「ただ強くなるだけでは足りないのです。女子相撲に魅力を感じてもらえるように。そして、後進が育つように。そうした思いで稽古に励み、女子相撲に向き合っています」。そう語るのは、相撲部の松本渚さん。10月に開催された「第26回全日本女子相撲選手権大会」では、歩くこともままならない怪我を負いながらも他を圧倒し、中量級で初優勝を飾った。女子相撲の未来を見据え、真摯な姿勢で相撲道を歩んできた彼女の思いに迫った。

第26回全日本女子相撲選手権で優勝し、メダルを首からかけて笑顔の松本さん

後輩が後に続くように

相撲に出会ったのは小学6年生のとき。担任の先生が、運動の得意な松本さんを地元の相撲大会に誘ったことがきっかけだった。転機となったのは、中学3年生のときの全国大会。見事優勝したが、満足感に浸ることはなかった。「もっと練習を積んで『怪物』と言われるくらい強くなりたい」。彼女のその情熱が、本格的な相撲人生の扉を開いた。

左足を高く上げ、四股を踏む松本さん

女子相撲に携わるうえで大事にしているのは「後輩が後に続くような努力をすること」。原点は、高校時代の恩師から、小・中学校への出稽古の際に言われた言葉だ。「あなたたちは女子相撲の普及のために来ているということを忘れないようにしなさい」。その言葉を肝に銘じ、強くなるためだけに稽古に打ち込むのではなく、後進の育成にも意識を向けるようになった。そうした経験から、強さと人間性を兼ね備えた選手になることを志ざし、実力者の揃う立命館大学へ進学を決めた。

立ち合いの稽古に励む松本さん

大学の稽古では、常に細かな目標を設定しているという松本さん。「『今日は○○先輩の動きを参考に、立ち合いのときの動きを改善する』という具合に目標を設定し、稽古の内容などを「相撲ノート」に書き記すことで、日々の振り返りを行っています」。彼女が目標設定にこだわりを持つのには理由がある。「『大学では目標を持つことが大事。目標を持って日々の稽古を行わなかったために、沈んでいった選手を大学で何人も見てきた』。そんな助言をある方から受けたのです」。その言葉を胸に稽古に励むことで、着実に力をつけ、2019年に日本代表として出場した「第14回世界女子相撲選手権大会」では中量級で見事3位に輝いた。

2019年の第14回世界女子相撲選手権大会の中量級で3位に輝き、表彰台に立つ松本さん

学業での学びを相撲へ生かす

そうした矢先、新型コロナウイルス感染症拡大の影響で大会が軒並み中止となり、活動の見通しが立たず、不安や焦りが生じた。しかし、そうした状況だからこそ、「学部での学びを充実させ、相撲に生かす」と決意した松本さん。ゼミの活動に一層力を注ぎ、スポーツ医学検定の学習にも取り組んだ。「自粛期間で最も学んだことは『メモを取ること』の重要性です。知識だけではなく、日々の気づきを整理することで、広い視野で相撲と向き合うことができました」と振り返る。その一方で、他の部員への働きかけも怠らなかった。監督や部長の力を借りながら、部員一人ひとりがより主体的に考える機会を生み出すためにミーティングの進め方を見直し、相撲部全体で考える力を養った。「勉学を怠らないことが競技に生きる。そう強く実感しました」と笑顔で語った。

男子部員とぶつかり稽古に励む松本さん

大怪我を乗り越えて掴んだ勝利

自粛期間が明け、2年ぶりに開催が決定した「全日本女子相撲選手権大会」。自粛期間の成果を発揮し、優勝という結果を残そうと意気込む松本さん。しかし、そんな彼女を突如アクシデントが襲った。大会前日の稽古で負傷し、立つだけで身体中に激痛が走る状態に。当日も症状は変わらず、窮地に追い込まれた。だが、それでも出場することに迷いはなかった。

全日本女子相撲選手権大会で土俵に立ち、相手と向かい合う松本さん

覚悟を決め、初戦へ臨んだ松本さん。すると、土俵にあがった途端、不思議なことに痛みを感じなくなった。極限の集中のなか、鬼気迫る取組で次々と対戦相手を圧倒した。そして迎えた決勝戦。豪快な上手投げで勝負を決し、大会初優勝を果たした。「声援も全く聞こえず、気づいたら試合が終わり驚いていたのですが、後輩が隣で泣く姿を見てやっと優勝を実感しました」と晴れやかな笑顔で語ってくれた。

優勝し、メダルを手渡される松本さん

女子相撲の発展へ向けて

卒業後も、一般企業に勤めながら競技を続けていくという松本さん。「卒業生の今日和さん(国際関係学部・2020年卒)は、社会人相撲の専属契約を結び、現在も競技を続けられています。しかしそれだけではなく、先頭に立って女子相撲の普及に努められ、文字通り女子相撲界を牽引されています。私は、今さんのように、先頭に立って活動をするという形ではありませんが、私なりに女子相撲界に貢献できるよう、一般企業で働きながらでも競技を続けていくことができる基盤をつくりたいと思っています。卒業後も相撲を続けたいという思いを持った後輩が、そのまま競技を続けられる環境・選択肢を増やすことが今の目標です」。新たな目標を掲げ、彼女はこれからも女子相撲と向き合い続ける。

滋賀県のびわこくさつキャンパス内のベンチに座り、今後の目標を語る松本さん

PROFILE

松本渚さん

鳥取城北高等学校卒業。小学生の頃には陸上・テニス・水泳、中学生ではソフトボール部に所属するなど、幅広いスポーツを経験。得意技は突き出し(ツッパリ)。高校時代の恩師が「この子には試合中に一切声掛けはしません。基本的に一切聞こえていないので」と語るほど、試合への集中力が高い。無心の取組は、撮影した動画で振り返っているそう。

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