知事リレー講義
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   2010年 5月 11日           岩手県 達増拓也 知事



 「 グローカル・ポリシーのすすめ  
            〜地方から世界へ〜 」
 




1. 今、グローカル・ポリシー

()グローカル・ポリシーとは何か

ア グローカル・ポリシーの基本的考え方

グローカルという言葉は、「global」と「local」を合成した言葉です。 Think globally , Act locallyという言葉があります。つまり「グローバルに考え、ローカルに行動せよ」、という考え方のことです。この考え方を取り入れた言葉が「グローカル」です。

イ グローカル・ポリシーの目指すもの

今、国も地方も借金が積み重なる、財政難に陥るといった問題を抱え、このようなことから不景気感が広まっています。

一方で、世界全体でみると、お金が余っている状態です。余ったお金は原油・穀物などに対する投機資金として使われ、原油高や穀物高を引き起こしました。さらにアメリカのサブプライム・ローンという低所得者向け住宅ローンへの資金源にも余ったお金が大量に使われ、バブルとなり、リーマンショックを引き起こしてしまいました。

この問題には、世界中で余ったお金が、うまい使用用途を見つけられずに色々なところに流れ込み、不具合を生じさせている、という背景があります。地域や人々のためになる事業をしている現場にお金が流れ、その資金をもとに事業が進み、福祉が向上することが望ましいのですが、そのようにはうまくお金が流れない。

いいお金の流れを作ることが「改革」の本質です。日本では構造改革という言葉がよく言われますが、遡ると1980年代、私が学生のころから言われていました。当時は貿易黒字、つまり日本が世界中からお金を稼いで日本中にお金があり余り、そのお金をどう使うべきか、ということが問題とされていました。そのお金で必要な事業を進め、日本経済の足腰を鍛えてくべきでしたが、海外の土地、株の買いあさり、また日本国内でも投機を目的とした売買が進んだことによってバブルが生まれ、そして、その崩壊から日本は長期不況時代に入っていきました。

 

()グローバル化の歴史を振り返る

ア グローバル化の歴史

グローバル化と今日よく言われていますが、これまでにもグローバル化と呼ばれる時期はありました。もともとグローバル化というのは、「地球が一つになっていく」という意味です。何が一つになっていくのかというと、人間の仕事の仕方、生活の仕方がその時々の科学技術の発展段階に応じて、地球規模で突如広がっていく、というのがグローバル化の本質です。過去には16世紀の大航海時代、19世紀後半の帝国主義の時代にあり、そして今起きている20世紀末から続くネットワークの時代におけるグローバル化の波で、世界史上3回目になります。

グローバル化の歴史について少し述べます。国際関係論の勉強をしている方はご存じかもしれませんが、ウォーラーシュタインの世界システム論やモデルスキーの覇権サイクル論という理論があります。これらの理論は私が学生時代に流行りました。1980年代というのは、アメリカの力が弱まり、日本がアメリカに追いつくのではないかと世界中の人が懸念した時代であり、国の栄枯盛衰についての研究が発展した時代でもありました。そのような時代に私が学び、仕事をする中などで感じたことを含めてまとめたものです。

16世紀のグローバル化(大航海時代)≫

大航海時代は1415世紀に始まり17世紀に終わったと言われていますが、その長い時代を表現しての16世紀としています。当時、ヨーロッパでは帆船と火薬というテクノロジーが大航海時代を可能にしました。代表的な国はスペインとポルトガルです。当時の主要思想が、カトリック、冒険主義、そして富の中心が金・銀などという鉱物資源でした。大航海時代はこの金・銀や、ヨーロッパにはなかったコショウなどの香辛料、農作物を求めて始まりました。

一方、日本は戦国時代でしたが、同じく大航海時代でもありました。室町時代から倭寇という海賊が明国の沿岸を脅かし、倭寇によって明国は滅びたという説もあります。戦国時代になるとフィリピンに日本人町ができて、呂宋(ルソン)助左衛門という人物が堺の商人と一緒に活躍する、タイでも山田長政という人が活躍し日本人町ができるなど、東南アジアや中国方面に進出していきました。また当時は鉄砲の時代であり、日本国内の鉄砲総数とヨーロッパ全土の鉄砲総数は同じくらいであったという研究もあります。つまり、日本はテクノロジーに関してはヨーロッパと同等のものを持っていたということです。

