知事リレー講義
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   2009年 12月 10日   地方自治研究機構会長  石原 信雄 氏

 

  「 これからの政官関係 

   ~民主党政権の誕生によってこの国の行政はどう変わるか~ 」
 

 

【 はじめに 】

自治省(現在の総務省)の前身である地方自治庁に入庁し、長年、地方財政に携わってきた。国民の立場からすると、日頃直接関わるのは都道府県や市区町村。しかし、マスコミの報道は中央政府が中心である。

もっと多くの人に地方自治について知ってもらいたいと考えていたので、このような取り組み(知事リレー講義)はそういう意味でありがたい。

今日は、国全体の姿形を表す行政が、今後どのように変わっていくのかという点について話したい。






【 政官関係と民主党政権 】

20098月の総選挙で民主党が圧勝し、長い間続いてきた自民党政権が終焉を迎え、政権が交代した。今までは、党内で総裁が変わると内閣も変わってきた。この際、顔ぶれは変わるが政策の中身はそこまで変わらないということが多かった。しかし今回は違う。

民主党は、マニュフェストの中で「官僚と政治の関係性の変化」を訴えてきた。私は長年、官僚と政治の接点となる仕事をしてきた。民主の革命、これは一種の無血革命である。 

官僚依存型から脱却して、政治主導にすると民主党はいう。官僚支配体制を壊すということを強調している。TVや新聞で皆さんもこういう言葉を聞いただろう。官僚主導から政治主導に変わることで、何が具体的に変わり、私たちの生活にどう影響があるのか。

それを理解してもらうために、まずこの国の政治行政の仕組みについてお話したい。

 

現在、予算編成が行われており、鳩山首相は年内にもこれを決着させたいと述べている。

税制改正や予算編成、法律の改正に関して、自民と民主では大きく異なることがある。

自民党政権では、新年度毎に、どういう法律改正・予算編成などを行うのかということについて、各省庁にある局がそれぞれで議論する。(その前には各課による議論がある)。

その後、局長の議論を経て、それらが自民党の政調部会(政策審議の場)で、官僚から自民党の委員に説明される。彼らの了承を得ることができれば晴れて省議を開いて、省の意見となる。

こうして方針が決定した後、自民党の政務調査会で了承を得、大臣の決裁をもらう。その後、事務次官会議で役所間での意見の食い違いをチェックし、あった場合はそれを調整する。そして最後に閣議で了承を得、これが国会に出されていく。こういう形が、戦後ずっと続いてきた。

 

このようなやり方を民主党が批判している。小泉内閣では、経済財政諮問会議(橋本内閣において設立、小泉内閣時に竹中平蔵氏が活躍し注目を浴びた)、ここで大きな方針づけがされ、それを基に官僚が政策を作っていくという形に変わった。

自民党の長年やってきたやり方は、「原案作りは官僚、最終決定は政治家」という形であった。政治は主に決定する段階のみに関与し、原案をつくり議論するという部分は官僚が担っていた。

民主党、特に菅副総理は厳しくこのやり方を批判しており、「事務次官会議までに大切な部分はほとんど決まっており、事務次官会議で決まったものをほとんど鵜呑みにするというやり方はおかしい。政治家がつくり、政治家が決めるべきだ。」と主張している。

 

政策決定のスタイルを大きく変えるということについて、その重大性を、マスコミや皆さんは理解していない。この変化は、この国の行政の性質を変えてしまうものである。

大きな政策から細々した政策まで、一切官僚にタッチさせない。このようなやり方をマスコミも歓迎しているようだ。しかし、私はそれが国民の立場からして本当にいいものなのかと心配している。

 

国家戦略局(法律制定前なので現在は国家戦略室)は、経済戦略や国家の枠組みを決める。民主党政権は、行政の無駄を省くことで、増税をすることなく、社会保障の財源をねん出すると主張している。では一体何が無駄なのか。

行政刷新会議(担当大臣は仙谷由人内閣府特命担当大臣)がそれを見出す。先日まで行われていた事業仕分けがまさにそれである。行政刷新会議の下部組織である事業仕分けチームが活躍している。予算として計上すべきでないものは仕分けていく。民主党に政権なってから、予算編成では行政刷新会議が重要になった。

 

既存の制度や予算を見直すなかで、民主党政権は、公務員制度も変えていこうとしている。つまり、官僚の仕組みを変えるということ。

以前までは、各省の人事は事務方が実質的な人事案を決めていたが、民主党政権では、幹部人事については内閣が政治主導できめていく。公務員制度も大きく変わっていく。

 

財務大臣も重要になる。民主党政権では財務大臣のウエイトが重くなった。何を仕分けの対象にするのかというリストは、財務省が作っている。マスコミはこれを「財務省主導」と批判している。民主党政権では財務省の存在が大きくなってくる。

