オ−ストラリアの大学における

マルチメデイアの活用



0.はじめに

 情報工学を専門とするでもなく、オ−ストラリアの大学に長年勤務したことのない者が、僭越にもオ−ストラリアの大学におけるマルチメデイアの活用事情について報告するのは妥当ではないかも知れない。しかし、平成6年度文部省長期在外研究員として、クイ−ンズランド州ゴ−ルドコ−スト市にあるボンド大学に主として「コンピュ−タ利用の語学教育の研究」のために滞在した経験に基づき、限られたものではあるが、視察したグリフィス大学、クイ−ンズランド大学、メルボルン大学などの情報を加えながら、教育工学および応用言語学を専門とする者の見地から、報告することとする。したがって、タイトルに反して、限られた経験に基づく内容のレポ−トであり、オ−ストラリアにおける全体像を見極めるには限界があることをまず初めにお断りしておく。

1.オ−ストラリアの大学とマルチメデイア

 マルチメデイアの定義はあいまいであり、その構成メデイアは常に変化している。米国のゴア副大統領が中心となって推進している「情報ハイウエイ構想」の影響を受け、オ−ストラリアでもそのインフラが急速に整備されつつある。人口は日本の7分の1であるにも拘らず、22倍の国土を持つ関係で、遠隔教育(Distance Education)を含めたマルチメデイア利用の教育・研究が盛んである。また、マルチメデイアを駆使した素晴らしいソフトウエアも作り出してきている。

2.マルチメデイアの活用例:ボンド大学

 法学部、商学部、人文社会科学部、情報科学部の4学部から成るボンド大学はオ−ストラリア最初の私立大学として1989年に設立され、豊橋技術科学大学と同じぐらいの学生数を持つ大学である。30%にも及ぶ留学生を含めた学生数の増加や法学部や商学部を中心に評価の順調な向上がなされてきたが、様々な状況の変化から財政難に陥り、1995年にクイ−ンズランド大学が買収契約を結んだ。しかし、依然として私立大学として経営されているという少し変わった大学である。筆者が滞在したのは、1994年6月中旬から1995年4月初旬までで、人文社会科学部でお世話になった。

 マルチメデイアの中で主要な部分を占めるコンピュ−タ環境の視点から報告することとする。比較的新しい私立大学であることもあり、最初からキャンパス・ネットワ−クが構築されていて、情報科学部が全面的に保守サ−ビスを提供し、大変よく運営されているように思えた。そう推測できた理由は、まず第一に希望する学生一人ひとりにIPアドレスを与え、自習用のコンピュ−タ・ラボなどで自由にアクセスができる体制ができていたからである。第二に、教職員も当然ながら、共通の、あるいは個々のコンピュ−タが事務室あるいは研究室に設置されていて、種々の事務連絡はもちろんのこと、教員同士や教員と学生の間の研究連絡も電子メイルやボイス・メイルを中心になされていた。第三に、初心者への講習やトラブルの解決などのサポ−ト体制も完璧であるとは言えないまでも適宜対応して処理していた。感心させられたことの一つは、非常勤講師でさえも希望すれば、インタ−ネットの基本を専門家によって個人レッスンしてもらえるというサ−ビスである。筆者の場合は、日本から持参し使用していたラップトップ・コンピュ−タのインタ−ネット接続に関して当初若干お手伝いをいただいたが、使い慣れていた日英メ−ルソフトが使用できなかった以外は、不満や不都合は全くなかった。関係者によると、ボンド大学が正式に採用しているワ−プロ・ソフトがMS-Wordであり、メ−ル・ソフトとしてもMS-Mailだった関係で、それ以上のものはサポ−トできない状況であったのが原因だったようである。英語だけのメ−ルならば、そのGUI (Graphical User's Interface)も大変良くできており、学部内や他学部、さらに学外向けのアイコンをクリックして、相手を指定するだけで利用できるというスタイルのもので非常に使い易かった。人手不足とはいえ、利用者を最優先するサ−ビス精神旺盛なシステムを提供する姿勢は日本の大学でも見習って欲しいものである。