大航海時代に成功する要因として、その規模が挙げられます。今でいう道州制の州のサイズが、大航海時代に成功するにはちょうどいい大きさでした。イギリスがアメリカを植民地化していく際も、州の単位で行われました。スペインやポルトガルによる中南米への植民地化も同様だったため、今でもメキシコやブラジルなどの国は州で構成されています。日本でも同様に、州ではありませんが地方ごとに統治がされていきました。ところが、織田信長という天才が登場し天下を統一してしまいます。ヨーロッパでは織田信長のような人物が現れなかったため、このような天下統一はされませんでした。

19世紀後半の帝国主義の時代になると、国民国家の統一がなされていくのですが、一方、日本ではすでに、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康が天下を統一し日本をまとめあげていたことは、非常にユニークな点だと思います。

昨今、地方自治を巡り道州制の議論が多くされていますが、外国の州の成り立ち、歴史的経緯を踏まえずに議論をすることは意味のないことだと考えています。

19世紀のグローバル化(帝国主義の時代)≫

19世紀後半には、産業革命の成果で蒸気船と鉄道が誕生することで、それまで統一がされなかったドイツ、イタリアが統一し、国民国家が形成されていきます。

当時の中心国家がイギリス、ロシア、フランス、ドイツです。海軍で優勢なイギリスと陸軍で優勢なロシアが二大巨頭となり、ナンバー2にフランスやドイツ、その次にアメリカや日本が続きます。

この当時の日本は幕末・維新の時代でした。海外技術を取り入れて国力を発展していくためには、日本を統一しなければならない、ということで明治維新が成し遂げられます。日本はグローバル化にうまく適応していったのです。

20世紀末のグローバル化(ネットワークの時代)≫

今起きている20世紀末のグローバル化は、ジェット機とインターネットの時代と言えます。インターネットは今までにない形で世界を一つにしていっています。帆船、蒸気船、鉄道などの延長線で交通テクノロジーの発達は重要であり、ジェット機は今日のグローバル化で不可欠です。アイスランドの火山噴火による混乱がそれを象徴しています。

イ 今次グローバル化の特徴

今次グローバル化の特徴について説明します。

まず、「マネーの支配」です。

大航海時代は金・銀やコショウなど鉱物資源や第1次産品、帝国主義の時代には綿織物や鉄鋼などの工業製品が経済の中枢を支配していました。

そして20世紀末のグローバル化におけるそれは、マネーです。マネーによる支配がおかしくなると、リーマンショック以降の世界同時不況のようにもなる。つまり、お金がたくさんあればいいのではなく、そのお金をどう適切に流すかという問題があり、この解決のためには知恵が必要です。第2の特徴として「高度情報化、知識経済、知価社会」が挙げられます。いい事業、つまりいい知識・情報にはお金があとからついてきます。

3が「エコロジー、ロハス、スピリチュアリズム」。世界が一つになり、コミュニケーションも濃密になることで、世界の運命を一緒に感じることが可能になっています。そして地球環境問題などを悪化させないようなスローな生活スタイル、また自然を尊び、自然に何か霊的なものを感じるスピリチュアリズムが重要視されていることも、現代のグローバル化を特徴づけられます。言い換えると、第4として「文明、文化、宗教」というものが重要視されている、ということです。だからこそ宗教間対立がテロや深刻な紛争に繋がっているのです。地球全体を一つの価値観が覆っていくことに対し、地域にもとから根付く文化、文明、宗教がせめぎあいを起こしているのです。

ウ 日本の失われた10年、20

失われた10年、20年と言われますが、戦国時代や幕末に比べ、現在の日本はグローバル化に対する対応がうまくできていません。派手な高度成長までは行かないにしても、一定の、持続可能な経済成長を日本にも実現していかなければなりません。つまり、グローバル化にいかに対応していくのかということが問われるのです。

 

過去のグローバル化を振り返ると、日本がそれに対応する背景には地方が活躍していることがわかります。例えば、戦国時代には地方に群雄割拠していた各大名が独自に外国と交渉し力をつけていました。つまり、グローバル化に対応するには地方が力をつけ、それを発揮していく必要がある、という定理のようなものがあると思っています。地方を良くするためには日本をまとめていかなければならない、と奔走した幕末、維新時代の雄藩、地方の人々の動きにもこの定理が見出せます。