 

以前は、政府と与党両方で税制を決めていた。所得課税、財産課税などをどうやって組み立てるのか、累進性はどうするのかという問題は、政府税調が議論する。政府税調は、主に理論を担当する。自民党税調では、税率、租税特別措置など各論を担当する。民主党政権では内閣がすべてを担当する。税制調査会はすべて政治家で占められ、財務大臣が税制全体をリードする。これまでは、官僚の出番が多かったが、今はタッチせず、与党もまたタッチしない。自民党では最終的な決定権はむしろ党にあった。

 

民主党政権では、内閣全体で政策決定を行う上で、政治家だけで議論し、決定する。財務省だけがその議論を支える裏方として存在感が高まっている。大臣、副大臣、政務次官の3役ですべてを決める。その過程で、事務方は、資料提供はするが議論にはタッチしない。

省庁間の対立に関して、以前は事務次官会議において事務次官がその調整にあたっていた。今は関係閣僚委員会でそれを行う。これも政治家だけしか参加できない。関係閣僚委員会の設立に伴い、明治以来続いていた事務次官会議が廃止された。

従来は、省としての方向づけについて、事務次官が定例会見において発表していたが、これも廃止になった。官房長官通知で、官僚が政策に関する意見表明を行うことを禁止したためだ。むかしはそれが省庁の活性化にもつながっていたが、今は禁止である。

 

また、官僚が国会において参考人として証言することがあったが、小沢一郎氏の発案で禁止になった。各団体からの要望も各省ではなく、民主党の小沢幹事長に一元化された。

すべて政治家が仕切り、官僚は出番がないというのが現状。マスコミはそれを歓迎しているが私は心配である。

 

民主党は、公務員制度の改革もやろうとしている。従来は、人事案件について官房長官を中心に議論して大臣に進言していた。民主党政権では、内閣に人事局を設けて、そこに幹部人事を一元化することになった。

さらに、退職者の再就職先の斡旋に関しても変革が進んでいる。私は、能力のある人がその能力をこわれて関係先に再就職することは天下りではないと思う。しかし、民主党はそれをやめさせたい。

各省庁では年次が進むにつれてポストが減る。そこでポストに漏れた人は、個人の能力に応じて、独立行政法人や公益法人、民間に再就職をしてきた。これによって組織の若返りと組織の活性化を図ってきた。民主党政権では本人が希望すれば、定年まで在籍することができるようにする。

どこの省庁でも課長まではポストがある。しかし、局長以上はポストがない。問題は、役所はピラミッド組織であるということ。採用した職員を全部置いておくと、仕事がない職員が出てくる。これを全員窓際に置いておくのか。

民間の大企業でも、ある程度の年齢になれば、子会社や下請けに出向させている。これを公務員は独立行政法人や公益法人への再就職という形でやってきた。この様な人たちを全員置いておくというが、この人たちに何をしてもらうのか。

しかも、民主党は公務員の人件費を20%削減すると言う。省庁ではその人たちへの仕事がない。公務員にとっては、定年前にやる仕事がなくなるという憂慮すべき問題が生じてくる。

 

民主党は、連合や自治労が大きな支持母体であるから、「労働基本権の改正」を予定している。現在公務員はこれが制限されている。公務員は、団体交渉権がなく、ストライキが禁止されている。その代りに、人事院が民間の労働者とのバランスを考えながら、人事院勧告をする。国も地方もこれにそって給与を改定する。これが今の制度である。

民主党は公務員の労働基本権を改正し、人事院を廃止すると言っている。民間企業では、ストライキをしたら賃金カットするのが通例である。地方公共団体は労働法規などに弱いので、結果的に、市民サービスが下がり、地方公務員の給与が上がるということが、地方で起こってくるのではないかと心配している。

 

選挙民の嫌がることをやりたがらないのが政治家である。公務員はそれぞれの行政についてライフワークとして取り組んでいる。つまり将来を見据えて仕事をしている。増税はみんなが嫌がる。しかしそこをやらないとバランスがとれない。

税収入より国債の方が多いという状況が続くと国は破綻する。「税に関して広く薄く負担してもらうのか、それとも傾斜をつけるのか」これは税制で議論になる所だが、どちらにしても税収入から考えないといけない。

民主党は、増税につながる様な税制改革の議論はしていない。環境税は揮発油税の振りかえであり、民主党ではトータルな議論がなされていない。長期的な視点で議論できる人がいないと国が破綻し、国民に迷惑がかかる。長期的な視点を持つ公務員の意見を組み入れていかないと良い政策は作れない。

 

