとりあえず十めい。よくじつは十四めい。とうぜん「いちやづけ」というそくめんがあることはかくせないがそつろんをていしゅつしたしょくんにしつれいがないようにせいぜいきのきいたしつもんじこうをよういしたい。[23:30]
2001年1月29日(月)
●「VAIO日記」(したの28日(日)ぶんとのあいだにじゃっかんかいている→こんごはとくにげんきゅうしないでひつようなときにずいじかきこむ)はせっかくそのページをつくったのだからとむりやりかいたためかどうでもいいないようのようによめる。だったらこちらのページのはないようがあるかともしもだれかがきいてきたらこたえにはきゅうするが。
●そんなこともあって「くちなおし」にこっちのページにじょうしつのメッセージをかきこんでからサアねようかとおもっていたのだけれどついのぞいた「第1室」へのレスをかいているうちに「すいま」がどんどんときょうだいになってきたのでこんばんはもうそれにくっすることにする。[24:47]
2001年1月28日(日)
●さくやはきょうのたびだちのじゅんびができなかった。あわただしくカバンにこにもつをつめてさっそくしゅったつのときである(それにしてもシップやくはどこではりかえるというのだろう[笑])。ソウダきょうのコンサートのあんないをくれたちじん(ヴァイオリンそうしゃ)にはそのひのうちに「むりだろう」というへんじをかきおくったにすぎないことをいまおもいだした。ひがえりだからそれでよかったというべきだろう。いずれにしてもVAIO日記のページをつくったのだから一どはそこにアップしたい。いじょう、はしりがきまで。[09:32]
2001年1月27日(土)c
●「VAIO日記」とはいうけれど[aをさんしょう]さくねんまつにACアダプタのこしょうという「かれじしん」にせきにんのないじこで新PCがこうにゅうされるまではそのうすむらさきにかがやくちいさなマシンですべてのにっきをかきまたアップしていたのである。かれのめいよのためのついき。
●ついでにかくならばさきのbは死を「びか」したセンティメンタリズムにすぎない。そのようにしょうようされるときこのすぐれたしきしゃもまた西部がひはんする「闘病記」のさくしゃ[1月21日(日)aをさんしょう]となってしまわざるをえまい。(たったいまえんそうがおわった。)
●ちなみにシラバスはいちおうだっこう、アップした(なおしはかならずはいるだろう)。じぶんでかいていてもおかしいのは「半期15週開講(授業だけで!)」をぜがひでもじつげんしたいだいがくとうきょくへのひにくがどのこうぎのしんこうひょうのさいごにもかきくわえられていることだ。そうだその「教学的善意」あるいは「…神経症」もまたひとつのよくあつてきな「表象」(きょういんとがくせいのそうほうにとっての)にほかならない。[26:20]
2001年1月27日(土)b
●わきばらがいたくてしかたがない[aをさんしょう]。こんなのでねむれるのだろうか。とりあえずBS2のヴェルディ《レクイエム》をきくことでそれをいやしている。いやされるわけがないが(苦笑)「けんこうふあんせつ」がどうしてもしんじつとおもえるアバドの「ぼう」(オケはBPO)はすでにしてそのぼうとうから「死」のよかんをただよわせている。それはまもなく同オケをさるかれじしんへのレクイエムであるかのようだ。[25:05]
2001年1月27日(土)a
●そこでてんかいされるこうまいなしそうにせっするよりもこういうツマラナイこじんてきできごとについてしってしまうことこそにっきなるものの「だいごみ」だろうとしんじるのでかくのだがゆうしょくのちょくぜんにわきばら(ほとんどそれとわからないウエストのややうらがわ)に「にくばなれ」をおこした。なんてかくとプロやきゅうのせんしゅのようなイメージをいだかれるかもしれないが(よくしっているひとはけっしてそうはおもわないだろう)じっさいはただすこしカラダをねじりぎみにしてせきこんだひょうしにげきつうがはしったのである。せきこむことでおこったにくばなれがせきこむたびに(かかりつけの衣笠医院で一じかんはんほどもまってPLとこうせいぶっしつはあたらしくだしてもらったがカゼはすこしひどくなっている)カラダにげきつうをはしらせる。まるでごうもんをうけているようだ。シップやくをはってはもらったが(細君に「かり」をつくってしまった)きいてくるのはさきのはなしだろうしそれよりもこういう「きんにくつう」は二日めがいちばんいたいとそうばがきまっている。そう、ひがえりでじょうきょうしようとけついしたそのひである(29日[月]はこんねんどのしめきり[2月9日(金)]までにとしょ[ようしょ]のよさんをつかいきる[=「げんぴん」をのうひんしてもら]ための「どくせんきぎょうM善」とのうちあわせのタイムリミットということですでにそれがくまれている)。よやくしたしんかんせんにのったはいいがちいさなせきのたびにくつうでかおをゆがませてしかもきょうのようなゆきがふって熱海あたりであしどめをくってついには山響のコンサート[ふたたび1月22日(月)bをさんしょう]にもまにあわないなんてことがおこってはそれこそわらいごとではすまされない(どくしゃはそういうできごとをこそきたいしていい)。だからというのではないがVAIOのきかんをいわういみもあって(それをたんなるにゅうりょくマシンとしないためにも)そこからかきおくられるにっきのページをしんせつした。このにっきをフレームぜんたいでよみこんでいるどくしゃならすでにきづかれたかもしれないが上フレームに「VAIO日記へ」のリンクをつくったのである。けいたいによったアップもためしたのでこれでしんかんせんしゃちゅうからのアップ(よっぽどのことがあればネ)もかのうである。めでたさはしかしホドホドではある。
●こんなわけでこんやはみじかめにかこうとおもってもこんなふうにかってにキィをたたいてしまうのである。はんぶん「じこけんお」におちいってしまう(あとのはんぶんは…)。はやくしごとにかかろう。とりあえずシラバスである。ことしからインターネットによるにゅうりょくとWEBじょうでのこうかいを「極力追及」(2000年11月13日、全学教学対策会議)することになった。だがデザインがダサい。やるきをなくす(たぶんこれははんぶんいいわけである)。だが「にゅうりょく」>>>「プリントアウト」>>>「きりばり」>>>「かんぜんはんしたのていしゅつ」のプロセスからかいほうされることがせんけつである。これもしゅうあけがしめきり[1月25日(木)aをさんしょう]。こんやのうちに。[22:52]
2001年1月26日(金)
●ゆうがたVAIOがかえってきた(もちろんはんばいてんにとりにいったのだが)。やはりかんがいはある。いやおもったよりすくない(笑)。あと一しゅうかんほどもおそければデスクトップPCのストロークのふかいキィボードにすっかりなれてしまっていたかもしれない(えんきょりれんあいがつづかないりゆうがわかる?)。いずれにしてもこれでけっしんさえつけば日ようびのコンサート[1月22日(月)bをさんしょう]のためにじょうきょうするさいていげんのじょうけんがととのった。ただし土ようびはぜったいに京都にいなければならないしいまのままなら月ようびもどうようである。ホテルでのしようがなくておうふくのしんかんせんのなかだけのしようとなるとVAIOふっきのウマミはすくない――などとムダなしさく。もんだいはたとえば「ひがえり」というきょうこうぐんにきりつめたとしてしゅうあけまでの「かだい」がなんとかかたづくか、だ。否もっとシンプルだ。あしだだ。あすどれだけしごとがすすむか…。
●…とかきながらしかしそのゆうがたからときどきあきらかにかぜのしょきしょうじょうとおもわれる「おかん」がカラダをはしる。まずい。PL(ぜんそくもちでものんでいいカゼグスリ)が四ふくのこっているのでまずはこれでしょきたいおう。ということはしかしこんやはワインがのめない? くるしい。いいことがまったくない(笑)。[23:58]
2001年1月25日(木)b
●こんやあけたワインがおいしいのでこんやのうちに――「Rioja Vega Crianza」とラベルにかかれた1997年スペイン産。八百えんくらいだったとおもうがコルクをぬいてしばらくしつおんでおくとおどろくほどびみになる。すくなくともねんまつからのんでいる五、六しゅるいのめいがらよりわが「した」によくあうのでちかいうちに十ぽんほどかいこみたい。
●きょねんの11月にきろくした一かげつのにっきしっぴつりょうをこんげつはすでに五日をのこしてやぶったようである。こうやってしんやについきすることがしんきろくにおおきく「きよ」しているのはまちがいないがべつだんめでたいのでないこともたしかである。[27:15]
2001年1月25日(木)a
●ソレデモオマエ(アナタ)ハミタデアロウとうたがっているひとがきっといるだろうからかくのだがさくや[cをさんしょう]はさすがに「すい魔」が「どら魔」にかったのである(つまらないごろあわせだけど)。それにしてもこのすいまはきょうりょくであさの一じかんはんほどの子そだてタイムがおわったわがみをふたたびおそいおひるごろまでたちあがらせてくれなかった。あっぱれである。
●おひるにめざめてからはまたしてもざつむ。およそぶんしょうをかくことじたいはすきなほうでパチパチとオートマティスムのごとくに一じかんあたりにしてもそうとうりょうをかくじしんはあるが(せんじつ[1月23日(火)をさんしょう]もそれでぶんしょをでっちあげた)きょうは「研究入門」という一かいせいようゼミをぶんたんする七めいのきょういんのひょうかをどのように「けいしゃ」させて百点まんてんにかんざんするかの「しあん」をさくせいしてメーリングリストでのきんきゅう「もちまわり」かいぎ(しゅうけいとせいせきひょうへのきにゅうはあすのさぎょう)。ていあんされている「けっか」というのはじつにシンプルなものなのだけれどそこにいたるプロセスをああやってながながと「いきょくをつくして」かこうとするのはやはり「せきにんかんのつよさ」(エヘンとこてんてきなあいのて)と「じぎゃくへき」と「かくのがすき」がどうきょしているがゆえであろう。
●ちなみにそうしてゆうがたをむかえてながい「だんらん」(もうすこしみじかくしたい)のじかんもおわってこれからかかねばならないのは山形の東北芸術工科大学のらいねんどのシラバス。否、立命のもじつはしめきりはすぎていて31日にはインターネットによるしゅうせいまですべてのさぎょうがしめきられてしまう。三十五めいぶんのそつろんのしもん(一めいあたり十五ふんだがとうぜんなかみをよみなおさなければならない;げつまつから2月3日にかけて)と四百五十まいほどのていきしけんのさいてん(2月6日しめきり)もあるしどのようにきりぬけていけばいいのだろう。
●サテあしたのあさからのんびりいつまでもねていられるのではいささかもないのだけれど(せんじつかいたように[ふたたび23日(火)をさんしょう])ほいくしょへの「おくりむかえ」にかかるぜんごのじかんたいの「子のアイテ」がすべてふりかかってくるのはきょうでおわった。あすはすくなくとも7:40くらいまではねているつもりだがあけがたまでしごとをすることがおおいにんげんとしてはねいってから二じかんでたたきおこされるのかそれにプラスして一じかんほどねむれるかのちがいはきわめておおきいものであすはそのこうしゃのヨロコビをぞんぶんにあじわいたい。[24:24]
