文化遺産と芸術作品を災害から防御するための若手研究者国際育成プログラム

ホーム > 派遣者報告 >2008年度派遣実績

派遣者報告

2008年度派遣実績(派遣報告書より抜粋)


□ 石上 阿希衣笠総合研究機構PD
派遣概要 報告者は、2003年よりホノルル美術館の所蔵となったリチャード・レインコレクションのうち、春画・艶本の整理を進め、版本、版画、肉筆併せて約530点の目録作成、及びデジタル撮影を行った。この作業をふまえて2010年にレインコレクションの春画カタログが出版されることになっており、本派遣ではその出版に向けての作業を行った。具体的には、全資料の目録の最終確認と掲載作品の選定、解説・論文の執筆準備などである。  
 ロンドン大学SOASでは春画の調査・研究を進めた。East Asian Art and Archaeology Research Seminarsにおいて「忠臣蔵ものの艶本」というテーマで、近世期の艶本が歌舞伎や浮世絵、黄表紙といった他ジャンルの表現媒体の流行を積極的に取り入れている事象を考察し、また絵を読み込むことで得られる絵解きの楽しみを持ち併せていたことを発表した。この研究会ではSOASの研究者や学生たちと春画と笑い、春画とパロディの問題などについて議論を行った。  
 また、SOASを拠点として大英博物館で浮世絵・版本のデジタル撮影を行った。これは大英博物館と本学ARC「版本と版画の美」プロジェクトとの共同プロジェクトの一環である。さらに博物館の所蔵する春画285点・艶本8点の書誌調査も行った。  
 ボストン美術館では、未整理の艶本調査を行った。本美術館の所蔵品については、2006年度に第1回目の調査を行い、第2回目となる本派遣で艶本全261点の目録を完成させた。また、同時に撮影も行った。時間的な問題から全点全丁の撮影は出来なかったが、全資料の表紙、見返し、序文、内題など比較的重要な箇所を撮影した。本調査によって未整理であったコレクションの全容が明らかになり、艶本研究上重要な作品が多数含められていることが分かった。また本調査の成果を踏まえて、各資料の書誌データと画像が美術館ウェブサイト上のデータベースで逐次公開されていく(http://www.mfa.org/collections/search_art.asp)。


□ 鶴田 清也理工学研究科 博士課程後期課程3回生/衣笠総合研究機構RA
派遣概要 2008年6月10日から2008年8月10日までの間、カナダ ブリティッシュ・コロンビア大学 メディアグラフィック学際センターにおいて、音楽からの感性情報抽出に関する基礎研究を行った。派遣先での研究内容は、日本の所属研究室で行っているバーチャルダンスコラボレーションシステムの開発に大きく貢献するものであった。
 バーチャルダンスコラボレーションシステムとは、実際のダンサーとバーチャルダンサーがダンスによるインタラクション・コラボレーションを行うことが可能なシステムである。提案するこのシステムを構築するうえで、ダンスと音楽は切っても切れない関係であり、音楽はダンスの表現動作に大きく関わるものと考えられる。そこで、システム中のバーチャルダンサーの動作を音楽から得られる感情に基づいて変化させることが必要となる。そのために、今回の派遣では音楽から感性情報を抽出するための基礎研究を行った。
 派遣先のブリティッシュ・コロンビア大学には音楽学部があり、実験のためのサンプルデータを得るにはとてもよい環境であった。その環境を最大限に生かし、実際に生演奏で楽曲を録音した。得られた録音データからコンピュータによる感性情報の抽出を試みた。サンプルの録音は、音楽学部教授指導の下、音楽学部の学生に演奏をしてもらった。1 種類の楽曲を、参考文献[1] に基づき8 種類の感情に演奏しわけたものを実験サンプルとして得た。得られたサンプルから特徴量を抽出し、各演奏間での差異を比較することで、感情表現の違いにはどのような要因が影響を与えているのかを調べた。得られた実験結果は、基にした論文の感情の分類に一致することが確認できた。これは、今回抽出した特徴量が感情を表す要因として妥当なものであることを示す。比較的簡単な特徴量を用いても、大まかに感情を分類することが可能であることがわかった。本研究の成果を用いることで、コラボレーションシステムにおけるバーチャルダンサーの動作を修飾・変化させることが可能になる。今後はこの成果を基盤としてシステムに組み込んで行く予定である。