 今のグローバル化に対応するためにも、地方が頑張ることが必要なのです。








2. 実践!グローカル・ポリシー

(1)岩手におけるグローカル・ポリシー

岩手県が具体的にどのようなことをやっているのかを説明します。

ア 情報化と地方の自立

まず、情報化、地方の自立についてです。今次グローバル化において、インターネットに象徴される情報化は大きな力になります。つまり、以前は中央官庁が独占していたような世界の最先端の情報を、今では個人がインターネットで得ることができます。また掲示板での一個人の書き込みによって、大企業を動かすことも可能です。つまり、IT化は個人の力を極大化する働きがある。IT化は中央と地方の情報格差を解消することに繋がります。中央が持つ情報であれば、全国どこにいてもインターネットを通じて手に入れることができる。しかし、現場の住民の意見や状況は現場にいる者しかわからないので、総合すると地方の方が情報を持っていることになります。地方の現場で意思決定をした方が合理的な答えを得られるわけです。地方分権は、もちろん地方のことは地方で決めるべきという倫理的な理由もありますが、IT化によって分権が可能になったから分権推進を主張する、という側面もあります。

イ 岩手の持つ力

世界に打って出るためには、それなりの力がなければならない。岩手の力というのは、まず一つに、「海外で高い評価の高品質で安全・安心な農林水産物」です。アワビの漁獲量は日本一ですが、加工することで超高級食材として中国にも輸出しています。また、ナマコの養殖にも力を入れているほか、東南アジア方面へ県産米や岩手和牛など食材の輸出を行っています。二つ目に、「世界に通じる技術を有するものづくり産業の集積」。トヨタ系の自動車組み立て工場や東芝の半導体工場などといった、グローバル市場で活躍する企業の工場が岩手に立地されています。優秀な人材を供給できることが強みです。また、三つ目として、「多彩な観光資源」。自然や文化を中心とした多彩な観光資源があります。さらに、四つ目に、「文化力・人材力」、すなわちソフトパワーであります。

ウ 岩手の力(ソフトパワー)

ソフトパワーというのは国際関係論の中で使われるようになった言葉で、軍事力や経済力でもない、他の国を動かすことのできるような文化的魅力や道義的信頼のことを言います。

岩手には、例えば世界遺産登録リストに載せられている平泉の文化遺産、石川啄木や宮沢賢治などといった有名な文学者の世界があります。早池峰神楽は昨年、ユネスコの世界無形遺産に指定されました。そして岩手は原敬、齊藤實、米内光政、鈴木善幸と総理大臣を多く輩出しています。東條英機を入れれば5人になり、山口県に次いで全国2位になります。東條英機は東京生まれですが、父親が盛岡出身で自身も盛岡、岩手出身の意識を強く持っていた、ということから岩手出身に入れています。このような文化的、歴史的背景を、海外に発信する際の力に変えていこうとしています。

平成20年に経済産業省が行った企業満足度調査の結果では、第1位が大分県、第2位が岩手県で、人材斡旋育成への貢献では岩手県が第1位になっています。企業立地の条件として優秀な人材の確保が最優先事項となっているため、県としてもその期待に応えられるような人材斡旋、人材育成を進めています。

 

()いわて県民計画

去年、「いわて県民計画」という、今後10年間の長期計画を策定しています。この計画の中でも、グローバル化に対応するということを基本の柱にしています。

 いくつか特徴的な取組みを紹介します。

≪上海万博への出展≫

柱の一つに海外市場への展開があります。

上海万博に岩手県も出展し、岩手の歴史や文化、自然、伝統的工芸品である南部鉄器を紹介しています。日本の地方自治体では大阪府と大阪市が合同で出展しています。他には、日本館や政府の支援を受けた日本産業館に「どこそこウィーク」「どこそこデイ」のように交代で出展している都道府県も20ほどあります。岩手県は2ヶ月間にわたって、日本政府に全く頼らず独自で出展をしています。