2001年1月24日(水)c
●そのアップはないだろうといったcをかいてアップしているのはさすがにカラダのことをおもんばかってゼミ・コンパの二じかいにはいかなかったから。そうしてまたこの「アップはない」のよこくにもかかわらずこのかきてのことだから「ある」のだろうとおもってたずねてくれたひとにぎりの「どくしゃ」にやはりいつものようによるのメッセージをおくるため(――かってにやってれば[笑]?)。
●ところでこうして一にちのさいごの「しごと」(笑)をおえたあんどにつつまれてさあねようかとおもったときにきょうが水ようびでれいのTVドラマ『青い鳥』[1月10日(水)c や17日(水)dをさんしょう]のさいほうそうがよていどおりに「ある」ことにきづいてすこしこまっている。みたい(笑)。だけどしぬほどねむい。やっぱりみたい。でも豊川悦司&夏川結衣は三かいめにしてはやくもふこうなかんけいにはいっていくにちがいない、つらい。きめた、三かいめはパスだ(じしゅうの四かいめは?)。もうこのぶんしょうをちゃんとアップできるのかどうかもあやうい「めいてい」じょうたいでもあるのだから。[23:51]
2001年1月24日(水)b
●VAIOのこしょう[1月14日(日)aをさんしょう]のげんいんはけっきょくACアダプタにあったらしい。あまりにれんらくがおそいのできのうはんばいてんけいゆでメーカーにといあわせてわかった。一かげつのあいだにおなじしょうじょうが二どでてそのげんいんがべつのものであったことはだれにもんくをいってもしかたがないがそれでもACアダプタのこしょうがそれをとどけて一しゅうかんいじょうたってちょくせつしょうかいしないとわからないというのはどういうことだろう。さらにこちらのてもとにかえってくるのは28日(日)だとふざけたことをへんとうしてきたので(きのうのゆうこくのこと)けさしごとのぶんしょをしあげてから[さくじつぶんとけさのaをさんしょう]これもまた(さくじつのがくせいあてメールどうよう)きわめてうつくしい「こうぎぶん」をさくせいして(05:20までかかった)ファクスそうしんしてそれからようやくしゅうしん(じっしつ一じかんはん)。で、いま二じかんほどの「かみん」をとるためにきたくすると「すみません26日にはおかえしできるようにぜんしょします」とのるすでんがはいっていた。とうぜんである。いずれにしても「そのかん」もぶんしょをにゅうりょくしつづけなければならないこのしゅうまつにじょうきょうする[1月22日(月)をさんしょう]ためのさいていげんのじょうけんがこれでととのう(かならずしもたびさきからにっきをこうしんしたいからではない[笑])。あとは(もしかしたら「ひがえり」となる)そのじょうきょうのハラをくくるかいなかだけ(「せんやく」をすべてキャンセルできているわけではなくてじょうきょうはきびしいが)。
●こうしてかきつづているうちにもこくいっこくと「かみん」のじかんがへるのでさすがにいまはやめるがちなみにこんやはがくせいとのむのでcのアップはないものとおもってもらったほうがいい(だれにいってるの[笑]?)。たぶん。[13:15]
2001年1月24日(水)a
●いつもならぜんじつのひづけでかくようなじこくではあるけれどきぶんをかえてきょうのただしいひづけで。けっきょくきょうまでのきんきゅうのしごと[さくじつぶんをさんしょう]は「なつば」だったらそらがしらんでくるころにようやくしあがった。いや、しあがったというのはウソであまりにきゅうなしごとだったので(がくないのかいぎようしりょうだからほんとうはまずいのだけれど)ほとんどこのにっきをかくようなきぶんでさいごのほうはでっちあげた(それがうそではないことはこのにっきとそのかいぎようしりょうのりょうほうの「どくしゃ」となるかのうせいがあるひもだYさんがしょうげんしてくれるだろう)。ねがやさしいひとはいろんなじじょうをりかいしてこれをよんでくれるだろう(いわば「ふみえ」みたいなものだ)。
●いずれにしてもこれであさ7:30におきて(きのうのようにネボウしたばあいである)三じかんのすいみんでよるはがくせいとのコンパにでることになるのはたいりょくてきにはやはりキツイものがある。ふだんからせいかつたいどがなっていないからバツでもくだされているのだろうとマアおもっておくとするか(せいぜいじっちょくにいきているつもりなのだけれどネ)。[04:40]
2001年1月23日(火)
●にっきをかくじかんもおしまねばならないような(というせつめいはしかしあまりゆうこうとはおもえない[笑])あすまでのしごとがふりかかってきた。ほんとうにあけがたまでかかるかもしれない。ソンなやくまわりだ。だがここらでそろそろこのさぎょうをひきうけておかないと「キズぐち」がどんどんひろがってあとからよけいたいへんなしごとがまわってくるにちがいない。というようなしごと(というせつめいでわかるかな)。
●ゼミをほとんどけっせきしレポートもださなかったがくせい(三かいせい)から四ねんでそつぎょうするためにはゼミの四たんいがひつようだからクダサイとせんじつからいいよられていた。しらべてみると(べつにしらべるひつようもほんとうはないが)かれがらいねんとらねばならないたんいは四十一(よそう)となり、たほう一ねんかんでしゅうとくかのうなたんいすうは四十六とはんめいした(がくそくできめられている)。サボるのはがくせいのいわば「とっけん」だからいいけどそのとき「じこせきにん」がはっせいすること(そしてそのようなれいがいをみとめればこれまでのきょういんせいかつでけんじしてきたせいせきひょうていの「こうせいさ」がそこなわれること)をのべつつたんいはやはりだせないことをめいげんしたのはいうまでもない。だがそこまではきょうしならばだれでもすることである。すこしじまんするならi-modeの二百五十じがじょうげんのメールで「ごごんぜっく」の「し」のごときぶんめんをこしらえてかれにおくりとどけたのはわれながらりっぱであった。うつくしくてそれはほとんどHPじょうでこうかいしたいくらいだ(笑)。じっさいだいがくのPCでうったそのぶんめんをじたくのアドレスにもBCCでおくった。どうやらこのにっきのしっぴつしゃはかなり「じこあい」がつよいようだ(みなすでにしっていたか)。
●母があさ7:00にしゅっきんして18:00だいにしかかえらないためにあさゆうのじかんたいにはっせいしているかこくな子そだてタイム[1月8日(月・祝)をさんしょう]はこんげついっぱいつづくものとおもっていたらあさっての木ようびでオシマイだそうである。だがじつはさいきんは(さいしょのころはオニギリとかを子のためにつくってでていったのに)母は「トーストをやいてたべさせて!」とあわててかけだしていくことがおおいのでそれだと6:45にわざわざおきてもムダなのでけさなどはかくしんはんてきに一じかんほどもネボウしてゆっくりとほいくしょへのおくりをすませたりした。「ふしかてい」となってもだいじょうぶなきがしてきた。ツライひとつきであったが(まだおわっていないが)このさいごのにんしきがえられたのはゆうえきだったといいたい。
●あすはさいしょにかいたしごとのていしゅつのあとに二げんめにしけんかんとく(「現代造形文化論II」→これでこうきたんとうの三かもくぶんのしけんはすべてしゅうりょうしてあとはくるしいさいてんさぎょうにうつる)。ごごはあさていしゅつしたペーパーのなおし(きっとしじされるにちがいない)をおこなったあとでそれがしりょうとしてだされることになっているかいぎが16:00から。よていでは18:00までつづくことになっているが(18:30くらいまではのびるだろう)こっちは「おむかえ」のために17:30にはどうどうとたいせきするつもりである。そして母に子をバトンタッチしたあとはゼミの四かいせいとコンパ。――と、けっきょく「かくじかんもおしまねばならない」といいながらながながとかいている(じっしつ十五ふんではあるが)。[23:22][slightly
revised 25:40]
2001年1月22日(月)b
●ここすうじつすっかりわすれていたがしゅうりにもちこんだVAIO[1月5日(金)をさんしょう]がぜんぜんもどってくるけはいがない。とってもふべんだとおもいだしたようにかいてみたいともおもうのだがきのうのようにチャカチャカとキィをたたきつづけると(笑)いいかげんにこの新PCのキーボードにもなれてきたというかんじである。それにしてもこのにっきはけいじばんのような「とうこう」けいしきでのこうしんがかのうである(のだろう)たとえばジオのかんべんなそれをりようせずいちいちHTMLファイルをffftpソフトでアップするしゅほうをとっているので二だいのPCをつかいわけるのはひじょうにはんざつなさぎょうとなる。モバイルというてん、そして「はいご」から細君にのぞかれるかのうせいがすくないてん(笑)[1月14日(日)bをさんしょう]ではとうぜんVAIOだがこれまでのようにいちいちでんわかいせんのコードをせつぞくしなくてもいっしゅんでつながる新PCのカンタンさももはやすてがたい。というわけでがっこうをふくむ「そと」でなにかかいてアップしたいとおもったらVAIOからのアップようのページにいったんけいしゅつしてそれをそのひのよるにこのにっきのページにうつすというてもかんがえられるがどうじに「そんなにかきたいか?」と「はいご」からといかけてくるもうひとりのじぶんがいる(笑)のもたしかである。さあドウスル? だが京都をあけるときにはそういうてがいちばんげんじつてきだ。N響ヴァイオリニストの根津昭義氏のにっきがなぜ「えんそうりょこう」中のそれをべつファイルにしているか、りゆうがやっとのみこめたのだった。
●さくやからきょうにかけてくるしんだレポートさいてん(七にんのぶんたんによる一かいせいむけのにゅうもんゼミの)はぶんたんするほかのせんせいもそれぞれにくるしんだようでみなその「えいたん」とともにエクセルのひょうににゅうりょくされたデータをおくってきれくれたがこれをじゃっかんの「けいしゃはいてん」などしながらしゅうやくして(ここまではじょしゅのたすけもかりる)せいせきひょうにてんきするさぎょうがまだのこっている(こんねんどは「ふくしゅにん」といういっけんエラそうでそのじつAD[アシスタント・ディレクター]どうようのやくしょくもつとめている)。こじんでたんとうするぶんはくろうもひとりでせおうぶんさいごはぎゃくにラクチンである。いや、これからこじんたんとうぶんがヤマほどおそってくる(レポート=約四十てん、テスト=約四百まい[とうろくしゃすうよりだいぶすくない])。
●こんなたぼうなじきだがぜひそのかいじょうにあしをはこびたいえんそうかいのあんないをせんじついただいた。すなわち、あいすべき山形交響楽団(わがくにでいちばんちいさなプロのじょうせつオケ)の東京(!)公演(1月28日[日]、15:00〜、すみだトリフォニーホール)。このこうえんをもってじょうにんしきしゃをおりる村川千秋氏のぼうによるオール・シベリウス・プロで、メインのだい七こうきょうきょく(一がくしょうによるきびしくもうつくしいきょく)のまえにそのちゅうかんぶのなつかしいメロディをみみにするとナミダをきんじえない「フィンランディア」ほかがえんそうされる。ききたい。しかしきびしい…。いずれにしても「ばんなん」をはいしてじょうきょうをけっこうするばあいにこそVAIOはひつようである。[23:30][rev.
