文化遺産と芸術作品を災害から防御するための若手研究者国際育成プログラム

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派遣者報告

2009年度派遣実績(派遣報告書より抜粋)


□ 城月 雅大立命館グローバル・イノベーション研究機構PD
派遣概要 イギリス国内で、実際の調査を実施するにあたって、現地の状況や現実問題としての調査実施の可能性などを検討し、さまざまな情報を収集することにおおよそ3ヶ月間を要した。私の研究課題自体が、様々なディシプリンをまたぐ領域のものであったため、渡航が決まっていた時点で、当初よりホストを引き受けていただくことが決まっていたAki Tsuchiya先生の他に、環境心理学の世界的権威であるChris Spencer先生(心理学部名誉教授)にコンタクトを取り、セカンド・ホストとなっていただいた。渡英後の約3ヶ月間は、一ヶ月に一回もしくは二回の頻度で、研究計画を確定させるために、3人でミーティングを行った。ミーティング自体において、両先生が方向付けをされることはなく、あくまでも、こちらが練った計画に対してコメントや指摘をしていただく形だったが、この作業が、結果的に明確な一年間の研究の方針を定める上で非常に役立った。
 実際の研究事例や方法が決まってからは、主に調査準備に多くの時間を割いた。日本国内でも、社会調査を実施する際には、非常に綿密な事前準備が必要となるが、ましてやイギリスでの調査だったため、通常よりも多くの時間が必要だった。シェフィールド大学の研究倫理規定では、調査実施に際して、必ず研究課題自体に対するサイエンティフィック・レビューと、手法自体の倫理審査が求められているため、これにも多くの時間を必要とした。特に、サイエンティフィック・レビューについては、申請者との利害関係のない研究者が審査員として2名選ばれた上で審査されるため、再三にわたって修正を求められたが、このプロセスも研究自体のクオリティを高め、ミスを防ぐ上で非常に役に立った。調査の実施に際しては、大学内においてプレ調査を実施し、調査の正確性の向上に務めた。


□ 崔 雄立命館グローバル・イノベーション研究機構PD
派遣概要 ロンドン大学SOASでアジア圏における伝統文化の研究成果を学び、また、東アジアにおける無形文化のネット上でのバーチャルな表現と発信の手法について身につけるのが今回の主な研究目的であった。
 今回の研修を利用して、舞踊などの無形文化財はCG技術を用いて可視化することが重要なことを感じるようになった。また、モーションデータのCG化やSecond Life (SL)でのコンテンツ化に関するスキルを身につけことができた。それでヨーロッパによる文化材の保存への視点と考え方を理解することができた。これは私の専門とするITの将来を世界的な視野に立って考える上で大きな経験となった。
 時系列ごとの研究概要は下のとおりであった。
 1) 5月の研究概要:SOASにおける研究者との議論を深め、無形文化財のネット上での表現の手法について検討した。CG建造物の製作方法やデータの形式などを調査し、モーションデータをCG建造物に再現する方法を研究した。
 2) 6月の研究概要:簡単なCGアバタを製作して、CGのポンペイの遺跡の上で動かすことを研究した。能などクオリティが高い伝統芸能が再現できるように工夫も行った。SL上でCG建造物を構築する方法も学んだ。
 3) 7月の研究概要:3ヶ月間の成果をまとめるSL上のCG建造物で、能の公演を行うことを可能にした。サイバー環境における伝統芸能の教育方法についても検討を行った。


□ 尹 新衣笠総合研究機構PD
派遣概要 6月に3D文化財モデルをCubeeシステムに実装し、7月に触覚提示実験を行いました。 8月にインタラクションのプログラミングと基本操作のテストを行いました。
 参加した滞在先の研究プロジェクトでは、Cubeeとの擬似3次元ディスプレイを用いて、さまざま応用に向け、インタラクティブなインターフェイスを開発しています。 Cubeeは5つのディスプレイで構成されており、それぞれディスプレイが3次元物体の異なる視点から見た映像を示すことにより、Cubeeの中に3次元物体を見えるようになっています。
 具体的作業としては、GCOEでのDH研究プロジェクトに関連している3次元能面などをCubee中で表現すること以外に、Cubeeが3次元物体を操作できるツールとしてのシステムの構築を試みました。そのシステムは完全に完成するまでになっていないが、将来的に、ユーザが自由に3次元文化財を鑑賞および操作できるデジタル博物館システムに展開することが考えられます。
 また、こちらの触覚提示の研究もつづく、単画像から触覚の振動信号を抽出し、その効果をユーザ実験によって確認しました。それらの技術は、インタラクションデジタル博物館システムの基本的な要素であり、次世代のデジタル博物館の一部となっています。その視点から、生まれた新たな情報技術が文化の中に活かす、さらに発展することを言えるでしょう。


