文化遺産と芸術作品を災害から防御するための若手研究者国際育成プログラム

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派遣者報告

2010年度派遣実績(派遣報告書より抜粋)


□ 前崎 信也立命館グローバル・イノベーション研究機構 PD
派遣概要 ●スコットランド国立博物館のワールド・カルチャー・セクションでの招待講演(2010年7月28日)“Digital Humanities for Japanese Arts and Cultures: Digitization Project of Japanese Ceramic Collections in the West”
●ロンドン大学SOAS所蔵の日本陶磁器関連書籍調査
●英国国立美術図書館所蔵の日本陶磁器関連書籍調査
   資金難で日本陶磁器調査・撮影が進んでいない中規模の日本陶磁器コレクションを中心に調査し、デジタル撮影を行った。専門研究者による本格的な調査は初めてのコレクションが多く、名品を数多く発見した。


□ Bincsik      Monika文学研究科 D2/衣笠総合研究機構 RA
派遣概要 報告者の本プログラムにおける目的はアメリカ、中でもボストンとニューヨークで行われた日本漆器収集活動の研究と漆器コレクションの調査、および漆器のデジタル撮影であった。ボストンMFA所蔵の漆器コレクションはおそらく、明治時代にアメリカの収集家により集められたコレクションの中で最も幅広い日本漆器コレクションである。派遣期間の2ヶ月で、全漆器コレクションのデジタル撮影を行い、5000枚以上の画像、また材料分類用の顕微鏡写真も撮ることが出来た。さらに、MFA所蔵の図書と資料の調査を行い、今まで眠っていた貴重な資料を発見することが出来た。全コレクションの研究により、作品一点一点の調査だけではなく、ボストンのコレクターたちによる明治期の収集活動研究も可能となった。全コレクションの調査・デジタル化を通じ、未発表の作品とコレクション全体の構造を研究者に紹介することが可能となる。特に、明治前半期のビゲローコレクションを注目すべきなので、研究の中心とした。または、MFA所蔵作品の基礎データの記録と基礎データの一部を美術館のTMSシステムへの登録を行った。同美術館の学芸員と修復担当者との共同研究も進み始めた。コロンビア大学ではアメリカで行われた日本工芸の受容、収集活動、日本美術の教育などに関する資料調査を行い、 特に19世紀後半―20世紀前半を中心として図書、雑誌、古写真、オークション図録の研究を行い、本プログラムを通じ、歴史資料と美術館所蔵の作品のデータとを合わせた、収集活動の歴史的背景の研究も可能になった。


□ 加茂 瑞穂文学研究科 D2/衣笠総合研究機構 RA
派遣概要
  • 浮世絵、近世期版本、染織資料のデジタルアーカイブ
     大英博物館の版本のデジタル撮影及び、調査を行った。特に今回の派遣期間では大英博物館に所蔵される江戸時代の染織関連資料の中でも重要な「小袖雛形本」を調査する事ができた。今後も継続してデジタル撮影、調査を続けて研究を行う必要がある。
     ロンドン大学SOASを拠点としてヨーロッパ諸国の美術館、博物館において浮世絵、版本、染色型紙のデジタル撮影及び調査を実施した。ヨーロッパの博物館や美術館では、日本の染色型紙が数多く収蔵されている。今回の調査を通じて、染色型紙のコレクションにも所蔵館や収集家の目的、志向が反映され、コレクション毎に異なる特徴が見られることが新たに分かってきた。コレクション全体の調査とデジタル撮影を通じ、意匠の調査と共にコレクション毎の比較研究を進める基盤を構築することが可能となってきている。

  • ワークショップ企画、研究発表
     ロンドン大学SOASでは、若手研究者を中心としてワークショップを企画し、実施した。ロンドン、ハワイ、ベルギーから発表者を招くことができ「イメージ」と「モノ」がどのように移動し変容したのかについてそれぞれの研究テーマから発表を行った。報告者は日本の染色資料について発表し、染色資料に見られる日本の意匠と明治期の意匠の特徴について考察した。
     今回のワークショップを通じ、日本の研究者の視点と海外の研究者の視点の違いや手法の違いを知る貴重な機会となった。 また、ワークショップ全体を通じて活発な議論が交わされ、貴重な意見や助言を頂くことができた。