大可堂という上海のお茶屋さんがあり、レトロ茶館(さかん)として旅行情報誌にも載っています。この上海大可堂はプーアール茶を入れる道具として岩手の南部鉄瓶を置いてくれています。茶人でもあるこの会社の会長さんが、温家宝首相と一緒に東京に来日されたときに、東京銀座にある岩手県のアンテナショップに立ち寄られ、そこで販売していた南部鉄瓶を気に入られたことがきっかけでした。そして発注を受けた南部鉄瓶を引き渡す際に私も上海へと同行し、上海大可堂がプーアール茶を上海万博に出品する予定だ、という話を伺いました。そこで岩手県も南部鉄瓶などを一緒に出品できないか、と上海大可堂や万博事務局にもちかけたところ、快諾をいただき出展することになりました。

またプーアール茶は雲南省のプーアール市の特産品のため、上海大可堂、プーアール市、岩手県の三者合同で出展しています。このため出展経費もかなり割安に参加できました。

 幕末、パリ万博に江戸幕府は日本を代表して参加しましたが、薩摩藩は「薩摩琉球国」を名乗って参加していました。岩手県は幕末の薩摩藩がしたようなことを、今回行うことができたのです。

≪「平泉の文化遺産」の世界遺産登録の推進≫

平泉の文化遺産はおととしの世界遺産委員会で、初めて登録延期という決定がなされ話題になりました。そこで世界遺産に関する専門家の意見を聞きながら、文化庁を中心に岩手県、平泉町が協力して推薦書を再提出し、来年の会議で登録を決めてもらおうと取り組んでいます。これは日本政府と協力しながら地方自治体が世界に発信していくケースです。

「岩手県I援隊運動」

I援隊は、幕末・維新の際に新しい時代を切り開いた坂本龍馬の海援隊の海という字を、岩手県の頭文字「I」に置き換えてつくりました。これには、県職員それぞれが坂本龍馬になったようなつもりで、脱藩ならぬ「脱県」という意識を持ち、従来の枠にとらわれない発想で、県職員だけでなく県民や時には県外の人々と協力し合おうという気持ちを込めています。

鳩山内閣は「新しい公共」という言葉をよく使います。新しい公共とは、行政機関だけが公共社会を作るのではなく、民間やNPOや個人・有志が自由にネットワークを形成し、連携して経済や社会を作っていこうという意味です。それを分かりやすく、楽しみながら進めていくために去年の秋から岩手県I援隊運動を行っています。

今年のNHK大河ドラマは「龍馬伝」。本屋では坂本龍馬関連書籍がたくさん積まれ、他メディアでもよく取りあげられ、生活をするなかで頻繁に目にすることになります。「自分も龍馬のように行動せねば」という思いが浸透するなど、メディアと連動して取り組む効果を期待しています。

公務員改革として県職員を対象に始めたものですが、それ以外のセクターにも広げることができる性格の運動であると考えています。最近では岩手県商工会議所連合会 が独自にこの運動を取り入れることを決めました。「新しい公共」の手法が広がっていると実感しています。

≪「龍馬と啄木展」≫

このI援隊運動の構想を練り始めた去年の春から並行してきたのが、高知県との連携です。「龍馬と啄木展」は、大河ドラマで注目の高まる坂本龍馬と、日本一人気の歌人といってもいい石川啄木を一緒にする企画です。4〜7月は高知県立坂本龍馬記念館で開催、8月からは岩手の石川啄木記念館で開催します。

この企画展のきっかけは、高知市は石川啄木の父親が晩年を迎えた場所であり、高知県の石川啄木ファンが高知駅前に啄木父子の歌碑を建ててくれたことでした。この除幕式に石川啄木記念館の学芸員の方を知事代理として高知県に派遣したところ、高知県関係者と意気投合して、この合同企画をまとめてくれました。背景として去年の夏に私が高知県の尾崎知事と面会し、今年を龍馬イヤーと位置付けて「土佐・龍馬であい博」などに取り組む高知県と連携して、訪問団の派遣や物産展の相互開催などの交流事業を進めていくことを決めています。

これも、グローバル化の時代に自立してやっていこうとする地方の県同士が独自に連携・協力して、県民の暮らしをよくしていこうという試みであります。

 

地方分権、地域主権改革などといわれると、制度の改革に目がいきがちになります。例えば条例による法律上書き権を認めることや税財源の委譲などです。これらは重要かつやらなければならないことですが、制度の改革がないと地方分権ができないわけではありません。 

現制度上でもできることはたくさんあります。自治体がやれることを最大限やり、住民が自由に、主体的に考えて行動することが出来れば、地方分権が実現しているといってもいい。