□ 倉橋 正恵衣笠総合研究機構PD
派遣概要 ボストン美術館所蔵歌川派浮世絵版画、主に歌川国貞の役者絵を中心とした約3,000枚の研究調査、及びデータベース化が終了した。それと同時に、2007年に本学赤間亮教授と共同調査した、同館所蔵の歌舞伎興行に即して出版される歌舞伎番付のデジタル撮影及びデータベース化されたデータの最終確認を行った。
 その結果、2005年から継続して行っている同館所蔵浮世絵版画調査数(データベース化枚数)は計約8,000枚となり、同館所蔵浮絵版画総数の五分の一相当を目録化した事になる。なお、今回の派遣期間中に作成されたデータは、同館で運営している収蔵品検索システムに併合され、同館のWebサイト上で世界中に発信されている。


□ 中野 くみ恵理工学研究科 博士課程後期課程 2回生/立命館グローバル・イノベーション研究機構RA
派遣概要
  • 台湾集集大地震10年を振り返る専門家会議に参加(921地震の政府・民間の対応に関する反省点など)、集集大地震を振り返る国際会議に参加、資料収集。
  • 地域の文化遺産保護団体と共同で文化遺産防災DIG(災害図上訓練)を実施(嘉義市、雲林県西螺鎮)。
  • 屏東県にて行なわれた「文化資産守護員(文化遺産見守りネットワーク会員)」のための文化遺産防災ワークショップ(以下WSと省略)に参加。聞き取り調査。
  • 雲林科技大学「文化資産研究(担当:邱上嘉教授)」の講義を5週間(3時間×5週間)担当。以下の内容を講義形式で報告。@日本の文化財防災・および保護制度A日本における文化財保存の市民運動B文化財市民レスキュー体制についてCDIG(災害図上訓練)の進め方について等。
  • 国家指定古蹟・霧峰林家において文化遺産防災DIG(Disaster Imagination Game)を実施。
  • DIGの成果を雲林科技大の講義「Special Topic Research」において発表。

     台湾滞在中の活動は大きく以下の4点に分けることができる。
    1.雲林科技大学・設計学院内で博士課程の授業への参加と課題提出
    2.雲林科技大学・設計学院においての講義の分担
      (文化資産研究・担当: 邱上嘉教授)
    3.文化遺産防災に関するフィールド(聞き取り)調査
    4.文化遺産防災に関する社会実験(Disaster Imagination Game)


  • □ 松葉 涼子衣笠総合研究機構PD
    派遣概要 オランダ、ドイツでは個人コレクションの浮世絵資料約500点の資料撮影を行った。特に、オランダでは、2009年度12月よりシーボルトハウスで行われる展示会「Tattoos in Japanese prints」の解説準備に参加した。
     ロンドン大学SOASではワークショップを開催し口頭発表を行った。浮世絵資料のデジタル化の意義を確認するとともに、絵画を読み解くための情報処理についても活発な議論が行われた。また、大英博物館所蔵浮世絵・版本資料のデジタル撮影を行い、計2,000枚の資料撮影ができた。
     つづく、ホノルル美術館では初代豊国を中心に、寛政から幕末まで約400枚の浮世絵を考証した。考証データはのちに、当館データベースの公開データ (e-Museum) に反映される予定である。現地での具体的な成果発表としては、ハワイ大学のCenter for Japanese Studies にて浮世絵と芝居の関連についての講演をした。また、ハワイ大学では演劇科の院生にむけて地芝居のセミナーを実施した。


    □ 齊藤 ちせ文学研究科 博士課程後期課程2回生/衣笠総合研究機構RA
    派遣概要 1.ロンドン大学SOASでは、派遣者による国際ワークショップを行い、発表者は日本、ロンドンはもちろんハワイ、イタリアなどからも参加し、活発な意見交換が交わされるなど、今後にもつながる研究者交流の場となった。また、SOASを拠点とし、大英博物館所蔵浮世絵資料(版本)のデジタル撮影および目録作成作業を実施した。これは本学アート・リサーチセンターと大英博物館の共同プロジェクトである「版本と版画の美プロジェクト」の一環である。
     2.さらに、SOASを拠点とし、イタリアで今後資料共有化を図ってゆくための予備調査として現地資料調査及び在伊日本美術資料所蔵機関での聞き取り調査トリエステ市立東洋美術館(トリエステ)、スティッベルト美術館(フィレンツェ)、国立東洋美術館、国立先史民族博物館(ローマ)などで行い、同時にイタリアでのプロジェクト第一段階として、ヴェネツィア東洋美術館、ヴェネツィア大学、本学の共同プロジェクトであるヴェネツィア東洋美術館所蔵浮世絵資料759点の撮影と目録データ付与作業を実施した。これは、ヴェネツィア大学の若手研究者との共同調査であり、本年度も継続してゆく。ローマでは、日本美術資料デジタル共有化の現状をはかるために、イタリア文化財文化活動庁所轄図書目録中央情報センター(ICCU)でもイタリア国立文化ポータルであるCulturaItaliaに関して聞き取り調査を実施した。