 次に、コンピュ−タ・ラボであるが、いずれもキャンパスLANを通してインタ−ネットに接続されたアップル・マッキントッシュとIBM/PCから構成されるパ−ソナル・コンピュ−タが主体である。基本的に学生が自由に利用できる学生用ラボ(情報科学部と図書館)、授業用として構築されている3つのラボ(2つは商学部、1つは人文科学部)があった。筆者は全く利用しなかったが、情報科学部の学生用ラボはいつも賑わっていて、学生アルバイトの技術補助員が常駐し、トラブルなどの対応や技術的な質問への回答をしてくれる。レポ−トなどは当然のことながらワ−プロ原稿あるいはテキスト・ファイル形式での提出が当たり前であるので、その稼働率はかなり高かったようである。維持管理面でのサポ−トが十分でなければ効率良い運営はされ得ないので、表面的には見えない多大な努力がなされていることを感じた。

(人文社会科学部におけるマッキントシュを利用した応用言語学クラスの例)


 図書館には数学の基礎学習用コンピュ−タ・ラボと語学用ラボがあり、授業内容と密着した教材を中心にインスト−ルされていた。また、原則として「持ち出し禁止の資料閲覧制限エリア(Closed Reference Section)」にも主として授業関連のビデオ及びオ−デイオ教材や参考文献などが開架式の棚やファイル・キャビネットに整理されていて、随時利用できるようになっている。

 授業用のラボで筆者が利用できたのは、15台から成るIBM/PCラボと20台から成るマッキントッシュ・ラボであった。多数の、しかも随時更新されるパ−ソナル・コンピュ−タやワ−クステ−ションを中心とした設備を持つ日本の大学に比べると少し見劣りすることは否めないが、学生数を制限したクラス運営を基本とする教育スタイルでは十分な数と質のものであると思えた。これらの教室への出入りは、基本的に利用する教員が随時鍵で開閉するスタイルのものであった。各建物自体は磁気カ−ドと暗証番号によって入れるシステムが採用されており、学内にある委託された警備会社がコンピュ−タによって管理し、駐車場の管理業務も含めたサ−ビスを常時提供している。

 また、学内にはIBM/PCとアップルのコンピュ−タ専門店が3件もあり、学内外にサ−ビスを提供している。筆者はその一つのアップル専門店へはよく出かけ、ソフトウエアの情報収集、アクセサリ−の購入、技術的な相談などをした。また、大学の敷地内で、隣接する研究公園内にも台湾からのソフトウエア会社やインタネット・プロバイダ−会社などが進出してきており、産学共同研究も盛んに行なわれる一方、地域社会へのサ−ビス提供もしている。

 一方、ビデオやオ−デイオ関連の施設も充実しており、専門のスタッフ数人が担当している。例えば、自主製作の教材で、授業で使用するビデオ及びオ−デイオ・テ−プは、格安の料金で必要分を制作してくれるし、スタジオも完備されているので、自主教材の作成時の録音、録画にも協力してくれる体制ができている。規模の大小に限らず、専門スタッフを配置し、「質の高い教育」を提供するための支援体制ができているのは、日本の大学の現状を考えると羨ましい限りである。