そのような実質的な分権の実績を重ねていかなければなりません。今年の上海万博への出展、高知県との連携はその活動の一環でもあります。








  

3. 平泉に花開いたグローカル・ポリシー

 

(1)平泉の理念

最後に、平泉について説明します。中尊寺は金色堂が有名ですが、奥州藤原氏の初代藤原清衡による供養願文(仏への誓い)が残っています。その願文の中で、中尊寺というお寺は敵も味方も関係なく、全ての戦争によって傷ついた人のために祈り、さらには鳥や獣、魚介にいたるまで、その命を大切にすることを誓っています。このように敵・味方関係なくあらゆる命のために建てられたモニュメントは世界的に珍しい。平和を祈る、現代的な理念の下に建てられているのです。あらゆる動物の命を大切にすることは、現代の環境に関する問題にも通じるところがあり、この平和と環境の理念はユネスコの理念、世界遺産の趣旨に合致していると思います。

()平泉の繁栄と遺産

縄文時代という1万年間ほどの時代には、非常に安定した文明が続いていました。縄文文明とは、自然と一体になった持続可能な文明です。弥生時代になり、より文化度が高い文明が進みますが、東北には縄文の生活様式が奈良時代、平安時代まで残っていました。平泉が造られたときにもこういった理念が残っていた。人と人との共生、人と環境の共生の理念には縄文文明的なものが色濃く表れていると考えられます。もちろん弥生文化や王朝文化などを否定するわけではありませんが、それとは違う文化が東北に発展し、そしてその象徴が平泉ということです。

だからこそ、平泉の世界遺産登録には意義があります。こうした日本の地方の多様性を見出し評価することは、世界が日本を見る目に対してもいい影響を与えるのではないでしょうか。日本は海外から見ると、金太郎飴、つまり同一性が強いイメージがあるのですが、日本全体が多様性や重層性という魅力を持っているということを世界にアピールすることにも通じます。

 

おわりに、日本がグローバル化の時代に対応していくためには、地方が頑張り、世界にアピールしていく、すなわち戦国や幕末の時代に私たちの先輩がなし得たことを、今を生きる私たちが成し遂げていくことが求められている、とお話ししてこの講義を締めくくります。











 質疑応答

問 地方分権によって財源移譲・条例改正が行われ、教育福祉は地方によって違いが出てくると思いますが、それについて知事の意見、また具体的な政策があればお答えいただきたいと思います。

答 全国知事会の中に「この国のあり方に関する研究会」という日本全体の在り方、また中央・地方の役割について議論する場があり、私や高知県知事も参加しています。そこで議論していることは、全国共通の問題、例えば老後の経済保障、介護、失業保険など、現金給付で解決できることについては国が責任を持って一律でやるべきということです。地方がやることは、同じ介護や子育て支援でもサービス給付というものについては、誰がどのようにやるべきか、地方によって状況が違いますので、地方で工夫してやっていくべきとの議論です。

 

問 与党が自民党から民主党から変わりましたが、公共事業など地方行政に影響がありましたか。

答 民主党小沢一郎氏とはよく話をするのですが、その際よくおっしゃられることは「地方は国に頼るな」ということです。岩手からは日本の近代化にかかわる人が多く輩出されていることは述べましたが、中央政府とよく対立してきました。明治維新の際も岩手は最後まで賊軍として激しい戦いをやっています。主権国家同士の戦いというのを岩手は何度も経験しているのが、日本の他の地方とは違う点だと思います。そのため「日本はもっと違う国になり得たのではないか」というような高い意識を持つ人もたくさん出てきました。ちなみに鈴木善幸氏が総理大臣になった際にはローカル線の廃止が決まるなど岩手にとって不利な決定もあり、岩手は「利権政治」的なことはあまりうまくはないのかなと思います。

 

問 政治家の資質について、知事が理想とする政治家像を教えていただきたく思います。

答 自分が担当する国、県を好きであることです。この国、県が一番好きだよ、という人がトップになると、能力のある人は集まってきます。

例えば、レーガン大統領もアメリカを愛することについては誰にも負けない。このため、軍事戦略論や経済政策などに秀でた人材がレーガン大統領の周りに集まり、国防、経済政策についてうまく行うことができていたと思います。

 



 

 


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