□ 水田 哲生立命館グローバル・イノベーション研究機構PD
派遣概要第一フェーズ(7月1日から8月2日まで)
 1st International Meeting of "Urban Planning and Conservation Policies for Cultural Heritages" および2nd international workshop of "Urban Gaming and Simulation and Urban Design for Cultural Heritages"の事務局として他研究者との調整をおこなうと同時に、自身研究者として京都市が大地震に直撃された場合の経済被害分析の試算をおこなった。
 7月31日から8月2日までは、ゲーミング・アンド・シミュレーションの国際ワークショップのうち、4グループを構成し、班ごとのゲームの計画・作成・実施・評価をおこなった。
 また、この期間中、並行して、メインの研究テーマであるアユタヤの水害リスク分析のための現況調査として、7月10日・11日の両日、チャイワン准教授、マナ講師、大学院生パンティータさんたちと土地利用現況調査および文化財管理機関である内務省文化財局(The Fine Arts Department)での聞き取り調査を行った。
 なお、タマサート大学建築・計画学部の「都市計画」コースにおいて、日本の都市計画に関する歴史と具体的な事例紹介の講義を7月8日に、また日本の防災計画に関する理論と現実および将来像の紹介の講義を7月15日に、それぞれおこなった。
第二フェーズ(8月3日以降)
 洪水が多発しているアユタヤでの被害推定および将来必要な政策検討のために必要なデータを入手した。それらは先行研究のサーベイおよび現地でのアンケートによっておこなった。
 9月20日の終日、建築・計画学部の学生4人とともに、アユタヤでアンケートおよび聞き取り調査をおこなった。具体的には、外国人観光客、タイ人観光客、地元住民(主として観光客相手の商店員)を対象として、仮想評価法(Contingent Valuation Method)と旅行費用法(Travel Cost Method)にもとづくアユタヤの観光価値と、それが水害によってどの程度被害を受けているかを推定するための基礎データを収集した。
 このデータに加え、すでに収集している各種データ、先行研究、文献・資料などを分析した。
 なお、この期間中の8月7日から29日まで、6年間続いている、タマサート大学建築・計画学部と立命館大学政策科学部との学術交流プログラムにおけるスタッフとして、内容の吟味や連絡調整、さらには講師として研究指導をおこなった。
 また、9月4日にはチェンマイ大学大学院建築学研究科において「Disaster Prevention and Mitigation Plan and Practice in Japan」というタイトルで2時間20分にわたって講義を行った。


□ 大槻 知史衣笠総合研究機構PD
派遣概要(1)マップ作成アプローチを通じた歴史地区保全のビジョン形成手法の開発と実施(タマサート大学)
 受入研究者であるチャイワン・デンパイブーン・タマサート大学建築学部准教授と共同で、タイ・Sam-Preang地区を調査対象地とし、コミュニティでの歴史地区保全ビジョン形成の1stステップとして学生・住民の協同によるマップ作成アプローチを通じた地域の安心・安全リスクと文化的コンセプトの可視化・共有を行った。
(2)観光客からの寄付を活用した、世界遺産アユタヤ遺跡の保全システムの検討(タマサート大学)
  水害の増加に伴い、洪水からの保全対策が求められている、世界遺産アユタヤ遺跡で、国内・国外の観光客からの寄付を活用した、コミュニティベースでの遺産保全システムの検討を行った。今回の派遣では第一段階として、タマサート大学の共同研究者との議論を通じた遺産保全システムの設計を行うと共に、観光客の寄付を通じた財源獲得額を推計するために、CVM調査を通じた支払い意思額の推計のプレサーベイを行った。
(3)行政職員のトレーニングを通じた気候変動への「適応」のためのキャパシティビルディングの構築に関する研究(国連国際防災戦略(UN/ISDR))
  地球規模で大きなリスクとなりつつある気候変動(climate Change)に対して、歴史都市・文化遺産地域が「適応」するための重要なローカルレベルでの行政職員のトレーニングについて、フィリピン大学の事例のヒヤリングサーベイ等、南アジア・東南アジア諸国の先進事例の比較を通じて成功に必要な条件を整理した。
  その他、ITP国際ワークショップのコーディネーターとして、タマサート大学の受け入れ研究者と共に、ワークショップの準備・運営を行った。また、タマサート大学の客員講師として、まちづくり及びコミュニティのビジョン形成に関する講義・学生指導を行った。


