関西学生野球連盟春季リーグ戦、対京都大学の1回戦、京都大学のスコアボードに「0」が並ぶ。そのマウンドに立っていたのは、立命館大学の東さんだ。速球が走り、変化球も良くコントロールされ特に得意のツーシームが冴え渡っていた。東さんが完全試合を意識し始めたのは、試合も中盤に差し掛かった6回ごろだったという。 同時に初戦の関西学院大学戦が脳裏によぎる。その試合も8回まではノーヒットピッチング。しかし9回にヒットを許しノーヒットノーランを逃すと、続けて3安打され結果1対2で逆転負けしたのだ。「監督に『詰めが甘い。今度はヒットを許したら交代する』と言われていました。そのプレッシャーで逆に気が引き締まりました」 8回スリーボール、ツーストライクのフルカンウト。次の球を投球し審判が「フォアボール!」とコールした瞬間、スタンドから大きなため息が聞こえたそうだ。「でも、あの場面ではストライクを取りに行って甘いボールを痛打されるより、四球でよかったと思っています」。9回にも四球を許すも京都大学を無安打に抑え、関西学生史上29人目のノーヒットノーランを達成。「嬉しかったですね。実は試合後に、完全試合を達成していたら史上2人目の快挙だったと知って少し悔いは残りますが、事前に知っていたら緊張してノーヒットノーランも無理だったでしょうね」と焼けた肌から白い歯をのぞかせ試合を振り返った。

今リーグの立命館投手陣は層が厚いので、交代後も安心して見ていられるという。実際、優勝がかかった対同志社戦の初戦、先発するも左人さし指のマメの影響により2回で降板した東さん。「正直続投したかったけど、不本意な投球で足を引っ張るよりはいいと思い安心して任せました」。結果、見事な継投で同志社大学の反撃を1点に抑え、3季連続37度目の優勝を決めたのだ。
そして今リーグの防御率も0.64とずば抜けてよい東さんは「最優秀選手賞」「最優秀投手賞」「ベストナイン」の三冠に輝いた。中継ぎ時代も防御率は0点台をキープしていたが、先発を任されてからのこの結果は自信に繋がったという。

大きく成長した高校時代、立命館のエースとしてその実力を発揮。

小学校からエースとして活躍してきた東さん。より高いレベルの環境を求め、甲子園の常連校である愛知工業大学名電高等学校へ進学。1年時の県大会決勝戦で登板するも、甲子園を目前にしながら涙をのんだ苦い過去がある。「あの時は先輩たちの夏を自分が終わらせてしまい、申し訳ない気持ちしかなかった」と当時を振り返る。 その苦い経験を生かしてマウンドでの度胸を学び、立命館のエースとしての座を確固たるものにした東さん。「登板するときは、先制点を与えずに先手を取れるような試合づくりを心がけています。これから登板する試合はすべて勝ちたい!結果を残すしかないですね」。6月から始まる全日本大学野球選手権大会。「一戦必勝で頑張る」と力強く誓ってくれた。

PROFILE

東 克樹さん

三重県出身。愛知工業大学名電高等学校(愛知県)に進学後、2年の春・夏と甲子園に出場するが、登板機会は無し。3年の夏、2年連続甲子園出場を達成し1回戦で先発するも逆転負けを喫す。小柄な本格派左腕でMAX146キロの速球と変化球を武器にしている。得意ボールのツーシームは大学2回生の冬に取得。バッティングも得意で、春リーグ13打席4安打を記録。北岡明佳ゼミに所属し心理学について学んでいる。

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