知事リレー講義
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   2010年 1月 14日   島根県 溝口 善兵衛 知事

 

  「  大都市と地方部 ~島根からの視点~  」
 

 

【 はじめに 】

この講義の講師としてこちらに来るのは、前回の200712月以来ほぼ27ヶ月ぶりです。

知事の就任は20074月なので、まだまだ新米の知事です。

 

私が知事になったときに、あるテレビ番組で各県の位置を当てるクイズが行われていましたが、島根県は、どこにあるのかを知っている人が最も少ない県でした。そこで、私は知事のもっと大事な仕事の一つとして、島根のPRをしてきております。

 

その一環として、今日は最初に、島根県の観光PRのCMを見ていただきます。このCMは、昨年、関西地区のテレビで流しました。CMにもあるように、島根県には出雲大社、石見銀山や津和野などいろいろ良いところがありますので、是非、島根にお出でください。

 

私は高校を卒業するまで、島根県の西部の益田市で育ちました。大学卒業後は大蔵省に入り、40年近く公務員をしていましたが、40数年ぶりに島根県に戻り知事となりました。

その間は、東京を中心として働き、ドイツ、アメリカでも勤務しました。仕事や旅行を通して日本の内外を見てきて、島根が良いところだということがだんだんわかってきました。そして今回、郷里に戻って、あらためて、島根県は大変住みやすい、いいところだということを実感しております。

 

島根県は人口が減っている、いわば田舎の県です。よく東京の友人などから「人口が減り、財政も大変でしょう」と言われます。しかし、私はいつも、「東京のような大都市がさらに拡大することが、日本全体にとって良いことなのだろうか」と思っております。

 

日本が、国全体として豊かな国になるということはどういうことなのか、真の意味での「豊かさ」とはどのようなものか、「豊かさ」を求めていく過程の中で、地方を大事にするということが何故、必要なのか。今回の講義では、そういったことを話したいと思っています。





【 都市化の進展と国家の発展 】

島根県は、東京都や京都府の西、中国地方にあり、広島県の北側に位置しています。

日本の首都である東京の面積は、日本の国土37万k㎡のうち2,187k㎡で、島根はその3倍の6,708k㎡。人口は、東京都の1,289万人に対し、島根県は73万人程度であり、東京都の人口は島根県の18倍程度です。

島根県の県内総生産は2.5兆円で、東京都の92兆円の約40分の1です。また、島根県は、全国で最も高齢者比率が高く約30%弱です。

 

このように、東京と島根との間には、大きな格差があります。では、この格差はずっと昔からあったのかというと、実はそうではないのです。

明治の開国以降、西欧の進んだ技術や工業が入ってきて、近代化、都市化が始まりましたが、実は本格的な大都市集中が始まるのは戦後のことであります。日本の高度成長の過程で短期間に急速に進んだのです。3大都市圏の南関東(東京・埼玉・千葉・神奈川)、東海(愛知・岐阜・静岡)、関西(大阪・京都・奈良)への転入者が大きく増加するのは、1955年(昭和30年)から1975年(昭和50年)くらいまでです。

 

1950年代の朝鮮戦争やサンフランシスコ講和会議などの頃から、戦後の復興が本格化し、昭和30年代頃から高度成長が始まり、大都市部に工場の増加が顕著に見られ、それに伴って大都市圏が形成されてきました。

1970年代に入ると石油危機などにより成長が鈍化し、企業の設備投資も減少しました。そのため、大都市でも新規雇用が増えなくなり、地方から大都市に出ていこうにも働き先がなく、都市への転入がスローダウンしてきました。その後の大都市への流入はさほど大きくなく、景気の善し悪しに左右されるようになっています。皆さんも、就職活動を通して感じておられると思いますが、現在も、大都市の人口吸収・雇用創出力は減少傾向にあります。

 

人口は、自然増減と社会増減の二つの要因で増減します。人口の自然増減は、子供が生まれる数と亡くなる人の数の差によって増減し、生まれる数が少なく、高齢化等により死亡者の数が多くなれば、減少することになります。また、転入・転出を要因とする増減は社会増減といいます。

 

島根県で自然減が起こるのが1991年(平成3年)頃からで、だいたい年に2,0003,000人程度、自然減によって減ってきています。自然増減は人口の年齢構成に左右されるため、短期的には大きく変動しません。いろいろな対策をうってもすぐには効果はでてこないものです。しかし、社会増減については、産業振興などが進み、雇用が増えれば、比較的、短期間で増やすことが出来ます。

 

次に、長いスパンで、県別人口の動きを見てみましょう。

 