□ 大野 晋政策科学研究科 博士課程後期課程1回生/衣笠総合研究機構RA
派遣概要 本派遣期間中の活動は、以下の2つに分けられる。
 まず1つは、ハワイ州ホノルル市の「ホノルル美術館 (Honolulu Academy of Arts)」 におけるコレクションの調査と、研究交流である。ホノルル美術館の東アジア部門は、日本文化に関わる美術品、着物、仏像、民具など、膨大なコレクションを所蔵している。本派遣にあたっては、事前に電子メールでやりとりをし、現地では同部門を訪問し、研究交流を行った。特に、年表をベースにしたコレクションの閲覧システムのデザインに関する意見交換を行った。現在、ここでの議論をもとに、NIFTY TimeLineシステムを用いて、ネット上での閲覧システムの試作 (http://www.arc.ritsumei.ac.jp/inabam/honoluluacademy/) に取り組んでいる。
 2つ目のハワイジャパニーズセンター (Hawaii Japanese Center) は、日系人によって作られた町であるハワイ州ヒロ市にあり、日系人移民に関する膨大な資料を所蔵する屈指の機関である。また同センターは、現在もなお、日系人コミュニティのハブとして、活発な情報交流の場としても使われている。本派遣期間においては、同センターのコレクションを調査し、またセンターに関わる多くの日系人に対する聞き取り調査を行った。また、同センターのWebページの再構築作業、http://wwww.japanesecenter.com/)のほとんどを行った。今後は、同Webページをポータルとした、総合的な日系移民資料アーカイブの構築と公開に取り組んでいく予定である。
 さらに現在、本派遣の研究成果をもとに、時間軸をもとにした文化・芸術情報の閲覧システムの試作に取り組んでいる。その活動の一部については、GCOEセミナーや「アート・リサーチ」等において、発表を行った。


□ 大矢 敦子文学研究科 博士課程後期課程1回生/衣笠総合研究機構RA
派遣概要 報告者は、コロンビア大学東亜図書館が収蔵している、約80,000点にも及ぶとされる映画資料群「牧野守コレクション」の整理を、同館Archival/Public Services LibrarianのDr. Beth Katzoff氏と同館プロジェクト・アーキビストMs. Cagno Ota Maiko氏と共に行った。本コレクションについては、9月中旬頃より整理に関するプロジェクトが始まってはいたものの、日本から発送された、40p×34p×27pの箱、約900箱がほぼ手つかずであったため、10月7日から12月31日までに全体の1割に当たる約100箱を開封し内容を確認するとともに、Ms.Cango氏及びDr. Katzoff氏と共に、日本より送られていたリストを参照しながら、東亜図書館での利用が可能となるよう、図書館で使用されている検索項目に則って各カテゴリーの基本的な分類を行った。
 開封した100箱の中には、書籍、雑誌類はもちろん、戦前戦後を通した貴重な直筆シナリオ原稿も多数含まれていた。特に、京都を地盤として映画文化・産業の牽引役であった、牧野省三の独立プロダクションの監督として、1920年代に主に監督として活躍した井上金太郎の直筆シナリオ及び原稿群に加え、松竹で小津安二郎作品の脚本を数多く手がけた池田忠雄による直筆シナリオ及び原稿群は、特に戦前の多くのフィルムが失われている今日、映画史研究の分野において、作品内容がわかる資料としてだけでなく、作品の製作経緯を知る上でも貴重な存在として位置づけられる。
 加えて、1930年代から40年代の東宝の資料を中心に、各映画会社の内部資料も含まれており、企業秘密として社外からはほとんど持ち出されることのない、売り上げ表・製作予算表、技術開発や労働争議等に関する書類は、当時の映画界を取り巻く社会情勢を背景とした、映画会社の製作現場、職員の労働環境を知る上で大変貴重な資料群である。その他にも、1920年代からの映画興行に関するプログラム及びポスター類や、作品スチールをまとめた手製アルバム、1920年代の映画作品を用いた幻灯ガラス板なども含まれていることが判明した。
 今後は、こうした多種多様な資料の最適な保存と、資料情報の掲示が課題となる。今後も引き続き、Dr.Kaztzoff氏や東亜図書館スタッフと共に、最適な分類や手法について見当を行っていく予定である。