23:45]
2001年1月22日(月)a
●しゅだいとしての「死」――とりわけじぶんじしんの[さくやのaの四こうもくめをさんしょう――にかんしてファイヤアーベントのめいよのためにきょうちょうしておくならかれのほん(『哲学、女、唄、そして…』)のさいしゅうしょうのラスト二ページたらずでそれはかたられるにすぎない(つまりそれは「闘病記」ではけっしてない)。「死」にまつわるかれのたいどのとくちょうはむしろその父や母のそれにたいするかしょにもあらわれているあるしゅの「むかんしんさ」(もちろんそれはかんしんのうらがえしではある)にある。――と、ほそくしておいてさくやずいぶんながながとかくこととなってしまったキッカケとしてのこのアナーキズムのかがくしゃにかんれんするわだいはひとまずおしまいにしたい(さくじょにかわるそちとしてのほそくである)。
●たったいまほいくしょへのおくりをすませたがいじょうにねむいのであと二じかんほどねてからそのごレポートのさいてんのつづきを。[08:40]
2001年1月21日(日)c
●こんやのうちにさいてんをすませることはさっきあきらめていままたワインをのんでいる(しょせんはスーパーのロボットがつくったものとはいえネギトロはそこそこのびみであった)。そうしてまもなくかんぜんにすいまがわがしんしんをしはいするであろう。そのまえにほそくorていせいするのだがしたのbに「造語」とかいた「けしがたさ(un-eras(e)ability)」はもちろんたんごとしてはそんざいするだろうしつまらぬげんだいしそうの(あるいはバルトあたりの)テクニカル・タームであるかのうせいはおおいにありうる――それがまず一てん。だい二にaの二こうもくめにカッコつきでかいた「どくしゃはつうじょうカウンタすうの三ぶんの一だとあるひとがいった」だがそれにはおおいにちゅうしゃくがひつようであってつまりひとりのどくしゃだとすべて「れんぞくカウント」というかたちとなってえいえんにカウンタのすうちの「ひょうき」はかわらないのである。(これにきづいたのはじぶんで「こうしん」をおしてもぜんぜんカウンタがまわらないのでこわれたかとおもってカウンタていきょうしゃにしつもんしたらそうこたえてくれたからである。→このごろはきほんてきにサーバないのそのファイルにアクセスしないのでじぶんでカウンタをまわすことはまずない。)いずれにしてもあまりゆういみな(「メッセージ」[aの二こうもくめをさんしょう]のおくりさきがだれであれそのひとにやくだつような)ほそくorていせいとはおもえない(ヨッているからそうおもえるかとおもったがダメだ)。
●さすがにきょうのさいごにいまBGMとしてながれているきょくについて。ラフマニノフのめったにえんそうされることのないチェロ・ソナタ(シュタルケル+練木繁夫)。「えんそうされることのない」りゆうがわかるシブさだが(むずかしいしハナ[いっかいきいただけでおぼえられるようなメロディ]がない)そういうハナがないものをききたいしんや(だれがそうきめた?)にはふさわしいかもしれない(うそっぱちかもしれないがほとんど「じどうひっき」のようにキィをたたいてしまう)。[27:45]
2001年1月21日(日)b
●したのaのないようをさくじょしようかどうか十ぷんほどかんがえていた(レポートさいてんのあいまに)。ぶんしょうは(いんようがながいがそのたのかしょについても)すっきりしていないがそれがりゆうでではなくむしろれいの断章のほうでろんじられるないようとおもわれるからだ。いがいとおもわれるかしれないがあのテクストが「りんり」てきなもんだいからろんじはじめている(そしてそのもんだいをちゅうづりにしている)ことをおもえばなっとくされるだろう。だがそうおもいつつもこうやってそれについてふれるテクストをまたかきはじめたしゅんかんにそれはけせない(けすためにはこのbじたいがかかれてはならない)ことにきづくのである。にっきや「断章」によるテクストのちくせきをじっせんするのはこの「けしがたさ(un-eras(e)ability;もちろん造語)」にかけるからにほかならない(といってなんどもさくじょしている[笑]→1月[=二十一せいき]になってからいちどもさくじょしていない)。
●さいてんはとりあえずほかのきょういんぶんとのしゅうけいのためにどうしてもあすのうちにじょしゅにていしゅつしなければならないぶんにかぎればのこり五十まいほどまできたが…しゅうりょうごのよろこびのためにかっている「ネギトロまき」をワインでしょくすことができるのはほいくしょへのおくりがすんでからかもしれない(トンデモナイ!)。[25:10]
2001年1月21日(日)a
●ごぜん。ゆきはとけてろめんもとうけつしなかったのでクルマをはしらせてきのうとおなじ「てんらんかい」かいじょうへ。「え」のまえに子をたたせてしゃしんをとるすがたはそれこそほかのぜんりょうなるほごしゃたちのそれとすんぶんのちがいもなかったろうしましてやわがてににぎられていたのがデジカメであったひにはすぐさまPCにせつぞくしてこのHPのかたすみにそれをけいしゅつしていたであろうとそうぞうされる。いずれにしても「しまだ」のステーキでいわうことがゆるされる「けいじ」とはおもわれたのでよるはふんぱつしてそこでちいさなしゅくえんをかいさいするのであった(ランチタイムはめずらしくもマンパイだったため)。
●その「よる」をむかえるまえのごごのすうじかん。てんらんかいをみおわって「ライフ」(スーパー)でかいものとおひるをすませてきたくすると子がひるねをしてくれたのでサアさくやのつづきのさいてん(よていりょうにじゃっかんとどかなかった)とおもったのだがその子の母があからさまに「ひさびさにそうじをしたいのでできたらそとにでていってほしい」といういいかたをするのできょうもマクドナルドへ(きのうとちがって金閣寺店)。するとてんないはいかにもテストべんきょうをしているとしかみえない立命大せいであふれていてこれはマズイかなとおもったもののとりあえずだれもきづかないのでそしらぬふりでこちらもお「べんきょう」。きょうひらいたのはあいすべきアナーキスト、ファイヤアーベントの「じでん」『哲学、女、唄、そして…』(産業図書)でそこに「神経質な楽観主義者」(p.
2; 笑)ほかのきょうかんできるさまざまなきじゅつをみいだしてわらいつづける。あるいはおなじページには「日記をつける習慣は持ったことはないし、他人から来た手紙は、ノーベル賞受賞者からのものであろうと、とってはおかない」というきじゅつもあってところがおなじようなせいかくであるはずなのにあるじてんでとつぜんにっきをかきはじめたわがみを「はんせい」せねばならないようなこともおこった。ソウダまたしても「トう」のだがナゼにっきをかいてこうかいするのか? しかもしんぶんしじょうで「「かみ」のにっきではざせつつづきだったのにネットじょうに「こうかい」されるものだとながつづき」するなんていうことがレポートされて[1月16日(火)をさんしょう]しまったひにはその「じもん」のせつじつさはいやましているというべきだがそれにたいしてさっき「しまだ」でステーキとカリフォルニア・ワインをやりながらかんがえついたりゆうは「にっきはメッセージである」からというものなのであった。たいそうにもんだいししているわりにはきょうもまたぼんようなかいとうといわねばなるまいがしかしこのしょうがつにカウンタが三しかまわらなかった(どくしゃはつうじょうカウンタすうの三ぶんの一だとあるひとがいった)ときはさすがにこれがゼロになったら「へいさ」しようとおもったのであった。
●ところでファイヤアーベントがどうしょのぼうとうで「歴史を眺めるには、個人史的な方法の方がよい」とのべていることを訳者(村上陽一郎)があとがきで「…家族、知人、友人、先生、情事の相手など、極めてミクロな個人の繋がりを、自己弁護抜きに赤裸々に描き出すことによって、あるいは、文学、音楽、芝居、学問などとのこれもミクロなしかし全人格的な関わりを、およそ率直に語ることによって、かえってマクロな時代と歴史の意味を逆照射する。その彼の目論見は…」とソレコソいっぱんろん/もくてきろんにかんげんしてしてしまっているのはグレツのきわみであってつまりそれはどこまでもファイヤアーベントのこじんてきなししつにゆらいするといわねばならないのだからである。このほんのちょしゃのような「生」をひとはそうやすやすといきることはできない。しかしこの「とおさ」とどうじにエモイエヌ「ちかさ」をもかんじざるをえない。たとえば「オペラに憧れた。私の大袈裟な演技スタイルにぴったりのものと思えたからだ」(p.
44)とファイヤアーベントはかくが(さくやのbでてつがくしゃT氏にからんでかいたからというのではないが)わがオペラぎらいはこの「憧れ」のうらがえしではないかともおもえてくるのである。
●いずれにしてもファイヤアーベントはにっきはつけなかった(ましてやこうかいしなかった)がその「死」をまえにして「じでん」をかいた。そのさいご(最後)でじぶんの「さいご(最期)」について「私の今の関心は、私の旅立った後、私が残すものにだけである。論文? とんでもない。哲学者としての最後のご託宣? とんでもない。そうではなくて、愛である。…その愛が、こうした私の最期によってあまりにも影響されないようにと願う。その最期については、死のもだえを免れることができ、悪い思い出から離れて、昏睡のような平和なものであってほしい。…」とかいた。たほうその『国民の道徳』(扶桑社)においてつぎのようにのべたのは西部邁である。「…闘病記なる代物についていえば、書かれるべきは闘病記ではなく自死決行録でなければならない。人間はいかにすれば自死を遂行できるかを世間に知らせるのは、有益な行為である。しかし、死ぬことを予定せず、生きる意志とそのための方法のみを記したような“生き抜くための闘病記”は、安直なヒューマニズムを世間にばらまいているにすぎない。/のみならず闘病記の発表には、一般に、不公正がつきまとう。闘病記の発表者は、一般に権力者や著名人といった、特別の立場にある。許し難いのは、彼らはその闘病記の発表によって自分らの死の不安・恐怖を和らげていることである。自分の病気との闘いが世間から感心されることを期待し、そうなることによって自分の死に意味を与えているわけだ。それ自体は頷ける行為なのだが、見逃しにできないのは、死の不安・恐怖における不平等という点である。特別者だけは闘病記の公表を通じて死の不安・恐怖を小さくすることができる。大方の人々は、そういう機会に恵まれず、たとえば裏町の薄汚い病院で貧しい家族だけに見守られて、人知れず死んでいく。/この世は不平等から逃れえない。格差を背負って生きればこそ、人間の自由に意味が宿ってくる。しかし格差が許されるのは、人間が根源において平等とされているからであり、その根源における平等の最たるものが、死における平等なのである。金持ちであれ貧乏人であれ、上層階級にいるにせよ下層階級にいるにせよ、人間が死にたいして抱く不安・恐怖は、基本的に平等である。しかも、死は人生の些事ではなく、まさしく決定的な出来事である。そうした死における平等性があるからこそ生における格差が、基本的に容認されて然るべしということになっている。著名人の闘病記の公表は、その死における平等性を乱すという意味で、道徳的には認め難いのである」(pp.
667-68)。西部のこのかんがえにきほんてきにどういつつファイヤアーベントの「闘病記」てきなさいしゅしょうをもつ「じでん」はその「生」の、しんせいなるアナーキストとしての「かろみ」――うえの「こじんてきなししつ」とはこのことである――のてんであいすべきしょもつであると、こっちはこのバカバカしいにっきでかいておきたい。
●そうだ「ヨい」がここちよくヒくのにまかせてほんとうにバカみたいにだらだらとかいてしまった(笑)。そろそろさいてんさぎょうを。[23:15][rev.