平成17年には、全国の総人口は12,777万人、鳥取が61万人で一番少なく、島根はその次の74万人。相対的に見て、日本海側の発展が遅れ、人口も少なくなっています。また、東京都の人口が抜きん出て大きくなっています。

 

しかし、明治の始めの頃、例えば、1880年(明治13年)の人口を見ますと状況は違っていました。当時は、鳥取、島根は1つの県であり、人口は104万人でした。東京都の行政区域も今とは異なって小さいのですが、人口は96万人で、島根・鳥取を合わせたものより少ないです。神奈川は、明治13年の人口は76万人、平成17年は879万人、愛知は明治13年で130万、平成17年は725万人、京都は明治13年で82万人、平成17年は265万人の人口で、こうしたところで大都市化が進みました。新潟県が、明治13年は155万人、平成17年では243万人です。

 

明治13年には、おそらく、新潟県がもっとも人口が多い県だったと思います。農業が主要産業だった時代には、経済活動は地域単位でほぼ自給自足で収まっており、商品経済も近代的工業も未成熟であり、農業が盛んだった新潟県の人口が多かったのでしょう。

 

このように人口の増加、都市化は産業の発展と大きく関係していますが、私が言いたいことは、この産業の発展は、天然自然に起きるのではなく、国の政策にも大きく左右されるということです。

 

つまり、都市化が進む背景には政策があるのです。産業が発展するためには多くの人が住めるような都市空間が要ります。そのためには住宅、道路、下水道、学校、病院などの公共インフラが必要となり、集中的に整備を進める必要が出てきます。そうした政策があって都市化が進みます。それが一定程度進むと、企業や人がさらに来る、来ると税収も上がって、さらに公共投資を行う、そして国もそれを支援するという、言わば都市化が自動的なプロセスとして進むことになります。

 

東京などは、幕府が江戸に置かれて以降、戦後の京阪地区の重化学工業化まで、お上と政府の政策で埋立が行われ、用地が確保されてきたのです。大阪にも似たような歴史があります。

 

次に、戦後の日本の大都市化は、他の国と比べてどうだったのでしょうか。1950年から2000年までの間の、国全体の都市化と全人口に対する首都圏への集中度合いを国際比較してみましょう。

 

日本では、1950年の都市人口は30%強、うち首都圏人口は15%弱でした。2000年には、都市人口は70%程度、うち首都圏人口は25%強となっています。東京一局集中が進みました。

こうした発展をリードする首都が巨大化する動きは、後発国が成長する際に一般的に起こるプロセスであり、最近ではアジアで、タイ、韓国、中国などの国でその傾向が大きくなっています。中国は大きい国ですから、北京以外にも、上海、大連、重慶などの大都市がいくつかあります。欧米などでは、この期間中、大都市化も首都圏集中もほとんど進んでいません。むしろ、後退した国もあります。先進国では経済社会の成熟化が起こっているのです。

 








【 国の政策と大都市化の関係 】

それでは次に、国の政策と都市化との関係を少し歴史的に見てみましょう。

 

人間は自分一人だけでは生活できません。物資や食糧(料)の調達、各種施設の整備など公共部門の活動が必要です。その中で特に大きいのは交通です。交通は国の政策だけではなく、その時々の技術水準の影響も当然、受けます。

 

江戸時代は、人口の大移動もさほどなく、大都市の江戸や大阪へ、大きく重い物資は船で運ばれていました。日本海側の北前船が活躍していましたが、明治に入ってからは鉄道の整備により、海路の役割は段々小さくなります。

明治になって、鉄道の整備が進み、大都市周辺が発展しました。鉄道の整備は、太平洋側の東海道から西へと整備が続けられました。

戦後は、モータリゼーションで高速道路の役割が大きくなっています。まず最初に、関西と東京の間、名神高速道路や東名高速道路などが整備されました。

 

1964年(昭和39年)に東京オリンピックが開催されます。日本は、敗戦の荒廃から立ち上がり、世界から一人前の国家として認められたような段階になったわけですが、このときに東京に来る外国人に見られても恥ずかしくないよう、突貫工事で首都圏を中心に交通インフラの整備が進められました。

 

その後、全国的にも高速道路整備が進み、2008年には9,300kmに達しています。しかし、今でもなお、島根県、鳥取県、山形県、宮崎県、高知県、鳥取県などの高速道路空白地帯(ミッシング・リンク)が存在しています。

 

現代社会において、交通手段の確保は必須です。特に産業の世界では、企業は多くの在庫を抱えず、ジャスト・イン・タイムの輸送による在庫管理に頼っています。そのためには、安全・確実な道路交通の手段を確保することが不可欠となります。例えば、自動車部品を作っている企業などは、輸送手段が安全に確保されているかどうかが立地の必須の要件になっています。