民主党による官僚排除が続けば、それぞれの行政分野で国・社会に貢献したいという情熱を持った幹部職員が入らない。優秀な人物が幹部公務員にならない。

アメリカでは、各省とも幹部は職業公務員ではない。弁護士などが、政権交代時に各省に入る。これは西部開拓時代から続く伝統である。日本はヨーロッパと同じような形式をとっている。このような形式として有名なものに、フランス国立行政学院 (エナ)がある。フランスほどのエリート制度は必要ないが、民主党のやり方では良い若者が官僚にならない。

まだ始まって3か月の民主政権だが、方向性はわかってきた。その方向性に私は憂慮している。



 質疑応答

   内閣官房副長官の仕事はどのようなものか。

内閣官房副長官は、国会議員から選ばれる2人の政務担当の副長官と官僚(元事務次官経験者等)から選ばれる事務担当の副長官の1人がいる。民主党政権下では、自民党政権下と異なり事務担当の副長官は全く表に出てこない。自民党政権下について話をすると、政務担当の副長官は主に国会対策を行い、事務担当の副長官は事務次官会議等で生じた各省庁間の問題を解決する。

 

    内閣官房副長官として経験した最も大きかった仕事は何か。

私自身が内閣官房副長官を務めた内閣ごとに挙げていく。

竹下内閣では消費税導入をした、当時は社会党が強く委員長であった土井たか子さんは「だめったらダメ」と言って批判した。与野党通じて批判があったが、竹下総理は消費税を導入した。海部内閣では湾岸戦争が大きな問題となった。日本が何らかの貢献をしなければならないという状況の下で、自衛隊を海外での活動に使うか否かが議論となり、ペルシャ湾における機雷の除去を行った。また、日米構造協議では米国が日本の商慣習が日本の対米貿易黒字の原因だと言って、日本の商慣習を変えることを迫った。結果的に独占禁止法違反の課徴金の増額などの対応策を講じた。宮沢内閣では、カンボジアPKOに関連してPKO協力法を野党の非難の中で成立させた。細川内閣では選挙制度改革を行い、中選挙区制から現在の小選挙区比例代表並立制を導入した。村山内閣では阪神大震災を受け、災害関連の法整備を行った。

 

    先の衆議院選挙における自民党の選挙敗因は。

いろいろな原因があるが、小泉首相が退任した後、安倍氏、福田氏、麻生氏の3人が非常に短い期間で交代したことに原因があるといえる。やはり、以前のように強力な政治家が出てきていないことが原因の背景にあると考える。

 

    鳩山内閣への評価は。

内政や外交において決断が遅れており、政策面においても整合性がない。また、財源の問題には全く触れられておらず、国家目標も見えてこない。鳩山首相の友愛精神は素晴らしいが、国家は国民を守ることが最大の責務である。

  

    公共事業に対する見解は。

公共事業については、もっと効率性を考えた形に改革すべきである。ただし、地方経済は公共事業によって成り立っている部分が大きいため、雇用をどうやって確保するか。例えば森林の整備など、従来と異なる形の公共事業で地方の雇用を考える必要がある。

 

    中央集権体制の長所と短所は。

一国の政策は状況に応じて考えるべきである。例えば、西欧の列強に対抗する必要があった明治期などは、中央集権体制が適していた。また、太平洋戦争終戦後においても、中央集権体制は仕方が無かったが、現代には適しているとはいえない。

 

    地方分権を取り巻く状況。

残念ながら、地域の経済格差が大きくなっている。具体的には財源と権限を移す必要があるが、一定の要件が満たされれば、地方自治体は自立精神をもっと強化すべきだ。しかし、まだまだ市町村や県においても国への依存が大きい点が問題である。

 

    環境税についての見解は。

環境税には色々な考え方がある。日本における環境税は炭素税を指すが、税率とタイミングを考える必要がある。しかし、導入の準備はすべきである。

 

    内需拡大は必要か。

内需拡大については、なかなか良い知恵が出てこない。技術革新も必要であり、狭い意味の内需拡大は地方自治体でやる必要がある。内需拡大には、社会保障の充実を図る必要があるが、所得税を上げて財源を確保することも必要である。法人税を上げるという議論が一部で存在するが、国際競争力に響く可能性があるため、高所得者の税率アップを検討した方が良い。

 

    道州制の導入について。

道州制の導入には大きなメリットがあるが、全国知事会においては3分の1の知事は賛成、3分の1の知事は反対、3分の1の知事は態度を決めかねているため、まだまだ導入には時間がかかる。

 

    地方分権改革について。

政府においては、地方分権改革推進委員会から示された勧告をそのまま実行する必要があるが、地方自治体の自主性が必要だ。

 

    国民の目標について。

この国をどうするのかという理想を持つ必要がある。悲観論ばかりが先行しているが、大きな国家目標や国の向かうべき方向性を示す必要があると考える。













 


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