23:30]
2001年1月20日(土)b
●とってもつまらないほそくにちがいないが――したのaの三つめでかいた「ぎゅうにゅう」だがこれはわがやのチャンコもどきにいれるためのものではもちろんない(子がのむものだ)。いや、そういうものをいれるナベもあるだろうが「ぎゅうにゅうギライ」のにんげんにはモダニスト氏はぎゅうにゅういりのナベをつつくのかもしれないとおもわれるわずかのかのうせいもはいじょしておくべきかとおもわれた。
●ついでに。こんやのBSは新国立劇場での「トスカ」。えいぞうはみないしことばはわからないのでただのBGMとしてながしているがこころからけいあいするてつがくしゃT氏がオペラ・ファンであるところをみるとこのジャンルにも(しかくいカンヴァスにえのぐをつけるあのげいじゅつとどうように)げんだいてきなそんざいいぎがあるのだろうといつもおもう(そしてこっちはちゃんとみよう/きこうとしていつもざせつする)。ただいずれにしてもこのせいようのこうとうむけいなそうごうげいじゅつのためにクニがわざわざこっかよさんをとうにゅうしてあのようなごうかな「せんようげきじょう」をつくるひつようがあったかどうかのぎもんはいつまでもぬぐえそうにない。
●レポートのさいてんのしんこうははかばかしくない。もうワインがのみたくなってきた。のんでもさいてんきじゅんはかわらないじしんはあるがうしろぐらいところをのこさないために27:00くらいまではガマンして…。[25:50]
2001年1月20日(土)a
●あさ。母子をそれぞれの「もちば」におくりとどけたあとひとりフリーの父はひさしぶりにマクドナルドでちょうしょく(ただしいつもの金閣寺店ではなく常盤店[丸太町沿い]で)。そのご右京区社会福祉協議会(太秦)にて「てんらんかい」かんしょう。とはいっても右京区のほいくえんじの「え」をせんばつしたものでそこに子の「イモ」(笑)というさくひんがしゅっぴんされているからである。かんそうは…かかない。せんじつかいた[1月9日(火)aをさんしょう]とおりだからである(笑)。
●ゆうこく(それまではひるねなど)。ベタゆきがけっこうつもるなかをゆっくりゆっくりクルマをはしらせて(ヴィッツはしゃじゅうが「かるい」のでゆきみちではよく「からまわり」するというじょうほうがある)あさとはぎゃくのじゅんで母子をピックアップ。そのごはいえにあるしょくざいでチャンコなべのようなモノをつついたほかはなにかとくべつなことをしたといえないダラダラとしたじかんをすごしてようやくこれから「研究入門」(一かいせい、約百めい)+「基礎購読」(二かいせい、二十五めいほど)のレポートさいてんにちゃくしゅしようとけついをかためたところ。できればこのはんぶんくらいをあさがたまでにおえてのこりはあすのうちに(うえの「てんらんかい」かいじょうに母子をおくりとどけるアッシーやくがよていされているがろめんはとうけつしないだろうか)。らいねんどぶんのシラバスもかかねばならないしこのしゅうまつは(とはいえもうはんぶんすぎてしまったが)けんじつな「がくねんまつ/じたくもちかえり」せいかつを。
●ついき。さあチャンコにはしをいれようかというときに「ぎゅうにゅうがない!」というので「さくらいや」にかいにやらされてすこしムッとしたのでじぶんのぶんだけサシミ(ハマチ)をかったことをいまおもいだした。これをワインとともにしょくすことをあけがたのたのしみとしてレポートのさいてんにイザかからん。[23:56]
2001年1月19日(金)b
●せんしゅうはきづかなかったのだが――毎日放送(東京だとTBS)系のしんやわくで「むかし」のTVドラマがさいほうそうされている、こんやも。水ようのよる(木ようみめい)の『青い鳥』[1月10日(水)c および17日(水)dをさんしょう]にはまりつつあるのでそれとの「あわせワザ」てきづいたのだがきょう金のよるは田村正和+浅野温子の『パパはニュースキャスター』である。コレはむかしみていた。なつかしい。そんでもって田村がいかにもわかい(浅野はそんなにかわらないきがする)。こんやはぼうとうからみたがナレーションで「鏡竜太郎、四十さい…」とながれる。「わかい」とおもえるハズだ、あと八かげつたらずでわがみにそれがおとずれるねんれいである。ところでこの「鏡」なるオトコ、「ヨう」とオンナを「クドく」わるいクセがある。(ほぼ)四十オトコでもここのところがちがう(笑)。ヨッたらクドくながわがや(じっかのほう)の「かくん」だ(った)からである。[24:53]
2001年1月19日(金)a
●いろんなひとが(まいにちではないようだが)ここをおとずれるようなのでやんわりとボカしてかくのだがかいぎというものは「ぎちょう」のウデ(&ねまわし)によってうまくしんこうすることもあればそうでないばあいもある(アラよむひとがよめばわかるようになっている[笑])。なんとかしてほしい。「じゅうだいなもんだい」のそんざいがわかっただけでもゆういぎだったナンテなっとくしながらおなじもんだいのまわりをコマのようにグルグルとまわりつづけるのはもうウンザリである。(でもヌケられないたちばにある。)
●さくじつじっしした「表象批判II」のしけんのとうあんのタバがていねいにも「がくせきばんごうじゅん」にならべかえられてとどけられた(約二百五十まい)。立命にちゃくにんしておどろいたことのひとつがこのじむてきなはいりょである(さくじつのグチのフォローかな[笑])。さいてんぼとおなじじゅんにならんだとうあんのタバをこんやはしかしただみつめるだけである。十五しゅうにわたってきょうだんにたってはなしたことの「せいかぶつ」がコレだ! もちろんつまらぬげんそうである(笑)。
●ついきもせいぜいつまらないものを。ヴィッツのねんぴがさいあくをきろく。8km/lしょうしょうでカタログ・スペックのはんぶんである。もののほんによればふゆばはエンジンがあったまるまでの5kmほどのきょりに1l(リットル)をようするらしいのだがさいきんはせいぜいおうふく10km、ヘタをすると1km(苦笑)なんていうカーライフをおくっているいじょうしかたがないといえばしかたがない。イッチョどこかへ「とおで」でもしようかとおもう、これからまたかこくながくねんまつをむかえようとしているへいぼんな一きょういんなのであった。[23:11]
2001年1月18日(木)
●さくやのいまごろが「そう」のじょうたいであったとすればこんやは「うつ」である(ゆうがたからきゅうに)。さくやコルクをぬいて「さんか」ぼうしたいさくをにゅうねんにほどこしたおなじワインがこんやはシブイ(おとくようワインはむしろ二日めのほうがまろやかでおいしかったりするのに)。それには(それがゆいいつのではないとはいえ)りゆうがあるがそれをここにかくげんきはいまはない。いつか「そう」じょうたいのときにでもアッケラカンと。
●じむてきに(1)。1月17日(水)bでかいた、『武蔵野美術』ようのげんこうとこのにっきの1月分[17日じてん]のもじすうがほぼおなじというのはじじつごにんである。にっきのほうが二ばいほどのりょうである(このエネルギーをしごとへまわせと?)。
●じむてきに(2)。「第2室」にかいたアカデミック・サイトの「えつらんふのう」[14日付]じょうたいはどうやらかいしょうしたけはい。だいがくのかんけいぶしょにといあわせるじかんてきよゆうがやっとできたのでわざわざあしをはこんでたずねると「そういうふぐあいもいちぶであったようですがもうなおっているハズです」ということ(そのかいとうをよせた「せいしょくいん」はすぐそこにいてこちらと「しょくたくしょくいん」のやりとりをきいているのにまどぐちまででてきてじぶんでせつめいすることはついになかった)なのでじたくでかくにんするとたしかにアクセスかのうとなっている。だがいまおもいかえすにどういうじじょうでそういうことがあったのかのかんたんなせつめいは(あるいはだいがくがわにおちどがあったならひとこと「わび」も)やはりあってよかっただろう。たまにあるいかにも「おやくにん」のようなおうせつはじむぜんたいのというよりにんげんひとりひとりのもんだいなのだろうけれどいずれにしてもアノぶしょにいくときぶんをがいすることがすくなくない。(→「第2室」への[そしてとちゅうでゆうえきなアドヴァイスをいただいたオカクミさんへの]ほうこくはあすにでも。)
●そのあす。きょうも二げんめにそれをつとめたしけんかんとくがあさの一げんめから。そのごほんのいっしゅんやすんでからのごごのかいぎは13:00からヘタをするとゆうがたまでのロングランとなりかねない。とんでもない。こういうときはほいくしょへのおむかえもつごうのいいこうじつとなる。
●ついき。さくやの『青い鳥』のラストで夏川結衣は豊川悦司に「「えきちょうさん」(豊川のげきちゅうのあだな)のゆめってなぁに?」ときいて豊川は夏川に「それはあなたとおじょうさん(まえのおっととのあいだの子)がこのまち(豊川がおさないときからすみ夏川がすこしまえにやってきたいなかのちいさなまち)でしあわせにいきてくれることです」とこたえた。そしてさいごのセリフが夏川の「わたしをここからつれだして」だった(さくやのdでかいたいじょうのきゅうてんかいである)。ぼくもだれかに「ここからつれだして」ほしいきぶんである(笑→にっきをかくことですこしげんきがでてきた)。[23:45]
2001年1月17日(水)d
●すこしロマンティックなわだいを(だれのために[笑]?)――『武蔵野美術』のげんこうのとうしょのしめきりびだったせんしゅうのすいようびからはじまったしんやのドラマ『青い鳥』(TBS・毎日系、さいほうそう)[1月10日(水)cをさんしょう]をまたみてしまっている(あと十五ふんほどのこっているがすでににっきでほうこくしている)。豊川悦司はやはりイイおとこで夏川結衣はイイおんなでそのふたりがきょうのだい二かいめではじめてかいわをかわした。もう「こい」ははじまっているがドラマのなりゆきとしてはこうふくなけつまつはとうぜんよういされていない(そうにちがいない)。そうおもっただけですでにらいしゅうみるのがつらくなっている(みようとおもっている)。
●これがおわったらフジ・関西TV系の「京都どすえ」(CSの京都チャンネルのプログラム)をみてわがまちのけんきゅう。ねむいのによなかにおきているしゅうかんからのがれられないでいる(笑)。
●いま夏川結衣(ふんするところのひとづま)が豊川悦司(ふんするしがない「えきいん」)のところ(かれがやきんでつめているえきしゃ)をおとずれてしまった。てんかいがすこしはやすぎるんではないか?[26:30]
2001年1月17日(水)c
●すでにしていささかのふまんをのこすげんこうではあってもそれをていしゅつしてしまったよるのワインはいかにもびみである(きょうはフランスさんの\980のフルボディである)。だがえきたいばかりではひとはみかくをまんぞくさせることはできない。しょうしょうたかくてもいいからこのあたり(龍安寺と妙心寺のあいだのちいき)にべらぼうにうまい「すしや」はないものか(と、すみはじめて三ねんめにまだとうている)。ちなみにステーキなら「しまだ」がある(笑)。ひさびさにあすランチでも? いや、さいてん[bをさんしょう]およびT氏とのずはんのうちあわせがある(13:30をすぎたころにけんきゅうしつにおでんわをいただくのがいちばんこうつごうです >Tさん)。[25:20]
2001年1月17日(水)b
●おわりのベルがなったしゅんかんからじゅぎょうにかんするこうかいのねんがあたまをめぐる(ことがある)ようにげんこうにまつわってもたんとうへんしゅうしゃにそれをていしゅつしただんかいからおなじようなしゅんじゅんがはじまる(「こんなのでよかったのか?」)。このたびもれいがいではなくまたそうであることがよかんされるがゆえにver.