 

このため、企業立地の際には、高速道路のインターチェンジから近いことが重要であり、国土交通省の平成10年の調査によれば、インターチェンジから10km圏内に工場を建設している割合は全体の69%にものぼっています。高速道路のネットワークから外れているということは、地域の自立にとって非常に不利な立場に置かれているということであります。

 

私には、遅れている地方の高速道路網の整備をもっと早く行って欲しいと考えています。私も「コンクリートから人へ」投資の対象をシフトすること自体は、経済社会の成熟化に伴う一つの考え方だとは思いますが、「コンクリート」がまだ不十分な遅れた地域が残っているということを忘れてもらっては困るのです。

 

島根県では、県庁所在地の松江市でも、通常の生活において自家用車は不可欠です。東京などでは通勤などは大体、地下鉄や電車などの公共交通ですが、公共交通が少ない松江市に帰ってみると、多くの人が車通勤で、私がかつていたワシントンでの自動車中心の生活に似ていると感じたものです。そういった意味でも、地方の自立には交通インフラの整備は不可欠です。

道路をはじめとする公共インフラは、都市部から地方へと順番に整備されてきて、今、やっと地方に順番が回ってきそうになったところです。これからようやく地方の整備を進めようという段階に入ったところで、それをさらに遅らせるのは不公平だというのが私どもの考えです。政治の根本は公平です。

 

次に、欧米と道路整備の水準を比較すると、日本は非常に遅れています。ドイツやフランスなどと道路整備状況を比較すると歴然としています。日本の道路整備は、まだネットワークの形成にまで至っておりません。それは、日本では山あり谷ありという不利な地形条件の下で、非常に高コストで道路整備を進めていかざるを得ないからです。例えば、人口も面積も日本と近いドイツやフランスなどを見ますと、平地が多く、制限速度が60キロ以上の道路が網の目のように整備されています。そこには巨大都市はあまりなく、国土全体に豊かな田園が広がっています。私はこうした国を目指すべきだと思っています。

 

島根県の高速道路の供用率は55%で、全国平均と比較すると20%も下回っていますが、地方におけるインフラ整備の遅れは道路だけではありません。上下水道、ブロードバンド環境などの整備率も軒並み全国平均を下回っています。

 

また、河川の整備率も大都市との整備率の差が大きく、地方の整備率は平均を大きく下回っています。やはり、基礎的なインフラは全国どこの県でも、一定程度は整備され、国民全体に対して公平な環境を整えることが必要だと考えます。

 

こうしたインフラ整備の遅れ、産業発展の遅れは、1人あたりの県民所得にも表れてきて、全国平均を100として、東京都の165に対して島根県は83です。経済活動の差がありますから、企業所得にも差が生じますし、その影響を受けて法人税、法人関係税にも差が出てきます。

 

そうした格差を埋める手段の一つが国の補助金です。例えば、全国の小中学校の義務教育費は、国の補助金に依って賄われています。国が一定の負担をすることで、必要な行政水準を保とうとしています。合理的でない補助金は整理すべきだと考えますが、教育、福祉、公共インフラなど基礎的な行政サービスを、全国どこでも一定水準で確保するためには、税収が少ない地域とのバランスを図る上で補助金は大切です。

 

格差を埋めるためのもう一つの手段は、地方交付税です。国税の一部を地方交付税交付金として地方自治体に交付し、必要な行政サービスが行えるように、また、大都市と地方の財政力の格差を調整しています。山あり川ありの国土であることから経済発展の格差が生じやすく、その格差を調整するためにこうした財政制度が広範にとられているのです。

 

このような大都市と地方のバランスを取るための財政制度は、部分的には戦前からとられてきました。私は、こうした財政調整制度をさらに活用すべきだと考えます。

 

しかし、財政だけでは地域間格差の調整は行き届きません。財政調整機能を越える多くの問題があります。例えば、地方において医師不足は非常に深刻です。昔は、大学医学部の医局が人員の調整などを行ってきましたが、最近では、病院での研修義務が追加されたため、いろいろな症例の臨床・研究が出来る大都市の病院に若手の医師が集まってしまうという問題が生じています。こうした問題は、国により全国的に対応する必要があります。







【 地方が果たしている役割 】

では次に、何故、豊かな地方が必要なのか、地方は国の中で、どんな役割を果たしているのか、見てみましょう。

 

地方には豊かな農林水産業があり、美味しいお米、安全で安心できる食材が豊富です。食料自給率の観点からみれば、地方は県外の大都市に食料を供給しているのです。

 

また、豊かな自然という観点から言えば、森林によるCO2吸収効果があります。島根県のような地方ではCO2の森林吸収分からCO2削減目標を差し引きすると余剰が出ています。

