第7話 {恐怖のお弁当}

 幼稚園児とは、恐い者であると、知らしめられたのは、この時だったと思う。
 

 幼稚園の年長になって、新しい友達もでき、毎日が楽しくて楽しくて仕方があ

りませんでした。楽しいといえば、やはり、お弁当の時間でしょう。仲良しのお

友達と、横に並んで一緒に食べるお弁当。これがまた格別に美味いのです。幼稚

園の頃は、お弁当箱を暖めるための、冷蔵庫みたいなのがあって、お弁当が冷め

ても、それで、温かくしてから、食べられたので、さらに美味しくなりました。

  その日は、いすを机代わりにして、みんなで、輪になってお昼を食べること

になりました。当然、私の両隣には、仲良しの友達がいました。健太君と、伸也

君でした。二人とも、とてもうれしそうでした。私もその笑顔につられて、ニコ

ニコしていました。みんなで、わいわい言いながら、ご飯を食べ、楽しい時間は

あっという間に過ぎ去っていったのでした。

 が、しかし、私はまだ理解していなかったのです。幼稚園児がどれほど恐い者

なのかを。

 そう、楽しさが憎しみに変わる、その時まで・・・・・・。

 私がお弁当を食べ終え、いすを片付けようとした時でした。

私の不注意で、私のいすが、隣に座っていた健太君のいすにぶつかってしまった

のです。まだお弁当を食べ終えていなかった健太君のお弁当からは、重さでいう

と、およそ、10グラム程度のお米が、外に、飛び出したのでした。お母さんの

手作りのお弁当。朝早くから起きて、かわいい息子への愛情がこもったお弁当。

そのお弁当のお米が、飛び散ったのです。健太君の眼が、少しマジになりまし

た。私は、「セーフ、セーフ」と、野球の審判のように、両手を広げて、何とか

大丈夫だと伝えようとしました。そうすると、健太君は、何とか平静を取り戻し

たのか、彼の眼にも優しさが戻りました。

 が、しかし、ここからが、不幸の始まりだったのです。なんと、私が、再び、

いすを動かした時、さらに、健太君のいすに衝撃を与えてしまったのです。今度

は、10グラム程度どころではありませんでした。食べかけのお米の半分近く

が、無惨にも飛び散ったのです。

 健太君は、ゆっくりと、静かに立ち上がりました・・・・・・・。

 彼の顔からは、凄まじい、殺気を感じました。彼の眼は血走り、まるで、鬼の

ようでした。そうして、泣きながら、「ムキーーーッッ!!!」と、意味不明の

言葉を発しながら、両手の鋭い爪で、私の顔を十数回かきむしりました。さすが

の、機敏な私もその時ばかりは圧倒されて、動くことすら出来ませんでした。た

だ、なすがまま、彼の攻撃を受けていました。

 ようやく、彼の気が収まり、私は、解放されました。健太君は、眼に涙を浮か

べたまま、「きっ!!」と私を睨(にら)んでいました。

  後で、先生にオロナイン軟膏を塗ってもらったのですが、その痛みは、ハンパ

なものではありませんでした。少しの間、満足に笑うことすら出来ませんでし

た。

 しかし、こんなことがあっても、健太君とは、それからも仲の良いお友達でい

たのでした。

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