1.9あたりから1.95、1.99、1.999、1.9999とミクロたんいのかいてい(そのじつまいかいver. 0.5と0.8のあいだくらいのちがいはあるのだが)をくりかえしてとりかえしがつかない「だっこう/にゅうこう」をさきおくりしてきたのだがしかしいまはその「さいご」のじょうたいがひとめにさらされている。いつものれいでいけばこのあとの「ちょしゃこうせい」のだんかいでいわゆる「アカ」がはいるのでそれがver.
2αになって『武蔵野美術』のさいしゅうごうにでて(いまver. 2をもくげきしているどうしゃもそれをこうにゅうしないまでもせめてしょてんでの「たちよみ」によってそのαをかくにんするべきである[笑])またそのしめんのかたすみにはひょっとすると「なおし」がはいりつづけてver.
5あたりまでへんしつしているおなじタイトルのテクストのけいしゅつばしょのURLがきさいされている――とマアこんなことをかんがえるのだがそうしたこころみのせいひはそれいぜんの「なかみ」にかかっているというべきだろう。
●きぶんをかえてあしたのよてい。あさはまた6:45にきしょうして一じかんはんのこそだてタイムにくるしむ(いつわらざるしんきょうだ)。二限めにじぶんがたんとうする「表象批判II」のていきしけん(くずさんもじゅけんするはずだ)のかんとく。そのあとがくせいのめんだんを二けんすませたあとこんしゅうちゅうにすませなければならないゼミ(しょうしゅうだんクラス)かんけいのレポートのさいてん(約百三十まい)。ぜんぶはとうぜんすませることができないままにゆうこくのおむかえ。あさゆうをのぞくといかにもこのじきのきょういんらしいせいかつパターンである。
●ふつうのきょういんらしくない(かもしれない)のはそんなわだいさえをこうしてにっきにかくというみあげたせいしん(笑)である。このたぼうなさなかにも一にちもこれがやすまれないというのはかいているほんにんにもなかば「いじょう」におもわれているのであった。ちなみに1月にはいってからきょうまでのこのにっきとゆうがたしあがったげんこうのじすう(バイトすう)がほぼおなじである(笑)。[23:25]
2001年1月17日(水)a
●けんあんとなっていたver. 2を一じかんほどまえにだっこうしてスペシャルのページへのアップやへんしゅうしゃT氏へのデータ&プリントアウトこうのそうふなどのさぎょうをすませた。げんこうはけっきょくいらいされた二十まいを五まいほどもこえるりょうとなったがずはんのかず・おおきさのちょうせいによってなんとかしてもらえるようである。ないようてきには「これは(も)たのばしょにかいたことだが」ふうのもんごんがずいしょにでて(それでもけずったほうである)いつもひとつのことしかかいていないのであること(笑)がつうかんされた。とくにこんかいは「断章」にかいたものをりゅうする「しゅほう」をせっきょくてきにとったのでなおさらこんらんがしょうじた(まもなく四十のこえをきくことになるねんれいによるきおくりょくのていかもかんけいしていよう)ことをこくはくしておく。いずれにしてもこんばんひとばんのゆうよをねがっている「ずはん」のことはさておくとしてもこのようにWEBじょうでこうかいしつつかいたテクスト(まあねっしんにそのプロセスにつきあわれたどくしゃもあるまいが)をへんしゅうしゃにてわたしてからのいみある「こうしん」(こうせいじのなおしもとうぜんあるはずだがそれとはちがう)のありかたとはどのようなものであるのだろう。イメージがいまひとつはっきりとわいてこない。
●ところでこんかいの「なんざん」(でも「き」をいれてかいたのは十日ほどであったこともバレていよう)はどうじきにすすめなければならなかったべつのしごとのていたいのぎせいのうえにじつはたっている。それをたんとうするへんしゅうしゃS氏はこのけんをしるはずもないがかれにもせいいをつくすためにそれを「おりる」ことをもうしでるかくごをすでにかためつつある。というのもこれからていきしけんやにゅうしのさいてん、そつろんのしもんやねんどまつのこうむのまとめなどがさんせきしているときにどのようにして三百まいをこえるしごとのまとめを「あと○○にちで」なんてやくそく(いいのがれ)することができよう。T氏とのやりとりは二十まいほどの、いわばいっきにかくべきしごとだからありえたのであってすくなくともあのなつやすみのさいごのほうにあらわれたような十日ほどのまったくなにもしなくてもいいじかん(じっさいあのきかんに二百まいちかくかいたのである)がほしょうされないかぎりいまはやすやすとしめきりをせっていしてぶんしょうなどかけないきぶんなのである。「たんこうしょ」をしゅっぱんすることはみりょくてきではあるがいまはしんしんをこれいじょうすりへらしたくない。[17:30]
2001年1月16日(火)
●もうすこしせんれんされてほしいとはおもいながら朝日よりはマシだというのでとっている産経のさくじつのゆうかんにネットじょうのにっきのりゅうせいにかんするきょうみぶかいきじがけいさいされていてつまりそれによればこれまで「かみ」のにっきではざせつつづきだったのにネットじょうに「こうかい」されるものだとながつづきしているというひとがひじょうにおおいということであった。そのぶんせきがあまりにあたっていてキハズカシイところもあるのでこれいじょうしょうかいすることはひかえるがしかしぬけぬけとこんなことをかいていることそれじたいがもっとハズべきこととおもわれるしゅんかんがある。いまがまさにそうで、つまりさくやaでかいた「24:00」説もまもれなかったのだからである。
●しかしいまにっきの「ほんぶん」にもたちかえってグチもかいてしまえばがっこうにでてかいぎやざつようにまきこまれてしまったら「にっちゅう」はもうまったくしごとにならない。たほう、こうして「やこうせいどうぶつ」のようによなかにPCにむかうせいかつもそろそろねたかというときにほいくしょそうげいタイムがやってくる「かこく」にここ一しゅうかんまきこまれていたのだがあす17日(水)のあさにかぎってその「ぎむ」からかいほうされそうである(細君がつうじょうのしょくばにしゅきんするため)。ごぜんちゅうはダウンしていればいいとわりきってこんやのうちにさすがに「けっちゃく」を。[00:27]
2001年1月15日(月)b
●できそこないのマーラーようなすうじつまえのスケッチのじょうたいからようやくスコアらしいかたちをととのえてきたげんこうはしかしさいごはどのようなものとしてていしゅつされることをのぞまれているのだろうか。ぐたいてきなしごとにまつわって「しっぴつ=せいさん」のプロセスをこうかいすることなどゆめにもおもわなかったがこうしてあのスペシャルのページとのれんどうしているのはそれこそがへんしゅうしゃT氏(しょうたいをすこしバラすなら四つあるへやの二へやにかれはあるハンドルネームでかきこんだことがある)がのぞんだことだったからである。いずれにしてもこのたびは「こういったほうこうで」といったちゅうもんはせんこうしてそんざいするけれどもふだんからかきたいとほっしていたないようとがっちしていたから「すきほうだい」にただ一てんのかきたいことだけをかいているといったかんじではある(だからこそT氏もスペシャル・ページとのれんどうをれがったのである)。とすればこそ「だっこう」(あすのゆうこくのよていである)されたげんこうはそのままざっしじょうにけいしゅつされてオシマイというのではノウがないであろう。しめんにはさいしんヴァージョンがけいしゅつされているURLがかかれていてどくしゃはわがHPのいちぐうでひびへんぼう(あるいはぞうしょく)するそれをよむゆうわくにかられる(HPは「はいし」できない?)。ということはあすの「だっこう」もまたとちゅうだんかいのそれでいいのかな(笑)というT氏がよんだら(よまれるかのうせいはある)おこるだろうオチでこんやのところは…。[25:50]
2001年1月15日(月)a
●ゆうこくにようやくにゅうこうちょくぜんのじょうたい(ver. 1.9)にもってくることができたげんこう( 「モダニズムの条件」のページ[下記URL]でこうかいちゅう)はつぎの第120号で「はいかん」になる『武蔵野美術』のためのもの。このあいだでた第119号では「きゅうかん」とのみかかれているがこのてのこくちのあとふっかつしたざっしというのはあまりきかない。そう、やはり「きひょう」のれんさいをたんとうさせてくれたおもいでぶかいざっし『みづゑ』(そのさいしゅうごうにもきこうできた)がそうであった(ある)ように。ちなみにマボロシのざっし『FRAME』もそのさいしゅうごうにかいていた。ざっしをおわらせるかきて(笑)?
●そのver. 1.9からver. 2への「すいこう」のさぎょうがこれから。「あすにはかならず」というやくそくはしばしばその「あす」の24:00まで(じっしつてきには「あさって」じゃないか)をいみする(かきてがかってにそうかいしゃくする)こともあるが(笑)あすは10:00から17:00ころまで(あいだをすこしあけて)二つのかいぎがあるのできをゆるめることはゆるされない(ダラダラしたくてしかたがない)。
●かぞくにかかわるはなしを一つ――さくやはかかなかったが子がここすうじつカゼぎみでいつもはよろこんでほいくしょにいくのにけさは「しんどいからいきたくない」とちいさなこえでいった。母はもう一じかんまえ(7:00)にしゅっきんしたあとでしかもこっちはかんぜんなてつやあけで「かみん」のあとにまだver.
