知事リレー講義
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   2009年 11月 5日   長野県 村井 仁 知事

 

   「 差し迫る地方の危機 
            ~地方財政の現状とその展望~ 」
 

 
 【はじめに】


2,006年の知事就任以降、県民の求める福祉、教育、環境、地域振興等の様々な政策を実施しようとしたが、その際にいつも問題となったのがお金(財源)の問題である。三位一体改革以降、東京都以外の地方自治体の財政は非常に厳しいが、私は公にしかるべきお金があってこそ、きちんとした行政サービスを提供できると考える。

全国知事会は、今年8月に三重県伊勢市会議を行った。この会議で報告されたのが、2年がかりで検討をしてきた、地方自治体の財政状況である。実際、各都道府県は深刻な財源不足に直面しており、財政状況を改善させるためには地方消費税の引き上げしかないという結論に47都道府県の全ての知事が同意した。今まで、消費税引き上げは政治的タブーとされてきたが、今回は色々なデータを示した結果、各知事が受け入れた。



【地方財政と行政サービス】


地方自治体は基礎自治体である市町村と広域自治体と呼ばれる都道府県で構成され、地域住民に密着した道路維持や医療、介護等の仕事を行っている。
 現在、全国には約1,800の地方自治体が存在し、予算額の合計は80兆円を超える規模である。そのうち、長野県の予算額は約8000億円程度、ほぼ1%を占める割合である。

支出面で見ると、社会保障費は右肩上がりで増加しており、平成24年には191千億円に増加することを見込んでいる。景気の悪化によって税収も減り、三位一体改革の影響を受けて歳入も減少している。地方自治体では、歳出の削減に加えて、貯金である基金の切り崩しを行っている。
 しかし、平成21年に全国の地方自治体の基金の額は合計で4兆6千億円あるが、このままだと平成24年にはゼロになる。これは、税源不足を補填する財源が枯渇するということだ。
 地方の歳入合計が79.6兆円、歳出合計が89.9兆円、差し引きで13.1兆円の財源が不足する。
 全国知事会では歳出を節約する為には、どの程度行政サービスの水準を下げれば歳出予算の削減が可能か否かについて、勉強会を行った。
 全国の都道府県の公務員を動員して試算したところ、公立学校の1クラスあたりの定員数40人から60人へ変更、私立高校への助成金・母子家庭への医療補助・公立病院への支出・バス路線維持にかかる予算全てをゼロにする等の歳出削減を行ったとしても合計で5兆2千億円しかカットが出来ず、差し引きで79千億円分の財源が足らない。

では、60人学級が現実的に可能か。確かに、私が子どもの頃は学校の教室数が足らず、1クラスあたり60人が学習し、中には二部制の小学校もあったが、現実的には不可能だ。
 
 治安面についても、日本の警察官1人あたりの負担人口は500人だが、これは世界で最も多い、日本は率直に言って世界的に見て治安が良い国であるが、それでも最近は治安が悪くなったと国民は言う、このような状況下で25,000人の警察官を削減することが現実的か。
 私が国家公安員長であった平成13年に治安の悪化に対処するため、警察官を3年間で1万人増員する計画を立て、その後追加で増員した7,000人を加えて合計で17,000人を増員したが、先に述べた計画に基づけば元の状態に戻ってしまう。

病院についても、地域を守っている公立病院を潰すことは出来ない。
 しかし、日本の医療の現場には、医師がいない。長野では県立病院の産科医が2人しかいなかったが、そのうちの1人が怪我をしたので、医師1人だけではお産を取り扱うことが困難となり、新しい産科医を補充するために半年の期間と多額の報酬が必要となった。

なぜ医師が不足するか。医学部の定員は医療費の抑制の為に医者の数を限定し30年以上医師を増やさない政策を厚生労働省が採ってきたからだ。もちろん、薬価や診療点数についても厳しいチェックが入り、先進国であるにも関わらず必ずしも世界最先端医療の恩恵を受けられない。

同様に介護の世界でも、介護費用の抑制を行ったため、介護に携わる人々の人件費は平均賃金の7割程度であり、過酷な労働環境と低い賃金が原因で年間2割程度の人が離職している。




【地方消費税と地方財政】


 

地方自治体は、歳入を増やすために住民からの税金を増やすか、歳出を減らすため行政サービスを低下させるかしか選択肢がない。
 そこで、税源の偏在性が小さい地方消費税に注目し、税制の抜本改革を訴えたい。地方における税収の内訳は、上から順に住民税が62千億円、事業税が58兆円、地方消費税は3番目の26兆円である。