    □ 大矢 敦子文学研究科 博士課程後期課程2回生/衣笠総合研究機構RA
    派遣概要 派遣者は、10月1日から11月26日まで、コロンビア大学ドナルド・キーン日本文化センターを拠点に、同大学東亜図書館(C.V. Starr East Asian Library at Columbia University)にインターンとして派遣され、主として日本映画関係資料のデジタル化に向けての事前調査を行った。
     同図書館には、日本映画史家である牧野守氏が、長年にわたって収集された日本映画史に関する資料が、約80,000点(同図書館による推計)移管されている。これらの資料群は、その質量からまだ全貌を把握するまでには至っていない。今回も前回と同様、移管時に作成された大まかなリストを頼りに、少なくとも「明治期・大正期古書」群111箱、「撮影所関連資料」33箱の合計144箱分の資料を概観し、書籍・書籍以外の分類を行った。結果、前年度からの概要把握作業を合わせ、全体の約4割の数量の箱を開封し、戦前の日本映画に関する資料を全て概観できたと考えている。
     こうした作業により、改めて戦前の日本映画に関する資料の中でも重要な資料群を選別することが可能となった。それらの結果を一部反映し、派遣者は、現時点での作業報告として、同コレクションの特に重要と思われるオリジナル資料を同館の職員に紹介し、今後のデジタル化及び情報の共有化に向けて、意見交換を行った。


    □ 斎藤 進也衣笠総合研究機構PD
    派遣概要 派遣先研究者と派遣者の双方が互いの持つ「立方体技術」を持ちより共同でシステム開発を行った。具体的には、メディアグラフィック学術センターにおいて開発が進められているcubeeシステム(3Dグラフィック閲覧用のハードウェア)を遠隔操作するためのWebインターフェースを開発した。また、当該センター所属の研究者から得た意見、助言を派遣者自身が開発するKACHINA CUBEシステムの機能に反映させ実装をおこなった。
     派遣期間中の研究成果は、「システム開発に関する成果」と「研究発表と人的ネットワークの構築に関する成果」に大別できる。前者については、CubeeシステムのためのWeb遠隔操作機構の基本機能を完成させることができた。さらに、KACHINA CUBEシステムの機能拡張にも成功した。後者については、ブリティッシュ・コロンビア大学、クラーク大学、アルバータ大学の3大学で計4回の研究報告を行い、多くの海外の研究者と交流することができた。


    □ 櫻井可奈子理工学研究科 博士課程後期課程1回生/立命館グローバル・イノベーション研究機構RA
    派遣概要 今回の派遣では、建造物開口部の鍵調査、ガラスなどがなく格子のみの窓が存在するため窓の外界との仕切り有無調査など、盗難・放火の人為的災害に関わる建造物の現状調査を行った。
     今回の調査の経緯は、世界遺産地区内の36カ寺のうち仏教文化財を保有する30カ寺49棟を対象にして仏教文化財の保護保存に影響がある寺院の管理状況を2009年に調査した結果、仏教文化財約1200個のうち1割が移動消失などで確認できなかったことによる。鍵・開口部調査と同時に、2002年から2007年に調査された目録・配置場所資料を基盤にして再度仏教文化財の確認調査を行った。その際ラオス政府情報文化省工芸局と合同で、文化財管理者である寺院関係者を対象に管理方法や人為的災害対策など仏教文化財の保護保存に対する意識を確認するためアンケート調査を実施した。また同時期にユネスコ現地事務所、県情報文化省、博物館など文化財に関わる行政者に文化財保護保存行政についてヒアリング調査を行った。
     3月5日、地域住民や観光客に対し仏教文化遺産の構成要素である仏教文化財の保護保存を啓蒙するために「仏像修復展」が国立ルアンパバン博物館にて開催された。その際、来館者を対象に文化財の保護保存に関するアンケート調査を実施した。
     現段階において仏教文化財目録は紙ベースであるが、人為的災害対策とデータベース化し文化財管理の利便性を図り、博物館内において仏教文化財3個に対しICタグを取り付ける実験を行った。現地において管理におけるICタグの有効性を、博物館および情報文化省工芸局とで確認し、今後の活用について話し合った。
     4月14日〜19日までラオス新年を祝い各寺院本堂の内外で仏像の水掛け行事が行われるため仏像移動確認調査を行った。