 

電力の場合は、地方で発電された電力が大都市に送電され、そこでの産業と生活を可能にするという構造になっています。特に原子力発電などは、その顕著な例です。島根県内で発電された電力も県外に送電されています。

 

さらに、次世代人口を増やすという観点からみれば、子育て問題が存在しています。合計特殊出生率は、昔は高かったのですが、都市化が進むにつれてどんどん落ちてきています。これは日本に限らず、ほとんど、どこの国でも都市化が進むと、出生率は低下します。先に述べたように大都市化が進む日本では少子高齢化が進み、将来の活力の低下が心配されています。

 

日本全体の少子化・人口減少問題の要因は、地方ではなく、実は、大都市で人口を再生産できなくなったことにあります。日本全体の出生率は近年1.37まで大きく下がってきていて、なかでも、東京は全国最低の1.09です。そうした中で、島根は1.51とまだ比較的高い水準を維持しています。このように地方部が高く、大都市で低いのは顕著な傾向です。

 

 大都市は便利で刺激的でさまざまなチャンスがあり、若者を惹きつけますが、そこでの生活は決して楽なものではありません。通勤は満員電車で時間もかかりますし、住居は狭く家賃も高い、共稼ぎをしても生活は大変で、子育てにもいい環境とは言い難い。一方、地方は一般的に職住近接で住居費も安く、自然が豊かで、生活と仕事のリズムが安定しています。そういう環境ですから、子育てもしやすい。従って、地方の方が大都市より出生率が高いのです。

 

つまり、日本全体としての出生率の低下は、生活がしにくく、子育てが難しい大都市に若者を集め過ぎたことにも大きな原因があると私は見ています。







【 地方の発展と豊かな日本の実現 】

 こうした大都市化に伴う問題の解決を図るためには、政治の仕組みとして「分権(decentralization)」を進めることは必要です。しかし、もっと必要なのは、「分散(deconcentration)」 を進めて行くことだと考えています。そして「分散」は、今後の日本の発展の仕方と大きく関連していると思います。

 

では、分散を進めるとどういう良いことがあるのでしょうか。

 

島根県は全国平均に対して、通勤時間が短く、住居が広く、自然が豊かです。また、島根県の高齢者は元気な方が多いのです。

県内各地を訪ねてみると、80歳代の方が元気に田んぼをつくっておられる姿をよく見ますし、100歳以上の元気な人も多いですね。高齢者の方が元気だと、老人医療費も少なくてすみます。

 

さらに、ボランティア参加者が多く、島根県は鳥取県に次いで全国2位です。犯罪発生率は低く、犯罪検挙率も高い方です。温かな人間関係や地域社会も、残っています。

 

日本全体は成熟した時代に入りましたが、欧米に追いつこうとするプロセスの中で、人口を一部の地域に集中させ、大都市を生みだしてきました。しかし、これからは大都市以外の地方都市にもう少し人口を分散させた方が良いと考えます。地方でもいろいろな仕事が出来る時代になっています。

 

みんなが同じような価値観をもち、画一化された行動をするのではなくいろいろなユニークな考え方をし、自由な発想ができるような環境を作り、いろんな問題に配慮していくことで、人間らしい豊かな生活が可能になると思います。地方の発展を阻害していた交通や情報の格差が段々小さくなっています。もう少し、地方を整備すれば、大都市でなくても、地方でもいろいろなビジネスが出来る時代になってきています。

 

豊かな自然や伝統文化の中でこそ、人々はクリエイティブな仕事ができます。安定した生活の中で暮らす人々によって精確な仕事が行われるのです。きれいな水と田園で人々の求める豊かな食物が生産されるのです。







【 終わりに 】

 これからもさらに進むグローバリゼーションの中で、日本は世界に遅れないよう、技術、知識、企業活動などでは世界の先端を走っていかなければなりません。そのための努力は当然、必要です。

 

他方、人々が安定して豊かな生活を楽しむためには、これまで延べてきましたようにlocal で natural な空間、即ち地方を必要とします。

 

この二つのバランスをよくとっていくことが、日本にとって必要なことです。

日本では、大都市化が進み過ぎているのが現状ですから、このバランスをとるためには当面、分散(deconcentration)が必要だというのが、私の考えです。




 



 質疑応答

◎ 地方に行くと公共交通機関が少ない印象があるが、島根県ではいかがですか。

 

地方でも、都市部にはバス交通があります。通勤時間帯などは本数が多いです。

また、県や市町村の補助によりバス路線が確保されている地域もあり、高齢者向けにデマンドバスなどを走らせています。やはり、ニーズに合わせて多様化させることが必要です。













 


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