1.2くらいのじょうたいだったげんこうの「だいしゅじゅつ」をよていしていたので「がんばっていってきてナ」といってじてんしゃでおくっていった。ゆうがたのおむかえのときにはあさよりもむしろげんきだったのですくわれたが子であってもダラダラしたいひはあるだろう。というわけですこしツライあさではあった。
○[http://www5a.biglobe.ne.jp/~tut07770/ps_special/special4/special4.htm][24:17]
2001年1月14日(日)b
●さきにaにかいたとおりわがVAIOはまだしばらくかえってきそうにない(たびにでたゆうじんがよていのひになってもかえってこない[かえってきてもなんにちもHPでそのほうこくがなされない]しんきょうだ)。なのでここで新PCのわるぐちをかいてきぶんをやすらげよう(笑)。キーボードのキーのいわゆるストロークというやつがふかすぎる(はいれつもまだなれない)。かべにむけてデスクをせっちしてしまったのでとうぜんモニタのむこうにかべがみえる(これはPCのせきにんではないがこぶりなVAIOのバックにはテレビのモニタがあっていっしょにみられた)。おなじりゆうで(しかもLDKにおいてあるので)にっきをかいているときに細君がかたごしにのぞきこんでいるようなきがしてならない(むこうもきょうようするPCなのでヤツがしらない「隠しファイル」のしゅほうでみつからないようにはくふうしているが)。トイレにもっていこうなんていうきはおこらない(VAIOもそんなにひんぱんにもっていきはしなかったが)。ハードディスクがVAIOの十ばいもでかい(MP3データをそこでライブラリィ化しようかなんてヘンないろけをだしたいきぶんになる)。はやい(あくせくしてしまう)。――ああホントウにけってんばかりである。[25:22]
2001年1月14日(日)a
●SONYのサービスセンターから(せいかくにははんばいてんから)こんかいのVAIOのこしょうはACアダプタのもんだいとかんがえられるからしきゅうオクレとのれんらくあり。ぜんかいは二つのアダプタででんげんきょうきゅうふのうをかくにんしてからしゅうりにだしたがたしかにこんかいはけんきゅうしつのアダプタではかくにんしていない。だが一かげつのあいだに二どACアダプタからのでんげんきょうきゅうふのうのしょうじょうがでていちどめがほんたいのマザーボードのかいろのもんだいであって(だからメーカーはしゅうりして\35,700もせいきゅうしてきたのだろう[12月17日夜・記となるぶんしょうをさんしょう])二どめはACアダプタのもんだいであるとふむものがあるだろうか(おなじもんだいが「さいげん」したとフツウはおもうのではないか)。――てなことをやんわりとおぼえがきとしてかいた(あした二つのACアダプタとともにはんばいてんにもちこむ)。こんなぶんしょうをかいているときではないのにである。
●「第2室」でもわだいになり、またかんりしゃとしていっぴつかきこんだがHP(アカデミック・サイト)のほうもちょうしがわるい。どうでもいいやとはやはりいっていられないがやはりこんやはもうこれいじょうそのことはかんがえることはすまい。
●これをうっているバックでヴァントしき/北ドイツ放響のブル九がながれている。さくねんまつのらいにちこうえんじのろくがえいぞうだがこんやはさくやのようにがめんをみつづけることはしない。できない。ひるまあるヤンゴトナキじじょうでじかんをおおきくロスしたぶんをとりかえさねばならないのだからである。[23:15]
2001年1月13日(土)d
●このよでいちばんうつくしいモットォのひとつに「ちょうのようにまい、はちのようにさす」というもの(いだいなるモハメド・アリのための)がある。これをもじって「はなすようにかく」(笑)というのはどうだろうか。ワレのためにあすかかげられるモットォである。いやそのためのくんれんとしてこのにっきという「ひとふでがき」をつづけているのではなかったか(イヤちがうちがう[笑])。[28:10]
2001年1月13日(土)c
●そくほう――たったいまヘンツェの《ヴィーナスとアドニス》がおわった。ていきえんそうかい(11日?)ちょくごのBSでのほうそうだからじゅうぶんよそうはされた「じまくナシ」はさいしょはこたえたがぶたいこうせい(三つのグループ[ヴィーナス、アドニス、マルスにゆるやかにたいおう]にわかれたオケがぶたいじょうにいる)+えんしゅつ(かしゅとダンサーがべつでその三つのオケのあいだをゆききする)のざんしんさがそのふまんをおぎなってあまりあるものであった。タン・ドゥンの《門》どうようにいっしゅのオーケストラ・シアターとよぶべきだがこの中国人さっきょくかのいつわりの「きょうせい(共生)」おんがく(虞美人、ジュリエット、小春[近松『心中天網島』の]をあつかったものでじゅぎょうではむしろこうていてきにしょうかいした)とちがってこのげんだいにあってヘレニズムてきエロスにしょうめんからとりくんでしかもはるかにじょうしつなせいかをあげていた(ただしヴィーナス、アドニス、マルスの三にんをえんじる「ダンサー」のうごきはどこかしら「とうようてき」で[「きょうげんてき」といってもいい]げんにマルス[そしてダンスぜんたいのえんしゅつしどうも?]は田中泯がつとめていた)。いずれにしてもドイツはベリオとあわせてこのヘンツェをしょゆうすることで「ゲンダイオンガク」(そのようなものがあればのはなしだが)のぶんやでのもっともじゅうような「せんしんこく」となっていることはうたがいえない。
●ちなみに準・メルクルのしきははたしていつもどおりのハツラツとしたせいきにみちたものであった。こんやのほうそうをみて日本人のははをもつこのきえいのマエストロのファンとなったぜんりょうなるちょうしゅうはわがくにのAltusレーベルからでているデビューCD[ALT-006〜7]にしゅうろくされたシェーンベルクへんきょく(かんげんがくよう)/ブラームスさっきょく/ピアノ四重奏曲(オケはやはりN響である)のホンモノのロマンティシズムにせっするべきである。
●さて、げんこうのほうは(笑)?――二十せいきこうはんにうみだされたかずすくないめいさくオペラ(こういうのをみるとskmtのコケオドシはやはりわらいのたいしょうとならざるをえまい)が「ほんぽうしょえん」されるえいぞうがながれるのにPCにむかうほどおろかではない(それをそくほうするためにほうそうしゅうりょうごにPCにむかわないほどサーヴィスせいしんがとぼしくもない)。このよいんこそがあすのしっぴつの「かて」になるとしんじてこんやはほうそうかいしちょくぜんにコルクをぬいたワイン(アルゼンチンさんの\680の!)をしばしのみつづけるのである。[26:30]
2001年1月13日(土)b’
●しごとは某きっさてんでげきてきなしんちょく。「りょう」のうえでではなく「しつ」のうえで。とはいえてがきのメモのじょうたいでのしんちょくなのでこんやこの新PC(いまだにキーボードのはいれつになれない)でにゅうりょくするとそれがマボロシとはんめいするなんてことがあるかもしれない。いずれにしてもきょうほどポータブルなVAIOのこしょうがおしまれたひはない。
●というわけでよるはしごとにかかりっきりのハズ(そのハズだ、そうでないとこまる)なのではやめの、そしてひさびさのBSじょうほう――しんや24:55からの「N響コンサート」(BS2)でげんだいドイツのきょしょうヘンツェのオペラ「ヴィーナスとアドニス」がとりあげられる。N響のていきえんそうかいのろくがだからとうぜんコンサートけいしき(オケがピットにはいらずぶたいじょうにいてそのまえにかしゅがたってうたう)だろうからオペラとしてのだいごみをじゅうぶんつたえるものではないだろうがれいの「管理者のいない掲示板」(全11回)のラストであつかったティツィアーノさくひん(《聖愛と俗愛》)のずそうがくてきな「したじき」となっているヴィーナスのうわきをしゅだいとしたストーリー。そのれんさいをよんでくださったどくしゃ(ただしいまはもうよめない)はぜひ。[19:12][21:55一部修正]
2001年1月13日(土)a
●あさ。ほいくしょへのおくりをすませてからあけるカンビールはのみたりなかったよるのぶんのばんかい。これからだんぼうのきいたへやで三びきのネコたちと「あさね」をして(というのもこの子たちもへいじつは「でんきマット」だけでたえているからだ)ホンキのしっぴつモードにはいるのはごごから。いずれにしてもいつもるすにしているひるまのネコのねむそうなひょうじょうをみながらのビールはすべてをわすれさせてくれる(こういうときはワインではないな)。[10:00]
2001年1月12日(金)
●じゅぎょうはきょうでぶじしゅうりょう。ごごにはへんしゅうしゃT氏に「じじょうせつめい」のメールをおくってそのご「おむかえ」をすませてようやくホッとひといきついた。さすがにこんばんはげんこうにてをいれるきりょくもない。「かみん」からさめてフロにはいって新PCにむかってこうしてにっきをこうしんし、サテこのあとはいつものよるのようにワイングラスにてをのばすのやら。[24:35]
2001年1月11日(木)b
●しごとはげきてきにではないがそこそこしんちょくしたのでさくやあけたワインをのんでいる(きのうよりおいしいのはワインそのもののへんかゆえなのかそれとも…)。ちなみにアテはこんやもユドウフであるが(笑)さくやのようにはゆうしょくののこりのはんぶんなのではなくユドウフようのをまるまる一ちょうである。だがこうして「ユドウフよう」とめいうたれたものはおうおうにしてわがシタにはやわらかすぎる(すぐにねがいがかなってしまうれんあいのようにツマラナイ)。さくやの(おなじメーカーの)「もめん」とのみきされたモノのかたさがこいしい――とあけがたのザレゴト(笑)。[28:30]
2001年1月11日(木)a
●けさからきになってはいたのだけれど「なおす」じかんがなかった――「ひよう・たい・こうか」[さくやのcをさんしょう]は「たか」いのではホメことばにはならないだろう。ただしくは「…のてんですぐれている」としなければなるまい。と、そのようなはずかしいひょうきミスも(そしてあくぶんも)そのようなものとしてろていさせるかたちでのかきつらねかたに「いみ」があるとせよ…。
●こんやはドウナノデアロウその「すぐれている」ワインをのむじかんというのはあるのだろうか。「かみん」をふくめても一にちのすいみんじかんが四じかんほどというのが三日もつづくとさすがにダウンすんぜんでいまその一にちぶんのかみんをとってしまうとせいしきのすいみんのまえのアルコールというはっそうがそもそもつみぶかくかんじられる。イヤそうとはいってもあさがたにはねむらないわけにもいかない。1限と3限の二つのじゅぎょうはじゅぎょうとしてはこんねんどさいごであるので(そういうりゆうがなくても)きちんとこなさねばならないしそのまえのほいくしょそうげいとそれにくわえてみょうちょうはとくに「もちつき」のためのウスをはこんだりする「ちからしごと」があさの8:00にそのほいくしょでまっている(ふだんのとしはじゅぎょうとかさならなければもちつきの「つきて」にもなるのだがさくねんまつに京都のさるしょうがっこうでもちつきによる「しょくちゅうどく」がはっせいしたので「ほぼ」さんがた[ウチの御室保はじょせいばかりなのでいちおうこうかいていしまっておく]だけですませることになった→ざんねん)。というわけでほんらいならこのにっきをかくいとまもおしんで(あすゆうこくにはさいていげん第1稿がしあがっているべき)「げんこう」[さくじつのbをさんしょう]にとりかかるべきなのだろうがそれでもなおこうやってかいてしまっている。「ぎむ」ではない。そういうばしょであるということである(そしてかずはすくないがこんなばしょでもまいにち[あるいはタマに]チェックされるどくしゃがあるということである)。[00:27]
2001年1月10日(水)c
●さっきあけたワインの「ひよう・たい・こうか」(笑)があまりにたかかったのでひさびさにcを――ボルドーものだがイギリスのぎょうしゃ(Berry