3.マルチメデイアの活用例:クイ−ンズランド大学とグリフィス大学など

 ゴ−ルドコ−スト市から車で約1時間北に走り、クイ−ンズランド州都のブリスベン市の西でブリスベン川沿いにある歴史の古いクイ−ンズランド大学及び南に位置し歴史の比較的新しいグリフィス大学はそれぞれ異なった教育研究環境を持つ。クイ−ンズランド大学では、アドバイザ−の転職に伴って、筆者も滞豪最後の2ケ月間だけではあるが客員研究員として、週1回車で通い、語学教育研究所(Centre for Language Teaching and Research)でお世話になった。このセンタ−がある建物には、やや古いタイプのものながらもLLがあり、そこに追加・設置された小規模のコンピュ−タ・ラボもあった。また、留学生を対象とした英語教育プログラムなどがあることもあり、膨大な量のオ−デイオやビデオ教材を管理するセクションもあった。博士課程在籍の中国人TA(Teaching Assistant)がいた少し狭い部屋の一部を提供してもらったが、その彼が主としてインタ−ネットにつながったマッキントッシュを利用して研究していたこともあり、DOSマシン以外は使いにくい状況であったので、あまり利用できなかった。週1回の訪問では、広大なキャンパスを回りきれず、よく分からなかったというのが事実である。よく行ったコンピュ−タ専門店や自習及び研究用のコンピュ−タ・ラボもあったが、コンピュ−タ・ラボを利用することはなかったので、詳しい状況は分からない。ここで一番印象に残ったのは、同時通訳訓練設備であった。特に日本語通訳者の養成を行っている大学は世界的に見ても珍しく、プロの同時通訳者などを講師陣に迎えたプログラムと施設は先駆的なものであるという。

 次に、ブリスベン市の南に位置し、パシフィック・ハイウエイを挟んで2つのキャンパスが隣接するグリフィス大学の方は、情報科学部や応用言語学部を中心に遠隔教育用の最新設備があり、かなり離れた別の2つのキャンパスと衛星や専用回線を利用した実験放送などが繰り返されているようであった。実際に実験模様を見学できる機会はなかったが、設備だけは視察できた。やはり専門的な知識と技術を持った専任スタッフが配置されていた。また、情報処理教育や語学教育を中心にした2つのコンピュ−タ・ラボは別の建物にあり、ワ−クステ−ション及びパソコンで構成されているシステムで、筆者が訪問した時はほとんど席が埋まっている程盛況であった。

 また、オ−ストラリア応用言語学会年次大会への参加の折、大会前ワ−クショップにも参加したが、その会場となったのがビクトリア州都のメルボルン市にある伝統校の一つメルボルン大学である。語学教育関連のセンタ−で行なわれたが、やはり30台のマッキントッシュによって構成されたコンピュ−タ・ラボがあった。ソフトも豊富にインスト−ルされ、専任のスタッフがいて、維持管理をしていた。ソフトウエア評価のワ−クショップへの参加だけであったので、その他の情報はあまり入手できなく、これ以上のことは分からない。

 その他、衛星や専用回線による遠隔教育を含めたマルチメデイア利用の教育を研究・実践しているオ−ストラリアの大学には、ニュ−・サウス・ウエ−ルズ州南部にあるウ−ロンゴング大学(University of Wollongong)、ニュ−・サウス・ウエ−ルズ大学(University of New South Wales)、同州北東内陸部にあるニュ−・イングランド大学(University of New England)、そしてクイ−ンズランド州東海岸中央部にあるセントラル・クイ−ンズランド大学(Central Queensland University)など幾つかある。いずれも国家的なプロジェクトが進行中であり、実験校としてかなりの財政援助を得て、研究・実験中であるようだ。

4.おわりに

 最初にお断りしたように、このレポ−トは筆者の限られた滞豪経験と情報源に基づいてまとめたものであるので、事実関係に多少の不整合が生じた場合はすべて筆者の責任である。いまだ第一次あるいは第二次産業中心の産業構造を有するオ−ストラリアではあるが、教育におけるコンピュ−タ利用は積極的に行ってきており、維持管理やユ−ザ−へのサ−ビスという点では日本以上の体制が整っていると言えよう。マルチメデイアの教育への応用は新しい分野ゆえに、その進展は著しく、常に変動しているので致し方ないが、拙文中に的を得ていない、あるいは間違った情報があった場合にはお許しいただきたい。


Copyright(c)1996-2002 Kazunori Nozawa All rights reserved.