地方消費税は、平成元年の消費税導入時にはなかった、橋本内閣の際に消費税が5%引き上げられた時に1%が地方消費税として割り当てられ、補助金等とは異なり使途に制限はない。
 人々の消費はいくら不景気だといっても全てカットすることは出来ず、特に衣食住に関わる支出は絶対に無くならないため、景気の変動によって税額が左右されやすい所得税などと比較して、安定した税源であるといえる。

国会においては、選挙前になると国会議員が落選をおそれて、消費税に関する議論をストップさせるが、全国知事会では、消費税全体の引き上げを行い、しかるべき割合を地方に渡すということを提言した、これは同じく選挙で選出される知事達が行ったという点から見れば、画期的なものである。

 


 【国民負担と受益】

 

我が国の税制は、受益と負担の間に大きなギャップが存在する。平成21年度の一般会計総額は、88.5兆円、うち赤字国債で賄う金額は25.9兆円であり、来年度はもっと増加する。
 国民負担率を諸外国と比較すれば、デンマーク70.9%であるのに対して、日本は38.9%であり、OECD加盟国29か国中25位である。
 日本より数値が低い米国(34.7)は、公的な医療システムが高齢者と低所得者向け以外はなく、韓国(36.9)は日本より高齢化が進んでいないので、数値が低い。 

国の債務総額は770兆円を超えており、国・地方の収入の9年分に迫っている。1990年代前半までは景気が良かったが、1990年代後半の景気底上げのための財政出動で負担が一気に増大した。
 現在、日本では1世帯あたりの平均貯蓄額が約1,700万円、住宅ローン等の借入額の平均が約500万円、家庭の金融資産合計額は1,400兆円を超えている状態であり、形式的には日本国民が日本政府にお金を貸しているという状態なので、税金の取り方一つで国の財政状況の改善は可能である。 

日本は税金を取られると表現するが、海外では税金を支払うという意識があるため、在外公館の建物や官庁のビルは自分達国民のものであるという意識が強いが、日本では御上に対する不信感などが強いのか、国会は国会議員のもの、県庁は県知事と職員のものといった意識を持っており、これらの意識が税制に関する論議をし難くしている。


 【税制と消費税】


消費税は消費額に応じて一定の割合で納税額が決定する税金であり、小額所得者に関しては逆進性というデメリットも存在する。
 所得税はバブル期に27兆円(平成3年度)程度あったが、これ以降は税額が減り続けている。よく、高額所得者への税率を上げれば良いとの議論があるが、納税者の内訳を見てみると高額所得者の占める割合は少ない。
 例えば、作曲家の小室哲哉氏は一時期長者番付に名前が載っていたが、その後すぐに名前が消えた。これは、183日以上外国に住んでいたらその国で課税されるという「183日ルール」に基づいて、183日以上米国に滞在していたからだ。米国の所得税は日本の所得税よりずっと安い。 
 少子高齢化によって現役世代が減少し、将来的には所得税を支払う人は減る。15年後には現役世代2名で高齢者1名を養う形になるため、所得税の税率引き上げは難しい。

企業への法人税についても、景気の変動を受ける可能性があり、海外との税率の比較から考えれば、OECD加盟国の中で最高水準の税率を課している現状以上に税率をアップさせることは非常に難しく、税率アップによって企業自体が国外に出て行くことが考えられる。

これに対して消費税は極めて公平かつ効率的だ、使ったお金に対して課税を受けるのが消費税であり、所得・法人税など収入に対して課税を受ける税金は把握することが難しく、場合によっては隠す可能性もある。
 しかし、消費税の問題点としては先に述べたような逆進性があるため、低所得者に対しては、一定の手当てが必要である。
 民主党は4年間消費税を上げないとしているが、給付付き定額控除には理解を示しており、将来的な消費税アップに関する暗黙の了解と私は考えているが、4年間消費税に関する議論をしないのは大きな問題である。

日本の消費税率は世界で最も安く、逆に北欧は消費税率が高い。日本において、北欧同様に消費税によって、高福祉・高負担の形態を築くことは難しいが、日本は中福祉、低負担からの状況から脱却し、せめて中福祉に見合った中負担の国家にすべきだ。

 内閣府が行った、社会保障や社会施設の充実を目的とした増税への国民の理解度についての調査についても、肯定的に捉える国民は49.1%、否定的に捉える国民は50.0%である。