Bros & Ruddというそこそこゆうめいなかいしゃらしい)があつかっているうえになんねんものかもきされていないしろものだがとても千円もしないものとはおもえぬあじわい。さいしょにグラスについだときのピリッとしたかんじが三ぷんごにはじつにまろやかにひょうじょうをかえている。さすがオススメのビラがはられていただけのことはある。あすかあさってにでもトミナガ[1月6日(土)bをさんしょう]にいそいでとりあえず五ほんほどかいこむとしよう。
●ついでにかけばよていされたユドウフもじつにびみである。ソバ、ソウメン、スパゲッティのゆでかたからしてすでにどうようのことがいえるのだがユドウフでもダシのとりかたからたべるタイミングにいたるまでじぶんひとりできのすむように「えんしゅつ」するほうがどれほどうまくしあがることか! 細君がわがにっきをよまないことがわかっているからかけることなのだけれど(笑)。
●こうしてワインとユドウフでしふくのときをすごしながらじつは豊川悦司&夏川結衣(+永作博美)しゅつえんのドラマ『青い鳥』(TBS・毎日系、さいほうそうぶんのだい1かい)をみていた。ハマってしまいそうである(笑)。[26:45]
2001年1月10日(水)b
●きょうがしめきりであったはずのげんこう[1月3日(水)aおよび1月5日(金)をさんしょう]はひるにじゅぎょうがおわったじてんでへんしゅうしゃT氏にメールをおくって第1稿(よくいったものである)を12日(金)のゆうこくまでまってもらってさらにT氏のいけんもいれた(ずはんのちょうせいもすませた)完成稿をしゅうあけ15日までまってもらえるようにおねがいした。ずうずうしいことかぎりないがこれはぎゃくにいえば(なんどもきこうしている季刊誌でへんしゅうスケジュールもそこそこわかっていることもあるし)せいぜい「せいじつ」におねがいしてヘタなこうしょうをさけようというおもいからなのである。ちなみにおなじころにへんしゅうしゃS氏(ここではT氏にならって「けいしょう」つきである[笑])にとどけられていなければならないもうひとつのげんこう(三百まいをこえる)のほうはどうなったのか? このけんについてもひとりのかきてとして「せいじつ」であるべくあるひとつのけつだん(じゅうだいな)をかためつつある。いずれにせよすくなくともしゅうあけまでこちらのげんこうにはとりかかれない(しゅうあけにはしかしべつのしごとがまっている)。
●きょうはゆうがたとゆうしょくごにこきざみに「かみん」をとってこれからまた26:30ころまでしごとにかかるよてい。そのあとゆうしょくようにかいふうしたトウフがはんぶんあまっているのでひとりでユドウフをしょくす(27:00しゅうしんがもくひょう)。そのさいワインもまたあたらしいコルクせんをぬくよていだがこちらは24:00をすぎたあたりへとへんこうされそう(もう三十ぷんごではないか!?)。
●ところであさ7:00からのルーティン・ワークもねむくてしんどいけれどマアなれればそれがふつうになるだけである。が、あすはほいくしょでおひるねようフトンのシーツをかぶせるささやかなオプションのさぎょう(笑)がくわわる。きょうのおひるねのときにひさびさにオネショをしたからである。と、こういうことをかいていることをしると子もそろそろおこるかもしれない。[23:34]
2001年1月10日(水)a
●なつばであればすっかりそらがしらんでくるじかんまでよふかしをしたうえでのはやおきはとてもつらい。つらくておもわずにっきにかいてしまっているほどである。ひるすぎのかいぎがすんだあとほいくしょのおむかえまでのじかん(ちなみに「おくる」ほうはさっきすませてきた)「かみん」をとることだけをたのしみにしてまずはこれからの六じかんをのりきりたい。いじょう。[08:33]
2001年1月9日(火)b
●うしみつどき。しごとをしながらワインをのんでいる(せいかくにはきぶんてんかんにこのにっきを「ひとふでがき」しようとしている)。ねんまつからのこのマイブーム(笑)はとうめんおさまりそうもなくてこんやのまだわかいボルドー産ワイン(六ねんくらい「ねかせ」てもいいとわざわざゆにゅうぎょうしゃがラベル(うらの)でことわっている[笑])のシクシクとくるシブミでさえもびみにかんじられる。さて、おんがくはシュタルケル(チェロ)とフィルクシュニー(ピアノ)によるマルティヌーのチェロ・ソナタ。かつてフルニエのゆうがなライヴろくおんをつうじてしったこのきょくのイメージはシュタルケルのさっそうとしたチェロによっていっしんされたのだがこれを新PCにほぞんしたMP3データのさいせいによってきいている(しんやのリビングできいているかぎりにおいてCDとの「おんしつさ」はかんじられない!)。MP3データへのへんかん(シュタルケルが六十さいだいこうはんからRCAレーベルにのこした九まいのディスクについてはさくや[!]ぜんぶすませた)におおくのじかんをついやしていっけんあそんでいるようにみえる(じぶんのめに[笑])のだけれどこうしておいしいワインをのみながらディスクのいれかえなしにノンストップであいすべきおんがくがながれそれによってようやくしごとがすすみはじめるとにんげん、キンベンだけではよくないとますますじこにたいしてかんようになってくる。ただおしむべきはあとすうじかんごにはかこくなるあさがあけるのでそろそろなみにのりかけたこのしごとをちゅうだんしなければならないということだ。とつぜんのきしょうのへんかによってだいがくがりんじきゅうこうにになる(ただしほいくしょだけはいつもどおりひらいている[笑])なんていうことがおこらないものかとおもってしまうのであった(よってる?→だがくりかえしておくがそれにしてもマルティヌーのチェロ・ソナタはうつくしい)。
●ところですでによこくしてあるとおり[2000年12月24日(日)aをさんしょう]スペシャルのページからリンクをはっていたテクスト「管理者のいない掲示板」をこんやのうちにさくじょいただくことになった。そのリンクさきのページの800をこえるカウンタのすうちのうちのなんわりかはHPせっちしゃ(にこさん→ニューヨークではドレスをこうにゅうされたそうだ)とテクストしっぴつしゃ(このにっきのさくしゃでもある)であるかのうせいはひていできないがそれでももっともしあわせなかたちでの「こうかい」のされかたであったとおもっている(これだけでも「つうしん」[にこさんがよくつかわれるひょうげんである]のせかいにあしをふみいれたカイがある)。このばしょをかりることによっても(でもここはじぶんのばしょだ[笑])こうしきにおれいもうしあげておきたい。(ただしわがHPからのリンクのさくじょはつごうによってすぐにはかなわないことをふきする)。[26:56]
2001年1月9日(火)a
●あさはほいくしょに子をおくりとどけたあとはさすがに一じかんはんほどねむらずにはおれなかったが(あけがたまで「いろいろ」さぎょう[つづくbをさんしょう(笑)]していた)ひるからはゆうがたまで五じかんをこえてかいぎ(二つ)がつづいたのでとにかく一にちじゅう「すいま」とたたかいつづけなければならなかった。そのすいまはさっき「こうれい」のしょくごのかみんをとったためにすこしなだめることができているが(よく一じかんほどでめをさましたものである)あすはじゅぎょう(2限)とかいぎ(3限)がつづく(そのまえにはもちろんそうちょうのルーティン・ワークもある)からさくやのようにだらだらとよふかしすることはできない(でもよふかししなければならない「とくしゅじじょう」もある)。こうしきには一ねんの(そして二十一せいきの)しごとはじめなのにきぶんははやくも/すでにねんまつ(せいきまつ)である。
●ちいさなろうほう――右京区のほいくえんじの「え」をあつめてかいさいされるあるてんらんかいで子のさくひん(イモほりでじぶんでほったサツマイモ[の「け」]を岸田劉生もまっさおなリアリズムをもってびょうしゃしたりきさく)がてんかんされることになった(右京区内某所、1月20−22日)。ふだんは「おえかき」がきらいでパステルもなかなかにぎってくれないのだがやってみればやはり「ち」はあらそえない(と、だれもいってくれないのでみずからすすんでかいておく)。[23:07]
2001年1月8日(月・祝)
●けさのあけがたちかくにワインをのみながらさくじつぶんのbとしてかなりながいテクストをかいたのだが「じこ」でそのにゅうりょくぶんがすっかりうしなわれた(プログラムじょうのもんだいでしゅうふくされなかった)。ないようてきにはおんがく(MP3データのライブラリー化)にかんするものだったがつまらないぶんしょうでもこういうロスはめっきりきおちする。
●さて、あすから一かげつほど細君のきんむがとおく(山科)のびょういんでの「じっしゅうしどう」となるので(まいとしこのじきのこうれいである)かのじょが7:00にいえをでるとあとの子のめんどう(あさごはんからおむかえまで)はこっちがすべてみることになる。これからの一かげつといえばこっちもていきしけんのさいてんやそつろんのしもんやらのこうむがさんせきしてしていて、つまりやすみがあけたとおもったらいきなりもっともかこくなきせつとなるのである(わかってはいたがイザぜんじつとなってみるとますますおもくのしかかってくる)。
●きのうとあしたのあいだの、きょうのしごとのしんちょくは?――これからねるまでのじかんにかけよう(でも6:45にはおきなきゃなんないからな)。[21:30]
2001年1月7日(日)
●ひる。京都にこのふゆはじめてのほんかくてきなゆき。ふもとに龍安寺と金閣寺をようする衣笠山系もいちじはまっしろにゆきげしょうしてこのままふりつづけたら「かえり」はすこしやっかいなことになるかなといっしゅんはおもったが(きぶんてんかんのためにクルマでかいもの&おちゃをしにいくところだった)あっというまに(きっさてんでげんこうをかいている[かこうとしている]うちに)みぞれっぽいぼたんゆきになってよるになるとぎゃくにただのあめになってしまっている。三ねんまえまで六ねんにわたってかよったゆきふかい山形のひびをおもいだす「よすが」としようなんてかんがえたものだがマアあまっちょろいことこのうえない(山形新幹線はふっきゅうしたのだろうか?)。
●こうしてせっきょくてきにきぶんてんかんのじかんをもつなどどりょくしているのにげんこうしっぴつは「なかやすみ」といったところである。ほんらいならもっとすすんでからとりたいやすみなのだがどうしようもない。
●よるはカニなべ。せんじつカニをしょくすことをつよくようきゅうしておきながらそのちょくぜんにたいちょうをくずした細君[1月1日(月)bをさんしょう]のいわばリベンジだがしごとのしんちょくがはかばかしいときであればもっとおいしいのだろうとひそかにこじんてきかんそうをいだいた。まあしかしかていないのへいわもだいじなようそではある。
●ようやく「ようび」かんかくがわかっていた子がどうしてあすが月ようびなのにほいくしょはやすみなのかなんどもきいてくる。ふまんなのはわかるがそれはこっちもどうようである。ガマンしたまえ。[24:08]
2001年1月6日(土)b
●おいしいコーヒーをのみながらだとアタマのふだんははたらかないぶぶんがかいてんするようでいっきに「しょうりしゃ」になったきぶんになるのだが(アルコールがはいっていたりして[笑])ところがじたくにもどってにちじょうてきなざつじのかずかずをこなしているうちにさっきのはたんなるユートピアてきはっそうにすぎないのではないかとおもえてきたりする。だがそうおもってしまったらきょうのしんちょくは(しんねんかいまでサボったのに)ゼロということになってしまうので「それはまずい!」とこれからワイン(きょうもトミナガ[ディスカウント酒屋]でフルボディの赤ばかり三ぼんかってきた)でけいきをつけながらそのしさくをおもいおこすのである(VAIOがこしょうちゅうなのできっさてんでのしさくはきたないメモときおくのなかにしかない)。
●ちなみにこんやじかんをたくさんロスしたのはせんじつろくがしたえいが《ロストワールド》[《ジュラシックパーク》のぞくへん]をあろうことかかぞくでみてしまったからである。ウルトラマンのかいじゅうならだいじょうぶな子もよりリアルなきょうりゅうをまえにしてはなんどもぜっきょうしたがいずれにしてもこのしょうがつはふだんのなんねんぶんかのえいがをみているけいさんになる。ハマってしまうかもしれない(えいがといえばまもなくニューヨークからもどってこられる「にこさん」のことがおもいおこされる)。