  • □ 齊藤 ちせ文学研究科 D3/衣笠総合研究機構 RA
    派遣概要 派遣者は3ヶ月の派遣期間中、初めの1ヶ月は研究発表とデジタル撮影、次の2ヶ月で日本美術資料所蔵機関に対するヒアリングを実施した。ロンドン大学SOASでの国際ワークショップを開催し、同ワークショップ及び日本資料専門家欧州協会(EAJRS)で口頭発表を行った。いずれも各国の研究者が参加し、欧州に存在する日本美術資料やその影響に関して、活発に意見交換がされ、多角的な視点から知見を得る意義が確認できた。また、ロンドン大学SOASを拠点として、欧州の国公立博物館の浮世絵を中心とする、館蔵資料のデジタル撮影、および目録作成作業を実施した。ローマ国立東洋美術館では414点、ヴェネツィア東洋美術館では貼込み帳、肉筆折本の撮影を行い約1,000点、キヨッソーネ美術館では浮世絵資料に関してはほぼ撮影が終了し、他に型紙約700点の撮影ができた。昨年度に引き続き、館蔵浮世絵資料の撮影と目録データ付与作業はヴェネツィア大学大学院との共同プロジェクトで、日本語、イタリア語で作成している。また、国公立機関の在伊日本美術資料所蔵機関を網羅する聞き取り調査においては、所蔵機関の所在を明らかにしたことにより、イタリアの日本美術資料を概観できるようになった。このような、現地の研究者や資料管理者を対象に実施した調査では、現地において人的なネットワークを構築できた。


    □ 金 ミンスク立命館グローバル・イノベーション研究機構PD
    派遣概要 報告者は、2010年9月から10月にかけては文化財建造物の修復実績と過去の災害復旧工事に関して調査した。文化財として価値を喪失したと判断され、指定解除された文化財建造物はすべて戦災か火災によるものであり、そのうち宗教施設(寺刹建築)は殆どが再建された。また、最近5年間の文化財の自然災害のうち、約30%が台風による被害で、豪雨・強風などの被害を含めると約70%を超えている。これらの被害の大半は屋根の損傷であった。
     2010年11月にはソウルをはじめ慶州・安東・栄州・尚州などの文化財建造物の見学、復原整備の現場視察、防災施設の見学などを行った。また、本研究の最も目的であった韓国の木造文化財建造物の屋根構造とその保存現況の把握のために、修理工事報告書を閲覧するとともに修復現場で屋根材料・屋根構造の調査をも行った。また、一部の研究成果については北九州にて開催された第8回アジア建築交流国際会議(8th International Symposium on Architectural Interchange in Asia、日中韓の建築学会共催)と韓国の尚州にて開催された韓国建築歴史学会2010年度秋季学術発表大会で発表を行った。
     なお、12月にはイコモス韓国委員会と立命館大学歴史都市防災研究センターが共催するワークショップをコーディネートし、12月21日に韓国の故宮博物館の講堂にてワークショップ「災害と文化遺産保存」を実施した。
     本ワークショップの目的は日韓の文化遺産保護の各分野の専門家らが集まり、災害と文化遺産保護に関する現況と課題を体系化するとともに文化遺産保護の新たな方向性に対して検討することであった。参加者は約30名で、文化財庁の職員・イコモス韓国委員会会員・大学の研究者・文化遺産保存の専門家などが集まり、災害の経験から得た教訓や実務における難点などについて有意義なディスカッションを行った。立命館大学からは益田兼房教授、大窪健之教授、中村琢巳研究員が参加し、日本における文化遺産防災の取り組みについて発表した。また、当日にはソウル崇礼門(南大門)の焼損部材保管庫と木材加工現場の見学も同時に行った。