消費税の問題は国民の理解が必要である。大平内閣は一般消費税導入を構想し、選挙に大敗し、中曽根内閣は売上税を構想し、統一地方選で惨敗、竹下内閣は消費税導入した後の参議院選挙で惨敗、細川内閣は7%の福祉税で政権が崩壊した。
 橋本内閣は、消費税を5%に上げるという英断を行ったが、上げたタイミングが非常に悪く景気悪化に拍車をかけてしまった。小泉内閣では、自身の任期中は消費税を上げないとする小泉氏の発言を受けて任期中の5年間は全く消費税議論をやらず、今回の民主党政権は政権公約で4年間消費税議論をストップさせることとなった。

7月の知事会で合意でした地方消費税増税の議論は、日本が国際社会において確固たる地位を維持し、巨額の財政赤字と進み続ける少子高齢化に対して正面から取り組むために不可欠の議論である。
 今まで国や地方の議員は選挙が怖かったから消費税の議論をしたがらなかったが、絶対に避けては通れない議論であるため、皆さんにも負担の度合いについて議論をして欲しい。 


 【長野県の取り組み】


行政の無駄をなくすことが重要であるが、地方において行政改革は十分実行されている。もう切るところが無いので、県職員を減らせば良いという考えが出てくる。
 長野県には職員が28千人におり、うち消防や警察、医療などの業務を除いた県庁の職員は5,300人いるため、仮に半分に減らすとしたら、どれだけのコストが削減できるか試算を行ったが、削減できる金額は僅か210億円であった。
 これでは、削減できる金額に対して行政サービスの著しく低下する割合が大きいため、県民から不満が出る。

日本の公務員は、国民1人当たりに対する公務員数から考えれば国際的に見て非常に効率的に働いており、長野県においてもピーク時の3分の1程度の人数に減っている。

先日、長野県内の橋に穴があいた、各都道府県では車の走行を想定していない昭和30年代に建設された橋が多く、これらの架け替えや修繕も公共事業であるが、これらの事業までも民主党は無駄だと言うのか、自主財源では捻出が出来ず非常に困っている。

また、前原国土交通大臣が、全国のダム建設中止を検討している中で、長野県内で話題となっているのは淺川ダムである。このダムは、千曲川との合流地点付近で度々発生する洪水から流域の住民を守るため、30数年から建設の検討が行われ、工事着工直前に前知事の田中康夫氏がダム建設を中止した。

しかし、知事就任後に田中氏は洪水への備えは不可欠であるため、田淺川流域の小学校の校庭を遊水地として使う案などを提案したが、地元の反発や用地の問題で建設することが出来なかった。
 私は、知事選後に環境問題への配慮も含め河道内遊水地(いわゆる「穴あきダム」)と呼ばれる、洪水時のみダムとして水をせき止める堰を作ることを計画したが、今回の前原大臣の対応によって事業自体がストップしているが、流域の住民の安全を考えれば絶対に建設を行いたい。



 質疑応答

 

○個人資産総額1400兆円の大部分は高齢者が持っていると思うので、消費税ではなく相続税の引き上げを考えたほうが良いのでは。

確かに指摘は分かるが、相続税は相続財産を全て把握することが難しく合法、非合法を含めて様々な手段によって課税を逃れることが可能であるため、実効性の面から言えば消費税の方が優れていると考える。相続税に限らず、制度は運用する時が一番難しい。

○長野県に住む友人は大学卒業後、地元に戻らないといっているが、若い人材の都市部への流出についてどのように考えるのか。

長野県は昔から出稼ぎが多く、大学進学した後は帰って来ない人が多い。都市部への人材流出を防ぐには快適に住める長野県にする必要があるが、教育や医療などに充てる予算が無いため、政策実行への欲求不満がある。


○警察官・教師・医師等の数を削減する試案の話が出ていたが、議員数の削減をやれば良いのでは。

国会議員1人あたりに年間約1億円の経費が必要であるが、仮に半分に減らしたとしても金額は数百億円程度のコストカットにしかならない、都道府県議会議員であれば1人あたりの必要経費が数千万円程度であるから、先に述べた金額から見れば微々たるものだ。
しかし、もし仮に議員の数を減らせば、間接民主制の中で皆さんの主張を議会に伝える機会が減るだけで、減らした代償はどうなるのか考えて欲しい。















 


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