●もう一てん――(べつにかんれんはないのだが)その《ロストワールド》をみているさいちゅうにあさって8日(月)がしゅくじつ(「せいじんのひ」)であることにきづいた。じゅぎょうがあるひならよろこびもするだろうがしごとのしんちょくにとってほいくしょが「たのみのつな」であるにんげんにとってはいっしゅの「あくむ」(笑)でしかない。しごとがすすまないであろうあしたのぶんをそのひにばんかいしようとおもっていたからなおさらである。こんやのガンバリ(ワインのちからをかりた)によせるきたいがふくらむゆえんである。[26:00]
2001年1月6日(土)a
●「きょうじゅかい」と「しんねんかい」[さくやのぶんをさんしょう]はサボった。しごとがおもいのほかすすんだためPC(きょうは細君もしょくばにでている)のまえをはなれがたかったからである。――とかいてみたかったからそうかいたがもうひとつのりゆう(うえはまったくのウソではない)はごぜんちゅうはやはりねむくてみだしなみをととのえてクルマをはしらせるきぶんにならなかったからである。と、これをはやばやとほうこくしたうえできょうはこれからおいしいコーヒーをのみにひさびさに「Pur
Brun」[2000年12月1日(金)をさんしょう]へ。[15:16]
2001年1月5日(金)
●ねんまつにまたしてもこしょうしたVAIO[2000年12月30日(土)をさんしょう]を上新電機京都1ばん館にもちこんで(ごぜんちゅうはフトンのなかなのでもちろんごごである)そのあしでTSUTAYA西院店にたちよりDVDソフトをぶっしょく。めいさくえいがをすこしずつコレクションしていくつもりだが(ぞくっぽいな)こうほさくひんがたくさんありすぎて(またしごとがすすんでいないうしろめたさもあって)けっかてきにはじぶんのではなく子のための《わが愛しのウルトラセブン》[PIBW-7002]のみをこうにゅう。四話ずつ一まいのディスクにおさまった全ほうそうぶんのシリーズはかいだしたらキリがないのでいわゆるアンソロジーものをえらんだのだがこれがモロボシ・ダンこと森次晃嗣のナレーション(おもいでばなし)がえいぞうのバックにながれてそればかりかかれじしんのやくしゃとしてのくろうばなしがかたられるなどマニアしかよろこばないソフトなのであった。\4,800もしたのにだいしっぱいである。
●げんこう(1月10日しめきりの二十まいもの[1月3日(水)aをさんしょう]のほう)はメにみえる(エッセイ版「モダニズムの条件」としてせいりしうるような)げきてきなしんちょくはなかったことをこくはくしなければならないがそれでもコンセプトはずいぶんめいかくになってきた(とでもかかないことにはやっていられない)。それもおそらくはほいくしょのさいかいのおかげである(笑)。17:00すぎに「おむかえ」にいくときのうまでとはべつじんのようにはげしくはしりまわるアンファン・テリブルがいてこれだとよるもすんなりねむってくれるだろうとよそうされたのである(このよそうどおりにたったいまいつもより一じかんもはやくしんしつにむかった)。
●あすはしょうごから都ホテル(東山)にて「きょうじゅかい」(!)があってそのあとばしょを同ホテルのおおひろまにうつして立命館ぜんたいでの「しんねんかい」(なんとおおがかりな)がひらかれる。ちゃくにんして二ねんかんはけっせきしてきたがことしは「しょくむ」じょうおなじようにはにげられないたちばにあるのでぜんはんせんだけかおをだすことになる。そう、「そうたい」するりゆうは「ほいくしょのおむかえがあるので」といういつものやつで(笑)。[21:52]
2001年1月4日(木)b
●「さくや」のことからかきはじめるのがつづくのもなんなので「こんや」のわだいをこんやのうちに――近江牛はびみであった(笑)。かぞくといっしょのときにはけっしてたべることができないていどのレアでそれはわがくちのないへきとしたをあつくしたあとほとんどとろけるようであった。さくやあけたワインがカラになったのはもちろんいうまでもない。(しごとはきたいしたほどすすみはしなかったがほんのすこしだけ「モダニズムの条件」(断章版)をこうしんした。→ほんとうはエッセイ版にちゃくしゅするよていであった。)[28:50]
2001年1月4日(木)a
●さくやのえいが《ピアノ・レッスン》についてはじつはしょうしょうナメてかかっていたのだがラストのどんでんがえし(のちょくぜん)のえいぞう/えんしゅつにはおどろかされた(くわしいことはかかないでおこう)。いずれにしてもさくひんのなかみをみないでじゅぎょうのそざいとしていたときとつぎにビデオのえいぞうをへんしゅう/じょうえいしつつとりあげるとき(らいねんどの表象批判IIで?)とではずいぶんニュアンスがかわることであろう。
●そうしてあけがたまでえいがをみてしかもそこそここうふんしてすぐにねむりにもつけなかったのでよくじつ(きょう)にえいきょうがでたのはいうまでもない。あさとひるをかねたしょくじをとったあとは細君(かのじょもがくせいのこっかしけんたいさくの「もし」をつくらねばならない)と新PCをうばいあいながらいろいろとあたまをひねるのだがけっかてきには「ちちとしてすすまず」とかくしかないじょうたいであることはひていできない。あせってはいるがほいくしょがはじまるあしたいこうがホンバンだとすでにじぶんにかんようになっている。
●いや、こんやはこのあと二、三じかんはPCにむかうのである。らくてんかはここでげきてきなしんちょくがあることをゆめみる。そしてそのしんちょくをみたあとはしんやにひとり「しもふり」の近江牛のステーキ(約180g)をやいてドイツワイン[さくやのbをさんしょう]をやることになっているのである(とうしょこんやのがいしょくさきを「フォルックス」(ステーキ)にするあんがだされたのだがクルマをうんてんするにんげんとして「のめない」のはこんやはツラいとていこう(こんがん)して「ジョイ」(和食)にへんこうしてそのくせ「やしょく」ようにきっちりおニクはかっておいたのである)。しんちょくがなかったら? ほいくしょさいかいの「まえいわい」としよう(笑)。[24:00]
2001年1月3日(水)b
●しょうがつやすみということもとうぜんかんけいしているのだろうがこのにっきのカウンタのまわりかたがいじょうにおそい(笑)。ということでぎゃくにこのごにおよんでなおアクセスしてくださっているどくしゃにはしんきんかんをかんじてしまうのでしんやのついき――いただきものなどでキッチン・シンクのしたにねむっていたワインをねんまつからつぎつぎと(三日に二ほんのわりあいで)かたづけているのだが(たまたまおいしいのがつづいているというのもあるのだろうが)このあかいいろのえきたいなしでは00:00をすぎてからのじかんをすごしえなくなっている。こんやコルクをぬいたもの(’97年産のドイツワイン)も(これはそうこうかなものではないはずだが)けっこうイケるのでこれをちびりちびりやりつつしごととえいがかんしょうをあさまでへいこうしてすすめるけつい(笑)をかためた。ということでこのしんやにアクセスしてくださるアナタ(があれば)とカンパイ。[25:20]
2001年1月3日(水)a
●ひさびさにアカデミック・サイトのスペシャルのページの「モダニズムの条件」(断章版)をこうしん。とはいえほんのメモていど。これ(ら)をすいこうしてエッセイ版としてさらにそれを10日しめきりのさるしごとのげんこうとする「ふくあん」もあるのだが――さて、どうしたものか(しめきりのぜんごにモガキくるしむサマをみせるのはねぇ)。
●ちなみにじたくの新PCからはあいかわらずこのアカデミック・サイト(立命のサーバにおいてある)をみることができないでいるのだが(きせいさきの金沢のネットカフェでアクセスいただいたくずさんもおなじけっかだったそうだ)そのいみではたいがいのどくしゃはそのトップページからスペシャルのページ(ひんぱんにこうしんするハズだったのでファイルはじつはbiglobeのサーバにおいてある)にはいっていくほかないのだからモガキくるしむサマをみてもらおうにももらいようがない。ちょうどいいチャンスか。
●母はややたいちょうをもちなおしたがいまいち「ばんぜん」でない。しょくたくもそれをはんえいしてかなりまずしいじょうたいがつづいている(えいようはかなりふそくぎみだ)。ということでおしょうがつやすみのさいしゅうび(そのよくじつのほいくしょのしょにちを子はまちのぞんでいる)となるあすのよるはがいしょくで「えいようほきゅう」ということに。
●こんやは〈女〉、〈障害〉、〈非西洋〉、〈野蛮(文盲)〉のPC(political correctness)しゅだいそろいぶみのえいが《ピアノ・レッスン》(1993年、豪作品。1999年度の表象批判IIでとりあげた)のほうそうがあるので(かんさいちほうではKTVで)それをみて…とおもっていたらナント25:55から28:15までとある。あすのごぜんちゅうをねてつぶすかくごがひつようだな(と、すこしちゅうちょ)。[23:22]
2001年1月2日(火)
●さくゆうダウンした母がまだかいふくしないためまる一にち子のあいて。さすがにきょうはなにもかくきがおこらない(じっさいかくべきこともない)。《フランダースの犬》? きょうはネロしょうねんのおじいさんがなくなるところまでみた。げきじょうこうかいようにへんしゅうしなおされているためストーリーてんかいがいささかせっそくであえてのこり三十ぷん(きしょうてんけつの「けつ」のぶぶん)をのこしたのである。ちなみに《ウルトラマンダイナ》のソフト[2000年12月27日(水)bをさんしょう]のほうはもう三かいもとおしてみた(ねんまつにこうにゅうしたPCとDVDプレーヤがおなじへやにあってイヤでもしかいにはいってくる)。(かくべきことはないといいながらかいている。)[21:15]
2001年1月1日(月)b
●いつものしょうがつとおなじようにおそくきしょうしてつつましいおせちをしょくしたあと北野天満宮から平野神社へのおきまりのはつもうでコースへ。かえりによったイズミヤ(がんたんからえいぎょうしている)ではトリなべにするかカニなべにするかでひともめしたすえに細君のしゅちょうどおりカニにおちついたのにそのごその「しょうりしゃ」のカゼがきゅうそくにあっかしたためにほとんどひとりでなべをつつくことに。そしていませんたくきをまわしつつ二十一せいきさいしょの一にちがおわろうとしている(ざつむにおわれるひびがすでによかんされる)。
●さて《フランダースの犬》は(「ワタシはつらくてみていられないからさいしょからみない」という細君の[またしても]つよいしゅちょうがあって)いちどは「ふういん」されることになったのだがうえのようなじじょうによって父子ふたりのじかんがはっせいしてしまったために22:00ころからきゅうきょ「じょうえい」。パトラッシュがかつてのかいぬしにつれていかれそうになるききをのりこえるぜんはんだけできょうはちゅうだんしてのこりはやはり細君のちょうしがわるいじかんをみはからってということに。イヌとネコのちがいはあるがマリ、セリ、ニゴ、そして故タマのことがあるからだろう、ドラマにかなりかんじょういにゅうしている子がこのあとのひげきてきなけつまつへのてんかいをどううけいれるのか。[24:14]
2001年1月1日(月)a
●おしょうがつようにかったDVDソフト《フランダースの犬》[劇場版DSK-057]を「よしゅう」。このソフトこうにゅうのりゆうのひとつはじゅぎょう(「現代造形文化論II」)でとりあげたということだったのだがこんやさきばしってみたのは母子といっしょにみたときにかんたんになみだをみせることはできないからである(ちなみに母のほうはむかしイヌをかったけいけんをおもいだしてタイトルをみただけでもうめをうるませるのである)。なかみは1997年の「げきじょうこうかい」ようにつくりなおされたぶぶんがかつてのテレビほうそうばんとくらべていっちょういったんだったが(CGをもちいた「しんえんしゅつ」のぶぶんなんかしょかはさすがにあっかんだったがあのあいすべきテーマソングが岩代太郎さっきょくのムードおんがくにさしかえられているのはしょうじきいってきょうざめであった)はたしてぜんたいとしてはやはりよしゅうしておくにふさわしいものであった。もうなみだはかれてしまったのであしたもう一かいみてもだいじょうぶだ(笑)。[04:00]