    □ 山本 真紗子衣笠総合研究機構 PD
    派遣概要 ロンドン大学SOASを活動拠点に、イギリス・ロンドン・ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館(The Victoria and Albert Museum)、フランス・ミュルーズ染色博物館(Musee de l'Impression sur Etoffes)、フランス・リヨン織物装飾芸術博物館(Musees des Tissus et des Arts Decoratifs de Lyon)での資料調査と画像撮影を行った。また、ロンドン大学SOASでの国際ワークショップを他の  若手研究者ITP事業派遣者とともに企画・実施し、報告者として研究発表を行った。
     今回の資料調査においては、日欧におけるデザインの交流という従来のジャポニスム研究の成果を踏まえつつ、京都との関わりに視点をしぼり調査を行った。日本国内では出版物やウェブ上から資料(画像)確認できないものを中心に、ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館とミュルーズ染色博物館では主に明治期以降に輸出された裂帳と裂見本を、リヨン織物装飾芸術博物館では海外万博出品用と思われる作品とそれらの購入時の記録を調査・閲覧することができた。また、作品の実見や画像撮影とともに、当時の万国博覧会の出品記録や展覧会カタログ、商工人名簿等、現地で活動していた明治期の染織品輸出業者に関する文献資料も一部収集することができた。所蔵館の購入時の記録も一部であるが参照できたことから、作品の購入元(=製造者)や価格が判明したため、今後当時の日本染織品に対しての評価や現地での流通、コレクションの収集状況を明らかにしていく。またこれらの調査により作品が海外に渡る経緯をたどることが可能となり、今後の国内での追加調査により、現所蔵館も把握できていない資料の来歴が明確になると考える。


    □ 高橋 伸城文学研究科 D1/衣笠総合研究機構 RA
    派遣概要 大英博物館において、軸物の撮影を行った。約1900点のうち、掛軸24点、巻物16点の撮影を完了している。
     また、3月31日から4月3日にかけて行われたアジア学会(AAS)での発表へ向けて、英語文献の調査をした。
     今回、撮影した画像をもとに、軸物のイメージ・データベースを作成する。「軸物」というジャンルの多岐にわたる形態を対象とするため、網羅的なデータベースを目指したい。また、今回撮影した中に個人の研究分野にかかわる作品もあったため、個別に調査を進めて論文化を進める。


    □ 豊田 祐輔政策科学研究科 D2/立命館グローバル・イノベーション研究機構 RA
    派遣概要 派遣先の国連国際防災戦略(UNISDR)の活動の一環として、当機関にモデルケースとして指定されている、火山によってその多くの部分が失われた教会などの、歴史的に重要な遺産が観光資源となっているフィリピン・アルバイ県、および歴地都市と同じように多くの観光客の防災に努めなければならないタイ・パトン市の防災活動をまとめた。また日本の洪水災害に関する研究成果をタイで行われた国際会議(ACEE 2010)において発表するとともに、防災教育にも利用されるゲーミング・シミュレーション関する、タイ・タマサート大学とスラナリー工科大学とのワークショップにスピーカーとして参加し、ゲーミング・シミュレーションについての意見交換を行った。
     UNISDRによってモデルケースに指定されているアルバイ県(フィリピン)とパトン市(タイ)における包括的防災対策をUNISDRが特に重点を置く10項目に着目してまとめた。派遣先活動による研究成果および文化遺産防災学への貢献としては、@特に着目した早期警報などの情報の流布に関して、他の機関と連携し、通信網をいくつも用意することによって確実に情報を伝える事例は、防災一般だけでなく、文化遺産防災にとっても参考になることの指摘、A予算が限られている途上国ではソフト面の防災が促進されることが多いため、(文化遺産)防災のハード面が進んでいる日本にとって参考になる事例の蓄積(防災システムなど)、B最も重要な人的被害を軽減することによって、文化遺産への災害後対策も進むことから地域住民・観光客・文化遺産を含めた防災対策を考えるための事例の紹介である。また研究面だけでなく、実施機関である各国行政機関や、国際的機関の視点に立った防災対策を考察することはセンター内にとどまっていてはできない経験であり、今後の歴史都市防災研究センターにおいても研究と実務の両方を考慮に入れて、より文化遺産防災に貢献できる研究を行っていくことができると考えている。